日刊早坂ノボル新聞

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◎女性の周辺(R070915の続き)

◎女性の周辺(R070915の続き)

 私自身のことは自分で解決すればよい話だが、他の人は自身の状態に気付かぬことが多いと思う。

 15日に「突然現れた女性」について、少し掘り下げてみる。ケースワークのひとつだ。

 

 撮影を十五秒間隔くらいで行っていた時、赤外線カメラに切り替えた直後に、突然、手水場の前にしゃがむ女性が現れた。

 画面では、生身の人間なのか、幽霊なのかの違いが分からない。

 以下は、これが人間だった時と想定しての話だ。

 

 白いシャツを着て、白っぽいスカート(たぶんグレー)を穿いた女性は、鉢植えの花を見ている。

 女性の右側にも鉢植えがありこれが白く映っている。

 これで見難くなっているのだが、その鉢植えに重なるように、「女」が女性の背中に取り憑いている。これは明らかに人間ではない。半透明で、たぶん、着物を着ている。小袖にちゃんちゃんこなので、明治以前の姿だと思う。

 女の手が女性の腰を強く掴んでいるから、少なからず女性に影響はあると思う。これは主に精神状態の方だが、腰痛が出たりもする。

 この程度なら、清め塩、癒し水、酒できれいになるから、こういうのを見たり感じたらすぐにやること。こういうことは日常的に誰の身にも起きている。

 

 女性の右奥にコピーの像が見えるが、前後のガラス窓の二重映りではなさそうだ。角度が変わっている。この女性に化けた別の何かだ。

 その一つの答えが、手水場の上に見える、「でっかい女」と「老人」だ。

 (他に、たぶん、その中間にも女がいると思うが、これは煙の陰になっている。)

 二人とも、女性のことを見下ろしている。

 幽霊が求めるのは、存続のための「自我の同化」だから、この女性を自分の中に取り込むことを狙っている。複数が寄って来ているところを見ると、この女性は既に死んでいるか、間もなく死ぬ人のいずれかだと思う。

 生きているなら、持病があり、その治癒を願って神社に祈願しに来た。

 もちろん、病気とは限らない。事故・事件でも、幽霊は事前に察知して寄り憑く。

 

 「でっかい女」はいつも私の後ろにいて見守っているが、目的は私に寄り憑いた幽霊を捉えて自我に取り込むというものだと思う。私は釣り餌と同じだ。役に立つから泳がせている。いつも後ろにいるのに、私には何もしない。

 

 女性の左側には、この画像でははっきりしないが「眼」が開いていると思う。

 これは自分が見えるかどうかを確かめるためのものだ。時々、「あまり長く見詰めるな」と記すことがあるが、これは先方がこちら側を見ているからだ。

 かたちが変だが、これは逆立ちをしているため。頭が下になっている。

 ここの境内では石碑周辺が「穴(交流点)」で、幽霊が空中に浮かんでいることもある。

 

 今見付けたが、女性の右肩に黒玉が乗っている。

 それなら私に起きることと同じことが起きる筈だから、ある程度処置の方法を習う必要がある。ここでいう処置の方法とは、受け止め方のことで、具体的な作法などは、自分もしくは自家の信仰に従えばよい。

 大切なのは「等身大で受け止める」ことで、大きくも小さくもなくあるがままに眺めろということ。恐怖感を抱く必要はないが、楽観視したり、たかを括ったりするのは禁物だ。殆どの人があの世を甘く見ている。

 いざ始まったら、映画や小説みたいな終わりはない。自我に取り込んでしまったら、もはや切り離せない。先んじて手を打つことが必要だ。

 

 殆どの人にとっては、こんなのは私の妄想に過ぎないし、その解釈でよい。

 肩に「誰か」の頭が乗っていてもそれに気付かないのだから、そのまま知らずにいた方が幸せに生きられる。(死が近くなるまでは、だが。) 

 それに気付く者は、対応が必要になるから、厄介ごとが増える。

 ま、電源の入っていない機器が動き出したら、さすがに誰でも「何か常識では測れぬ事態が起きている」と気付く。こういうのは、いざ始まると際限なく起きるし、酷くなる。