日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第89夜 石室の中 その2

話を聞くと、女性は過去に呪いに掛けられ、既に長い年月をこの石室の中で過ごしているということです。

(しかし、かなり広い部屋とはいえ、この中だけで何年も過ごせるものなのかな。)
「食べ物はどこから?」
テーブルには山ほどの料理や果物が積んであります。
「眼が覚めた時には、必ずこうなっているのです」
眠りに落ち、次に目覚めた時には、料理が60品目と果物の山が必ず置かれています。
「そりゃ、まさしく魔法だ」
「でも、もてなし料理ばかりで味が濃いのよ。60品目を順繰りに食べ、何順目かには飽きてしまいました。何も味のしないパンが食べたいわ」
それもそうだろう。果物があるだけ良いけれど。

(ここって、動物園に似てる!)
突然気づきました。
ある程度自由が利くが、限られたスペース。常時照明付きで隠れる場所がない。常に準備された食事。
「誰かに見られているんじゃない?」
「私にはわからない」
女性は大理石の椅子に腰掛けました。
頬には涙が伝っています。

「もうどれくらいこの中にいるかわからない」
肩を震わせて泣き始めました。
私は隣に座り、女性の肩を抱きました。
「私が入って来れたんだから、きっと出られるよ」
女性は顔を上げ、私の眼を覗き込みました。
「本当に?」
すがるような眼に応え、私は女性に口づけをしました。

それから3ヶ月くらいが経ちました。
私は女性と一緒に暮らしています。
状況を観察しているうちに、色々なことがわかっています。
まず、石室の中では、24時間ごとに時間が元に戻っているらしいこと。
外界とは切り離され、この中にはこの中のルールがあるようです。
疲れて眠くなり、眼が覚めると元通り。
女性は何年もこの中にいると言いますが、どうみても23、24歳のままです。

石の扉は時々開いています。
しかし、外に出ようと思い、近寄ると閉まってしまいます。
出ようと思わずにいるときには、側に寄っても開いたまま。
人の心を読み取ることの出来る扉のようでした。
外に出ることを考えると近づけないため、普段は扉の存在を忘れるように決めました。
そこで扉のすぐ側の壁に、「15歩前に進むこと」と書きました。
扉が開いたときに、自然に外へ出るためです。
と言っても、この3ヶ月の2人の生活は楽しくて、外へ出ることなど考えませんでしたので、扉はほとんどいつも開いたままでした。

しかし、そろそろ石室の中にも飽きてきました。
最近では扉のすぐ近くに行けるようになり、時々は外の空気を吸っています。
「煙草が吸いたいなあ」
そんな私の独り言を女性が聴いていました。すぐ近くにいることに気づかなかったのです。
「外へ出たい?」
「いや、空を眺め、そこで思い切り煙草が吸いたくなっただけ」
2、3歩先はすぐ外の世界です。
「私はいけないわよ」
女性の表情は暗く沈んでいました。
「私はもう何十年かここにいます。外の世界では何百年経っているかわからない。だってほら」
女性は手に持っていたリンゴを外に向かって放り投げます。
リンゴは仕切りを越え陽の光に当たると同時に、ジュッという音を立て灰になってしまいました。
「私もあのリンゴみたいに・・・」

女性は首を振っています。
「でもいいのよ。まだあなたは大丈夫よ。今なら外へ出られるわ」
顔を上げた女性は石室の奥へ歩み去ります。

私は出口に立ったまま、しばらくの間考えていました。
自分が外へ出れば、またあの女性は1人きりで過ごすことになる。
2人の暮らしは悪くは無いが、とはいえ2人だけで永遠に石室の中というのも。
2つに1つか。
いや3つ目がありそうだ。中の時間と外とは違うから、外へ出てはみたものの、何百年か経っていたということもありそうだ。この自分が置かれたシチュエーションは浦島太郎の話にも似ているし。
思い悩みながら、外の日差しを眺めています。

ここで覚醒。