日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌R070904「深く後悔」

病棟日誌R070904「深く後悔」
 昼食時に、介護士のバーサンが食器を片づけていたが、ひとつのお膳を検めて言った。
 「ゴミ入れはテーブルごとに置いてあるのに、この人は、わざわざ食器の中に残している。どういうことよ」
 病人なのでよく食べ残しがあるわけだが、その同じ器に薬の殻やら口を拭いたティッシュなんかを放り込んである。
 目の前にゴミ篭があるから、ゴミはそれに捨てると、片付ける側が楽になる。
 「そりゃいつもそうやっているから、習慣になってるんだよ」
 「でも、自分ちでこんなことをしたら、家の人が怒るでしょ」
 そりゃそうだ。
 「一体、どんな人なんだろうね」
 ここで気付いた。このバーサンとは話が合い、たぶん、この病棟の中で、バーサンが雑談をする唯一の患者が当方だ。
 なんで話が合うのか。それは関心の持ち方が似ているからだ。
 すぐにそのお膳を観察した。
 「まずこれはジーサンだね。それと左利き」
 こんなのは、散らかった食器の置き方ひとつで分かる。
 「年齢は七十代後半。団塊だな。自分の食えるもの以外には一切手を付けていない」
 ははあ、なるほど。「残飯のある食器の中に平気でゴミをすてる」のは、他の人の立場や思考に興味を持たず、理解を示さないからだ。まさに団塊
 すると、バーサンガ「家ではこれを叱る人がいないんだね。奥さんは亡くなっているか、亭主関白でワガママだね」と重ねた。
 「奥さんはいない方に賭けるね。たぶん、料理も掃除もやらないから、家の中はゴミ屋敷」
 フードコートなんかで食事をすると、トレイの中にゴミを乗せて、隅のトレイ台にがさっと置く。
 元々、洗って使ったりしないのが前提の食器だから、ゴミも平気で中に捨てる。家ではスーパーの値引き弁当を食べている。洗わずにそのまま捨てる。
 「燃えないゴミも中の見えないビニール袋に入れて燃えるゴミと一緒に出すね。面倒くさいから。たぶん、そんな生活をしてる」
 バーサンと二人で、そんな会話をした。
 他人の視線に無防備な人だと、服の着方ひとつで、「愛人がいる」とか「会社の金をくすねている」みたいなことが推測出来たりする。もちろん、ひとは様々だから厳密に当たるケースばかりではないが、おおよそのアウトラインは見える。
 このため警戒心の強い者は、自己の姿を偽装する。

 食事を終え、着替えに向かう途中で、トダさんのベッドの前を通ったが、この日もトダさんはいなかった。
 もう二週間だ。
 となると、「転院した」「入院した」「遠く(多くはあの世)に去った」の三つに一つだ。
 だが、「転院」なら断って行くし、「病院内の入院病棟に移った」なら、この病棟にも治療に来る。
 となると、「別の病院に入院した」か、「急に去った」ということ。
 トダさんは入棟して一年くらいだが、当初はまったく食事が出来ない風情だったので、あれこれ助言をした。その縁で、時々、ベッドの前で足を止めては世間話をする。

 「具合が悪くなったり、もっと悪い事態になったりしていないと良いが」
 この病棟では、ある日突然が頻繁に起きる。
 肝腎要で、心臓と腎臓は臓器の中心にある。ここが弱るとあの世がすぐ近くになる。
 後悔するなあ。
 当方は具合の悪そうなトダさんに「大丈夫ですか」と声を掛けたのだが、それはある光景が見えたからだった。
 「畳の部屋(たぶん仏間)に箪笥が二棹置いてある。左側の箪笥の横に、老女が立っていて、怖い形相をして睨んでいる」
 たぶん、背後に仏壇がある。
 お姑さんだったのか、あるいは別の親族なのかは分からない。知りたくないので、それから先は詮索もイメージもしない。
 すぐにどうこう言う話ではないが、何かしら良くない方向に誘導するかもしれん。
 一年前には、実際、「先が短い」と見た。
 そこで声を掛け、食事について助言したり、お守りを渡したりした。
 だが、「箪笥の脇の婆さん」については言及など出来ない話だ。直観霊感はただの想像や妄想、すなわちイメージに過ぎないし、半分も当たらない。人類史上、最高の霊媒が英国にいたが、その人の的中率でも4割だった。ババ・ヴァンガだと、好意的に当てはめても、2割にも届かない。
 そもそも直観霊感は「イメージ」なのだから当たり前だ。
 そのイメージを根拠に、あれこれ指図するほど傲慢でもない。
 自分にとって大切な人以外には、何かを見てもそれを口にすることはない。その人の問題だ。

 トダさんには、「左側の箪笥の角に水を備えると、あれこれ良くなりますよ」とは言った。癒し水で、老女の怒りが解けるかどうかは分からんが、何もしないよりまし。
 それがもう半年以上前の話だ。
 ネットやSNSに書き散らす分には、誰もどう思われようが知ったこっちゃないから平気であの世のことを書けるが、口頭で口にすることはほぼない。
 だが、空のベッドを見ると、少なからず後悔した。
 ひとの命には限界があり、いずれ誰もが寿命を終える。だが、死期は幾らか先延ばしに出来ることを知っているからだ。寄りかかりもたれて来る者を遠ざけるだけで、一定の効果はある。
 「どうか帰って来てくれよ」と心から願った。
 もし次の機会があるなら、「イカれた奴」と思われても、見たことを伝えようと思う。