日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎死ぬのは当方ではなかった

◎死ぬのは当方ではなかった
 お盆が近いので、親戚にお供え用の桃を送った。今日は叔母(叔父の配偶者)からお礼の電話があり、少し話をした。

 先日、叔母は義姉(当方の母)の夢を観たそうだ。
 その夢では、義姉が車を運転し、自分(叔母)を乗せて、当方の生家に連れて行ってくれたそう。
 現実には、義姉(母)は免許を持っていなかったので、わざわざその家に行ったのは、何かを報せるためだと解釈したそうだ。
 直観的に閃いたのは、義理の甥(当方)のことで、「これが虫の知らせでなければいいが」と案じたそうだ。当方がかなりヤバい状況にあるのは、そこはかと郷里にも伝わっているらしい。
 その翌日、「義姉の兄(当方の伯父)が亡くなった」という知らせが入ったので、叔母は「あの夢はそういうことだったか」と納得したらしい。
 ちなみに、当方はやっぱり伯父の葬式には出られなかった。
 最寄りの駅までも行けないから致し方ない。

 ところが、叔母と同じ時期に、当方も母の夢を観ていた。
 母が目の前に現れて、「今年のお盆には馬場(生家)に帰るからね」と伝える夢だ。
 兄に「今年はあっちに行くってよ」と連絡しようと思ったが、伯父の件もあり、そのまま忘れていた。

 偶然同じ頃に母(義姉)の夢を観たわけだが、叔母によると、兄が父の三回忌の法要を15日に行うので、叔母もお寺に呼ばれているとのこと。
 当方は体調的に行けないのが分かっているから、案内は無かった。
 だが、当方と叔母の夢を両方突き合わせてみたら、要するに、「父の法要に合わせて生家に行く」という示唆ではないかということになった。
 
 当方は少なからず安堵した。
 母が亡くなる一年前くらいに、お迎えが家に来たが、父が家に一人でいる時に、若い男の姿でやって来たそうだ。
 その若い男は「※※さん(母)を私が連れて行きます」と言いに来たとのことで、父は立腹して母を責めたらしい。
 父は母が「愛人を作っていた」と誤認し、一度腹立ち紛れに、母の足を蹴った。これは母から聞いた。
 旧家の長女だった母ははっきりした性格なので、死ぬまで父のことを怒っていた。
 ちなみに、当方がその「お迎え」の話を聞いたのは、母が亡くなる三か月前で、瞬時にそれと気づいたのだが、もう手遅れだった。最初の時にすぐに聞いていれば、一発でそれと分かり、手が打てたから、今でも口惜しい。
 こういうのは、百発百中で、外れたことが無い。
 母はかなり立腹していたが、父の法要に来るなら、ようやく「許す」という意味だから、息子としてはようやく安堵した。

 冒頭の叔母も直観の立つ人で、いきおい、当方とは物凄く話が合う。夢の示唆にもきちんと注意を払っている。
 今回は叔母の直観が当方のことではなくて良かった。(伯父が亡くなっているので良くはないが、年齢順ならまだまし。)
 ま、当方の「Xデイ」まで、あとひと月くらいだから、完全には「外れていた」とは言えないかもしれん。

 週明けには、杖を突きつき、お寺に行こうと思う。
 自分と病棟のAさんのために、大日如来さまのお札を貰わなくてはならない。

 兄には「法事には母も行くそうだから、母の席を作ってあげるとよい」と連絡した。兄はまったく直観の無いひとなので、改めて「俺の弟は相変わらず変な奴だ」と思ったかもしれん。

 

追記1)今のところ、当方は余命一か月だ。毎日、手を打っているが、まだ改善の兆しはない。
 今は「生きているうちに少しは善行を施そう」と、お稚児さまのお守りを作っているところだ。
 これまで35人くらいに送ったが、二人からはお礼が来た。
 はっきりした秘跡があったそうだ。それとちょっとした生き死にに関る幸運も。