日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌R070823「死にたくなる理由」

病棟日誌R070823「死にたくなる理由」
 治療中にぼんやりと物思いに耽っていたら、突然、「生きていたくなくなった」。
 ああ、もう死んでもいいなあ。
 いい加減にウンザリだ。早く死にたい。

 「たぶん、この感覚に囚われたまま、実際に死ぬ人が結構いる」
 日本では毎年、二万人くらいが自死している。
 行方不明者が八万人くらいいるが、一二年後までに戻って来るのは大体六万人。他二万人は消息不明のままだ。そのまま七年経てば、「その他の死亡」として取り扱われる。

 だが、あの世観察をして来たおかげで、「こういう気分は自分自身のものではない」場合があることを知っている。
 今は沢山の者にたかられているから、その中にはこういうネガティブが気分を吹き込んで来る者もいる。
 だから、幽霊になって、生きている者やほかの幽霊に取り憑くわけだ。
 「別に俺なんか放って置いても余命は僅かだ。早けりゃ来月にはこの世を去っているわ」
 
 ここで発想を替えると、自死する者のピークは二十歳前後の若者か病気の高齢者だ。
 幽霊が生死に関わることなど、実際には1パーセントも存在しないのだが、若者ならかなり割合が上がっていそうだ。
 病死や事故死、自死に限らず、死の直前には、幽霊が沢山寄り憑く。その中には、故意に背中を押す者がいるから、そういう者の影響を除去すれば、そこで踏みとどまる者が飛躍的に増える。
 実際には、大仰なお祓いなどは必要なく、気分転換だけで振り切ることが出来るのだが、その手立てを知らぬ者が大半だ。
 除霊浄霊にはお経や祝詞を唱えたり儀式を行う必要はない。
 幽霊の居心地を悪くさせればよいだけで、それで自分から離れていく。
 もう少し健康なら自分で教えられるが、もはや無理だろうから、誰かにコツを伝えて置こうと思う。

 帰宅して、暫く仮眠を取ろうと横になり、スマホで懐メロMVを聴いた。80年代90年代の楽曲だ。
 年代で指定すると、勝手にスマホが選んでエンドレスに流す。
 たまたまボン・ジョヴィの曲が掛かったら、何故か気分が高まって来た。
 理由が分からない。当方は別にファンだったわけでもなく、思い入れなどはない。
 ところが二曲目三曲目になると、月並みな言い方だが、胸が張り裂けそうになった。
 「ボン・ジョヴィの千葉のコンサートに行ったのに」
 隣には若い男の顔が見える。
 すると、自然と涙が流れ始め、すぐさま号泣していた。

 この状態を頭の後ろで、自分自身が見ている。
 「おいおい。俺はボン・ジョヴィのコンサートになんか行ったことはねえぞ」
 そもそもファンじゃねえし。
 はっはあ、なるほど。こりゃ、あのオバサンの心境だわ。
 いつ頃から取り憑いたのかは知らないが、顔を出すようになったのは、あの八幡さまの石碑の前からだ。
 その後、当方の家までついて来て、中に入った。
 長椅子に座っていたのも、このオバサンだったか。
 実際、髪の長さが背中まであり、同じくらいだ。
 十五日に顔を出していたのも、同じ女だと思う。

 ようやく糸口を見つけたか。
 かれこれ半年の間、手を拱いて傍観して来た。
 その間、あのオバサンは、「電源が入っていないフードプロセッサー」を動かしたり、あれこれ騒がしくして、「私を見て」と叫んでいたのに違いない。
 相手との接点が出来ると、色んなことが目に浮かぶようになる。
 女は五十台半ばで死んだ。今の姿は亡くなる直前のものだ。(自分の執着する姿を取るから、老人の時に死んでも子どもの姿をしていることがある。)
 パートナー(夫ではない)は、自分が亡くなる数年前に、先に病死した。このため、晩年は孤独だった。

 そういうことなら、追い払うまでもなく、癒してやろうと思う。時間はかかるが、悪意があって近づいたわけではない。
 気が済めば、女は自分から離れていくと思う。
 あとは「来月までにそれが間に合ってくれよ」と願う。

 ところで、ボン・ジョヴィって千葉くんだりまで来たことがあるのか?
 東京ドームとかじゃないのかよ。
 ただの妄想かもしれんが、その割には、十五分も号泣させられたわ。

 

追記)十五日の女の顔は、時々、向きが変わって正面を向くことがある。