日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌R070626「我に返る」

病棟日誌R070626「我に返る」
 依然として危機が迫っている感覚が止まらず。毎夜午前二時から三時の間に目覚める。それまで夢を観ているが、寂莫とした内容で筋らしい筋もない。荒涼とした岩石砂漠の中で、ただ立っており、昔のことを思い出す。そんな内容だ。
 睡眠中は前頭葉の多くが休むから、論理的思考能力が無く、ただつらつらとその時々の感情に従った夢を観るだけ。これは死後の状況に似ている。感情は「波」で、実態の無い動きだけの存在だ。このため、自分本来の波動ではない動きに影響されることが多々ある。眠っている時ほどこころを蝕まれやすい時はない。
 「もう生きていたくない」みたいな負の感情は、まさにこれで、自分ではない誰かの感情を吹き込まれてそうなる。

 だが、当方などは厭世的な思考に陥る理由が本来まったくない。
 「元々死んでいた筈」の立場だし、今は総てお釣りの時間だ。
 お釣りやおまけを貰うのに、何を悲しむことがあろうか。
 ま、最近は常にどこかが痛むし、それが「終日呻く」水準になっている。つい先月までは、苦痛のため五分間椅子に座っていられないほどだった。もちろん、今でもあちこち交互に痛む。眠れずに呻くことも多い。

 こうなると、自分自身のケアで手一杯になって来て、他者への配慮などは出来なくなる。この病棟には挨拶ひとつ出来ない・しない者が結構いるが、要は多くの苦痛に苛まれているということ。
 だから「我儘で傲慢な者ほど先に死ぬ」というルールが厳然としてある。実際には逆で、そういう者が「先に死ぬ」のではなく、苦痛により余裕が無くなっているから、挨拶すら出来なくなるのだ。

 てなことを考えて食堂に行くと、自分のお膳が見当たらない。
 大体は、めいめいが同じ位置に座るのだが、その定位置にお膳が無い。
 「うーん」と再び入り口に戻ると、そこを入った最初のお膳が当方のものだった。
 そこに看護師のバーサンが来て、「入り口に近い方に移しといたから」と言う。
 当方が足腰が悪いことを知っており、負担がかからないようにと配慮してくれていたのだった。
 「さすが『こころの恋人』だな」と軽口を返した。
 いつも体重計測の時に、ボケて昔のタレントの名前なんかを言ったりしているから、それなりの交流がある。
 世間話をするのは当方くらいだから、時々、特別扱いにはなっている。バーサンなりに、だが。

 この日は別の診療科の診察があり、時間調整のためにベッドに戻ったが、看護師のO君が機械の後処置をしに来た。
 むっつりとしてつまらなそうな雰囲気が出ている。
 そこで、先ほどのバーサンのことを思い出した。
 「挨拶は『こんにちは』だけじゃない。日頃の相手の関心事に立ち入るくらいでないと、本当の挨拶にはならない」
 時には軽い衝突が生まれるくらいの交流があれば、向き合い方が変わる。
 そこでO君に声を掛けた。
 「調子はどうなの?あまり楽しそうじゃないな」
 ま、仕事だから、基本は楽しくない。
 「暑くてなんだか体調が良くないです。いつも冷房の効いたところで働いているんですけどね」
 「強めの冷房のある室内と外を出入りしていると、それだけで体調を崩す。周囲が一瞬で26度から37度に変われば、具合が悪くなるのも当たり前だね」
 けして怠惰なわけじゃなくて、それなりの理由がある。
 持病アリの者だと、室外に出て一二分で倒れそうになる。

 そこからごく短い時間だがあれこれと話した。
 すると、ついさっきまで悄然としていたのが、今のO君は少しましになっているのが見て取れた。
 「なるほど。こういうのが必要なのには理由があるわけだ」と実感した。
 
 この日はトダさんのベッドに当人の姿が無かった。他病院にでも受療に行っているのか。ベッドの位置が遠いから最近は「お疲れさま」の声掛けだけだが、戻って来たらきちんと話そうと思う。
 隣のベッドのジーサンが入院病棟に移り、ここにはそこから通って来るようになった。「勝手にチャンネルを変えてやる」悪戯が出来なくなり、張り合いが無い。

 ここで当たり前のことに行き着く。
 「残りの時間がどれだけあるか分からぬが、可能な限りきちんとしよう」
 従容と先に進もう、と思った。
 だが、理性が働く昼のうちはまともなんだが、夜中の二時には悪夢を見させられる。ま、危機はもうすぐだから致し方ない。
 死後を見据えた思考を重ねて来られただけ、はるかにましだ。