◎病棟日誌 R070819 「仕事はやめるな」
◎病棟日誌 R070819 「仕事はやめるな」
まずは前日の話から。
むさ苦しくなったので、髪を切りに行こうとしたら、家人が「私も行く」と同行を申し出た。理髪店があるのはスーパーストアの店舗内なので、自分は買い物がしたいということ。
わざわざ二十キロ近く離れた店に行くのは、そこの店に美人理容師がいて、既に幾度も通い、慣れたこともあり、気楽に話せるからだ。ま、家人が売り場の方にいるなら、特に問題なし。
理髪店に行くと、ちょうどその理容師が空いたタイミングだったので、待たずにカットして貰えた。
「今日はどのように?」
「俺にはもう丸坊主かスポーツ刈りという選択肢しかないんですよ。この数年で殆ど髪の毛が・・・」
齢を取るごとにゆっくりと減るのではなく、ある一時期にごそっと減る。たぶん、男性の更年期に当たる時期だ。
「何かやらないんですか」ww
「病気をして生きるか死ぬかの連続だから、髪の毛はもうどうでもいいんですよ」
大体、ボサボサでくたばったら悲しいから、こまめに切ってさっぱりして置こうと思ったわけざんす。
ここから病気の話になり、「検査で結果に出て来なくとも、体重が急に落ちたりした時には、必ず病気が進行している」という話になった。
すると、この話に理容師さんが食いついて来たのだが、ダンナガ過去に癌の治療を受け、それから五年くらい経つらしい。そのダンナが最近、急激に痩せて来たかららしい。
「既往症のある人は理由なく痩せるってのは不味いんですよ。見えないだけで何か不都合な理由が必ずある」
病棟では、患者仲間と「どっちが痩せたか選手権」をやるほどだと話した。
ここから先は、その病気になるとどういう症状が出るとか、実際にその病気にならぬと知らない症状について解説した。
患者の語る話は意思とは視点が違うから、分かりよいらしい。
ちなみに、ダンナは服のサイズが5Lの巨漢だったが、「一年でMまで痩せた」と言う。そりゃ心配だ。
そこで、母や叔母の闘病生活を間近で見ているので、その体験を話した。
ところで、その理容師さんには26歳の息子がいるそうなので、少なくとも四十台後半だが、外見は三十三四にしか見えない。体型が整っているのと、たぶん、話し方の問題だと思う。
店での本題はここから。
先に用事が終わったので、ベンチに座って待っていると、家人がやって来た。そこでダンナを一瞥するなり言ったことが、「お父さん。唇が黒くなってるよ」。
おいおい、それって心臓に深刻な持病があるものの特徴じゃんかあああ。だんだん、ルービックキューブの面が揃うように、パタパタと同じ方向を向いて行くなあ。
次のひと月は重大な局面が来そうな感じだが、対抗措置と終活の二本立てで手を打とうと思う。
ちなみに、いずれ来る筈の心不全の前駆症状は、今のところ一切ない。だが、過去にもそういうことはあった。
火曜は通院日なので、「明日は循環器に行きます」と告知した。別の病院なので詳細を事前には言わない。
「ニトロ錠剤を処方して貰うため」とだけ伝えた。
「胸に煙玉が出たから」とはもちろん、言わない。そんなことは理解出来ないから、話すだけ無駄。
だが、これを見逃すことがないから、私は生き残って来られた。経験と観察力がないと、そもそも意図的に撮影することが困難なので、ほとんどの人が実態を知らない。
もちろん、心霊現象なんかでは全然ない。いろんな性質のものがあるが、「体内の不協和音のサイン」を示すものは、情報として有用だ。
そう言えば、十六年前に初めてこれが出た時には、意味が分からずとも警戒はしていた。冠状動脈が全部塞がったのだが、夜中にそれと気付き、まだ症状が出ていない段階で、自分で救急病院に行った。
ベッドにいると、介護士のバーサンがやって来て、「ねえねえ、昨日、舟木一夫がテレビに出てたよ」と告げた。
「あの人がデビューした時には私は中学生で」
舟木さんは十代で歌手活動を始めたと思うから、バーサンは七十代半ばくらいなんだな。
「そんなことを言うと、トシがばれちゃうよ」とからかった。
ま、その齢なら気にはしない筈だが、これもお付き合いだ。
ここの患者の中で、バーサンと無駄話をするのは、たぶん、私一人だ。父母の晩年に傍にいたせいで、年寄との付き合い方はそれなりに知っている。
たぶん、私はこのバーサンの友だちなんだな。バーサンの意識の上では、だが。
「いつまでも働いてられないなあ」と言うので、「週に一度でも二度だけでもいいから、仕事をやめてはダメだ」と返した。
隠居して、散歩や運動、趣味だけの暮らしをすると、その途端に人は老いる。
隣のベッドのジーサン患者は、私よりも状態が良かったのに、先週末から入院病棟に移ったそうだ。
最近、このジーサンの話がまったく聴き取れなくなっていたが、割と弱っていたらしい。ま、七十台後半だろうから、この病棟では成り行きだ。