日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌(兼霊界通信)R070921「起きた出来事を報告した」

病棟日誌(兼霊界通信)R070921「起きた出来事を報告した」 
 土曜の朝、病棟に入ると、師長がカウンターの後ろに座っていたので、先日の状況について報告した。
 「数日前にスーパーの階段で心不全になった」
 あとは、記録簿を作ってあったから、それを提示して、その日起きたことを詳細に記したものを見て貰った。
 当方の記録簿には「オバサン霊」を含め、この件に関わっていそうな要因を記してある。もちろん、画像付きだ。
 「心不全になり十五分くらい倒れていたが、その間誰も通らなかった。死ぬ時にはこんなものだろうと思った」
 巡り合わせが、死ぬように死ぬようにと回る。
 「だが、程なく目が覚めた。心臓病は発症が収まると何ともなくなるから、普通に歩いて帰って来た」
 と言っても、病気が原因ではなく、あの世との関りが根底にあるから特別な検査や診察は不要と告げた。

 さらに、たぶん「オバサン霊」(正確には誰か特定出来ない)に「命か足の指かどっちかを選べ」と言われたので、「足の指を与える」と回答したこと。
 このため、以後はこの病棟では足指の処置は不要であること。
 必要に応じ形成外科に行き、その時が来れば指を切って渡すことになると、師長に伝えた。

 当方のことを知らぬ者なら、突拍子もない話だと見なすだろうが、師長には過去に幽霊の画像を見せている。
 師長が世間の人より少しはましだと思うのは、一切笑わなかったことだ。殆どの人には現実感がないから、テレビの心霊番組みたいなノリで対応する。要は好奇心麻範囲だ。
 だが当方の関わっている相手は、その辺のとはレベルが違う。
 実際、前回の看護師の顔には「舐めた口調」が見えた。
 少しでもあの世を舐めたり、嘲ったりすると、即座に障りが降って来る。家族で車に乗っている時にトラックが突っ込んで来る、みたいなことが普通に起きる。
 そこで、師長には「この件は師長だけに留め、他の人には言わないこと」と注意した。
 「師長には影響はないが、※※さん、▽▽さん、××さんには画像を見せないことです。影響が生じる場合がありますから」
 その人たちは、前に幽霊を担いでいたので、浄霊の仕方を教えたことがある。寄り憑き易いから、近寄らぬ方が無難だ。
 そこで、記録簿を引き取って帰ろうとすると、師長が「これを貰ってもいいですか。自分なりに勉強します」と言う。
 「別に構わんですよ。迂闊に誰彼に画像を見せなければ問題ありません。この領域での対応の仕方を覚えると、死期に臨んでも死ななくて済む場合があります」
 もちろん、「幾らか」の範囲だ。だが、ゼロとは天地の違うがある。
 真面目に学ぶつもりがあれば、多少の助言くらいはする。

 自分のベッドに向かう途中で気付いたが、今回は自身で思っていたより、かなりヤバかったかもしれん。
 生死を分かつ局面を経験するのは、これまで幾度かあったから、だんだん慣れて来ている。そのせいで、「何となく大丈夫」「乗り越えられる」と思ってしまうきらいがある。
 こういうのが「慣れ」のもたらす罠だ。

 ところで、神社で撮影した画像には、煙のような手が当方の胸に伸びていたのだが、「あれは必ずしも悪意で伸ばしたものではないかもしれん」と思い直した。
 「守り手」だった場合もあるが、こういうのは言葉で説明してくれぬと、生者には上手く解釈出来ない。
 だが、もし悪意があれば、心不全を起こした時に、そのまま死んでいたと思う。
 まだ今のところ何とも言えん。
 ま、今回も生き残ったことは確かだ。これがいつまで続くかは分からんが。

 

 ちなみに、ブログにも刑事の場増を公開したが、見せられるのはここまで。

 当然、「見せていないものがある」ということだ。さすがに理性は持っている。

 愚か者はそういうことが想像できないので、甘く見る。