日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎扉を叩く音 R070918 「夜の訪問者」

扉を叩く音 R070918 「夜の訪問者」
 「深夜、玄関の扉を叩く音が響く」話の続き。十五年以上、玄関のノック音が聞こえていたが、令和元年頃に家の中で異変が起きるようになった。その頃に玄関を通り抜けたらしい。
 これは心不全発症の翌日の夜中の記録。

 令和七年九月十八日午前二時の記録。
 腰が悪く二階に上がれぬので、居間で眠っていた。
 (最近は殆ど居間で寝起きしている。)
 すぐ傍に気配を感じ、薄目を開けてみると、足元に誰か立っている。
 明かりが点いているのだが、その誰かが誰なのかが分からない。疑いなく人の気配があるのに、目には見えないのだ。
 ぼんやりとした頭で考えた。
 「こりゃ全然終わっちゃいないな。これから暫くは、俺を連れて行こうとする者が代わる代わる来るのだろう」
 もうすぐ誕生日が来るが、それまで生きていられるかどうか。

 ここでルートを点検した。死ねば合理的にものを考えることに出来なくなるから、生前のうちに反復練習をしておかぬと道に迷う。
1)まずトンネルを抜ける。これは体から魂が離れる時の感覚だ。この後は外界は主観的に構成されたものになる。
2)トンネルを出ると、荒涼とした岩石砂漠に出る。まるで火星の景色だ。うっすらと道のような跡があるから、その跡に従って先に進む。 
3)道が二股に分かれる。右手に進むと小さな川がある。幅は十メートル台で、細く狭い。だが実際は海のように広くもある。これが三途の川だ。だが、川に見えるのは、自分がそう見ているからで、その人によって別のものに見える。「何らかのこちらとあちらを隔てるもの」だが、これを越えると、自我のまとまりがなくなり、個人としての意識が完全に消える。
4)左の道を進むと、暗い峠道があり、その峠を越えると、生前に見たのと殆ど変わらぬ街がある。街のアイテムは記憶から構成されるので、どこもどこかで見たことのあるものだ。
5)必ず川を越える選択をすること。そっちは霊界で、左の「峠の先の街」は幽界だ。死に切れぬ者たちが棲む場所だ。

 幽界は「幽霊がいるところ」。生者の世界と重なっているが、双方とも相手の存在を意識し難い状況になっている。
 生者は五感を頼りに暮らしているし、死者は感情だけの存在だから外界を認識する手段が違う。

 ここで呪文のように繰り返す。
 「必ず川を渡ること」「川を渡ること」
 渡ると、今の自分と言う存在は消失してしまうが、断片となった記憶の素材が再構築され、新しい人格の素材となる。生まれ変わることが出来るのだ。
 一方、生前の思いに囚われ、生前の感情に執着すると、幽界の中であてもなく彷徨うことになる。

 「もう今生は十分に観た。必ず川を渡ること」
 これを繰り返しているうちに、完全に目が覚めた。
 昨日、意識を失って後ろに倒れた際に、腰を強く打ったらしく、左腰のこれまでと違う箇所が痛い。
 この調子では、これから月末にかけて、様々なことが起きるだろうと思う。心神耗弱状態の者が観る妄想や幻覚と区別がつかぬから、まずは「とにかく冷静に対処すること」が基本だ。