日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎ご供養日記R070903「隆仁寺にて」

ご供養日記R070903「隆仁寺にて」
 じっと手を拱いていると、17日にはこの世とオサラバだ。
 身辺を軽くするには、まずはご供養から始める必要がある。
 飯能の隆仁寺は割と参道の傾斜が緩いし、ネットで引いたら、「大日如来のお札」でここを案内されたので、久々に参詣することにした。

 山門を入ると、傾斜が十二三度の坂があるのだが、ここで呆然と立ち止まった。
 「今の俺の足腰で行けるのかや」
 上りでは股関節に負担がかかるし、下りは足先に力が入る。
 途中で立ち往生するかもしれん。
 実際、わずか四十メートルの坂を上るのに十分くらいかかった。途中で十メートル進んでは休み、また十メートルや寸dねは休憩、の繰り返し。
 「怪我がなければ、後ろに三十も幽霊を引き連れている時の感触と同じだな」

 参拝客が近くを通ると、「立ち止まっているのは景色を見るせい」だと言わんばかりに、カメラを覗いてやり過ごした。
 そこは見栄っ張りな性格だ。「ヨレヨレのジジイ」だとは思われたくない。
 ま、そんな視線を感じたら、すぐに悪霊を渡すが。
 「見栄っ張りなうえに、性格が悪いからな」

 政治家の許にも次々送るぞ。
 入り口に着いたらこう言えよ。「外務省から来ました」。
 当方はコイツが縄に吊り下げられるところを見てから死にたいわけで。(ここは「そう言え」というアモン様のお達しだ。)

 階段をよちよちと登って、ようやく焼香場に着く。
 小雨が断続的に降っているので、蓋が閉まっていたから、これを引き上げて、持参の線香を焚いた。
 いつも通り、右手を挙げてバスガイド口調になる。
 「はいはい。皆さんはここで降りて下さい。毎朝、お坊さんたちにお勤めをして貰えば、そのうち、無事に三途の川を渡れますから」

 東屋に行き、お茶を備える。ここは余裕がなく、ペットボトルのままだ。
 普段はここに座り、二時間ほどあれこれと話をするのだが、体力的に無理なので、十五分くらいで切り上げた。
 社務所に行き、「大日如来のお札」を所望したが、単体では出していないそうだ。御朱印帖への記載だけ。ここは地方によって習慣が違う。不動網王、大日如来などは単体でお札を柱に貼るが、代わりに十二支で代替することもある。
 仕方なく、Aさんのために病除御守を求めた。
 当方に出来るのはそこまで。この世もあの世も自力更生が基本だ。

 帰路の下りは、やはり足指2本がちぎれそうだった。
 「俺にMっ気があれば、今は毎日が極楽だな。残念」
 どっちかと言えば責める方だからな。
 ヤロー。このまま死んだら、誰彼構わず祟ってやるからな。
 などと、悪意を吐き出さないと堪らんくらいの苦痛がある。

 ここで机の脇の電話が鳴った。こういうのは、きちんと聞かれているわけだ。悪霊は悪意に敏感に反応するからだな。軽口でも流してはくれん。
 「政治家に悪霊を送る」のは八幡さまで開いた祈願だから、聞き届けられたのかもしれん。なら代償に足指くらいは払わねばならんわけだわ。場合によっては命もだから、極力、人を呪ってはならない。作用反作用で、自分にも跳ね返る。
 でも、幾人かは許しちゃ置けない線を踏み越えている。
 欺瞞はあの世での最大の罪だ。

 毎日、鞭打たれている身なので、悪意が湧いたら、これを引き剥がすのは難しい。
 当方は神社の方がホームだから、そちらにも参拝することにした。問題は歩けるかどうか、だ。