日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌R070902「不都合を探すな」

病棟日誌R070902「不都合を探すな」
 看護師のTさんはバツ1娘1のシングルマザーだ。まだ三十台後半だから、次の出会いは幾らでもありそうだが、職業的に休みが不規則だ。男性と知り合うチャンスが限られる。
 三十台の独身の娘を持つ父親としては、つい気にかけてしまう。
 「確か中高とバレー部だったと思うが、膝は大丈夫なの?」
 背が高くスラっとしているので、前に訊いたことがある。
 「膝は今も痛みますね」
 スポーツ選手ならではで、多くの人が怪我を抱える。
 「じゃあ、登山はダメだ。でもハイキングくらいなら?」
 「出来ますね」
 「なら、時々、行った方がよい。そういう集まりにも参加すれば出会いが増える」
 山や高原では、怪我をする人が少なからず出る。看護師さんが最も輝ける場面がそれだ。実際、家人の小学校の先生には、それがきっかけで結婚した人がいる。
 「病院麻患者も、具合が悪い時には看護師さんが天使に見える。でも、相手は病人だから独身女性の役には立たん。山に行ける男性なら、とりあえず健康の条件は満たしている。ネットとかパチンコ屋で知り合うよりトラブルが少ない」
 後者も小学校の先生の話。やはり「危ない夫婦」らしい。
 「前に八十歳の患者さんに『退院したら愛人にしてあげる』と言われたことがあります」
 「そりゃ本当なら大したもんだが、たぶん、空元気だな。ジジイにありがちな気持ちだけの話」
 ジジババの猥談と同じ。

 前日、割合多く酒を飲んだので、保水量が多く、この日は治療を延長した。
 事後処置に来たのはユイちゃんだった。
 この子は食が細くカリカリに痩せている。150センチ台前半で四十一二キロ。見た目は中学生に見えるが三十台半ばらしい。
 娘に近い年齢だと、どうしても父親目線になり、心配してしまう。何せ日頃の食事がチョコとスナックだ。
 ちなみに、今年結婚したが、新婚だけにダンナは妻が殆ど食事を作らなくとも何も言わぬそうだ。
 手足が細いので、この子のことは「難民1号」と呼んでいる。
 だが、この日は目の周りがいつもよりくぼんでいた。
 「また痩せたな。栄養障害が出てるぞ。毎日しっかり食べないと四十台で病気がちになる」
 ここは「上がってしまうぞ」だが、ハラスメントになりかねぬのでそれは避けた。

 人間の体からは周囲5センチくらいのところにオーラが出ているのだが、生命力によって色が変わる。こういうのは可視域の外の話なので、はっきりと目視出来るわけではないが、幾らかこれが広い者には何となく分かる。赤外線側の方だ。
 健康な人は白っぽいのだが、体調が悪いひとはオレンジ色になり、これが薄くなって、病状が進むとグレーに近くなる。
 ユイちゃんも、かなり色が悪くなって来た。
 「KPOPのアイドルみたいな体型になりたい」と言うが、そもそも目標が「そんな奴ら」だし、不健康なだけだろ。
 モデル体型は遠くで眺める分には服のシルエットがきれいに見えるが、傍で見るとふとももの間がスカスカで色気がない。
 おまけに脂が無く乾燥肌だから、触った時には味気ない。
 美味しいものの表現が「脂の乗った」で、女性はそれなりに丸みがあった方が健康的だ。
 既に拒食症気味で、重い食事をするとすぐに下痢をするそうなので、この子には栄養指導を受けさせたいが、そんな助言をすればキレるだろうな。痩せることに凝り固まっている。
 病気が出るまでは悟らぬし、出てからはもう戻れない。
 病気だけは、経験者が「こういうのは止めとけ」と未病者に言っても、聞く耳を持っては貰えない。何故なら、今が未病で発病することなど想定していないから、聞いても仕方がないとスルーされてしまう。
 他人なら、まずは何も言わない。
 もちろん、それが娘なら、当人に多少煙ったく思われても、親は苦言を言う。

 さて、女性患者のトダさんのベッドはこの日も空だった。
 この病院に入院したなら、必ず病棟には来るので、別の病院に移ったか、不幸があったかのケースだ。
 単純な転院なら、当方には挨拶していくだろうから、恐らく循環器系の疾患でそっちに入院した。それ以外でないことを願う。

 Aさんに会ったが、当方の顔を見ると、「ちょっと変なことがありました」と言う。
 前日に家の中にいると、窓に白い球が出て、それが部屋の中に入って来て、Aさんの手に止まった、とのこと。
 Aさんは介護士だが、病院での錦見中に薬品に触れ、左手の手首から先が焼けただれた。その位置らしい。
 「視覚は頻繁に嘘を吐きます。想像や妄想でイメージしたことを実際に起きたことだと誤認することがあります。何か異常なことを感じたら、すかさず撮影すると良いです。カメラは人間の可視範囲より広く捉えるので、現実に起きていれば、そういう状況なら写ります。まずそれが最初で、次に現実にそれがあったとして、そういうものが現れるのは様々な理由があり、どれが原因かを測る必要があります。異変を何か凶事の前触れとかに結び付けたらダメですよ」
 当方の周りには、ほぼ「こういうのがいるらしい」と分かるのがいるが、「廃病院の女」は足の傷には関係しているが、命には関わらない。
 「黒い女」はそもそも幽霊?とは異質な感じがする。ま、当方の死ぬところを見に来たのかもしれんが、直接あれこれするわけではない。
 何か月も前から、胸に手を差し入れて来たヤツが別にいる。

 それに九月十七日を指定して来たのは先方の都合で、当方とは関係なし。必ず糸口を引っ張って、今を乗り切る。
 あの世については、誰もが「良くないこと」や「恐怖」と結び付けて思考するが、そういうのは間違いで、客観的に観察する姿勢が大切だ。これまでそう主張して来たのだから、その主義主張の通りに行動すればよいと思う。

 脱線した。Aさんへの締め括りはこう。
 「普通の人なら、もしAさんと同じ病歴があれば、三回は死んでいる。そうなると、今は総て儲けのうちだ。今さら何を怖れますか?ひとの寿命は限られているから、私もAさんも残りは僅かだ。今をよりよく味わって暮らすことを考えた方が楽しく暮らせます」
 当方があの世を観察するのは、対策を立てるためだ。
 このため、証拠を最優先に考える。
 まだ全然チャンスがあるし、ダメで元々だわ。
 今のところ、お迎えに直接会って、その後一年以上生きているのはこの地上で当方だけ。また「座敷童」(もしくは世間的には「守護霊」)に会って、曲りなりにもその場で撮影したのは、日本人では当方だけ。(他は知らない。)
 大切なのは絵空事を唱え、それに固執するよりも、存在を実証して、それを「よりよく生きる」ことに役立てる姿勢だ。

 

注記)眼疾があり文字がよく見えません。校正も出来ませんので誤変換が多々あると思います。