日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 R070821「巫女さま、からのチャイム」

夢の話 R070821「巫女さま、からのチャイム」
 この一週間、あれこれ考えさせられたが、二度ほど象徴的な夢を観た。

「巫女さま」
 二階に上がれなくなったので、居間に竹茣蓙を敷いて寝ている。八月十八日の午前四時頃に何気なく薄目を開けると、巫女さまが立っていた。
 「わたしは貴方が生ける時も、死せるのちも、あなたの傍にいます」
 おお、じゃあ、やはりあの画像で背後に立っていたのは、巫女さまだったか。
 「よくなると願いなさい。望みなさい。繰り返し望めば、いつしか信じることが出来るようになります」
 「欲する」「願う」ことと「信じる」ことは、視座が幾らかずれるのだが、それでも「願う」ことから始めねば先には進めない。
 「信じる」ところまで進むと、自己免疫スイッチを入れられるようになるから、体調が覿面に良くなる。
 「生き死に」は寿命だから、やはり来月あたりに私はこの世を去るのかもしれんが、死んでも巫女さまが手を引いてくれるようだ。
 これが本当の意味での「ソウルメイト」だ。
 
 画像を見返すと、なるほど、前後二重写りのように見えた右腕は、私の腕ではなさそう。私のと綱で結ばれている。
 「周りは幽霊だらけなんだが」
 最もしつこいのは、右の赤丸の女で、これは石碑の前に立っていた女だ。こいつが私について来て、家の中まで入った。
 巫女さまはこの女と私の間に割って入った模様だ。

「玄関のチャイム」 
 二十一日の早朝、と言うより深夜二時半くらいに、私はやはり居間で眠っていたのだが、突然、玄関のチャイムが「ピンポーン」と鳴った。
 大体は宅配便なので、急いで起き上がって、インタフォンを取ろうとしたが、外が真っ暗だった。
 スマホの時刻を見ると、まだ二時台だ。
 「おいおい、今のは脳内の警告音か」
 それにしては、音が大き過ぎる。
 
 少しく考えさせられたが、結論は「私を呼んでいる」ということだ。
 「ここを開けてくれ」と叫んでいる。
 それなら、とりあえずいひとつは巫女さまが分離させた、という意味ではないか。
 取り憑いていたのに、間に割って入られ、引き剝がされたから、「また中に入れろ」と騒いでいる。

 今は既に半ばは諦めて、循環器の医師にも、日頃の腎臓科にも、現状について隠さず説明した。
 こういう時に、過去から今までの物的証拠があるのは話がしやすい。画像なら五百枚はあるから、それを説明すればよいだけ。
 ま、余命があとひと月なら、誰にどう思われても構うことはない。
 心臓医も腎臓の病棟でも、写真を見て一斉に退いていた。
 自分自身の病状に関するものでも、幾らでも素材はある。
 あとひと月は総て私の判断で治療方針を決めるので、医師や看護師たちにあれこれ口を出さぬよう、釘を刺しておく必要がある。

 十六年前に心筋梗塞になった時には、事前に予知していたので、予定時刻の一時間前に救急窓口の前に着いていた。
 症状が出ていないので、窓口に行っても仕方がなく、分かりやすい症状が出るまでそこで待っていた。
 そこで、心臓の疾患を告知され、専門病院に向かったが、自分の足で行った。
 冠状動脈が三か所詰まっていたから、「あの時は自分で行きました」と告げると、心臓医は露骨に退いていた。

 ちなみに、二十日には「九月十七日の午前五時に救急に行く可能性が高いので、その時は宜しくお願いします」と心臓医に事前告知した。「今のところ、私の生死確率は半々」とも。

 生死はどうあれ、私には変わらず巫女さまがいる。もちろん、お稚児さまやトラも。