日刊早坂ノボル新聞

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「不公平」の意味

 税制は、給与所得者が厳密に補足できるのに対し、農家や自営業者は正確に課税されない部分があるため、「不公平」だという意見がある。
 私にはこの意見の主旨がまったくわからない。

 なぜサラリーマンと農家の家計を、同じものとして比較する必要があるのか。
 農業生産は家族単位では成り立たない。集落の共同作業が不可欠で、無理にこれを自営家族で行おうとすれば、多くを機械に頼る必要が生じる。その結果、一戸当たりの借入金がどれほどになるか、想像できる人は少ない。
 一方で、大都市周辺の農地転用は事実上、自由化されたに等しいため、農地はどんどん宅地に転じている。従って、宅地の間で行われる農業はいっそう維持が難しくなっている。
 具体的な数値を上げるまでもなく、これまでどれくらいの勢いで農家が減少してきたかを考えてみればすぐにわかる。

 農家が減り、食料の供給が減る・不安定になることは、国民生活のリスクを著しく高めることになる。
 海外からの輸入にばかり頼っていると、結局は天災や供給側の生産調整などにあったとき、なんら対処できなくなることは、昨今の石油高をみれば一目瞭然である。
 食糧の供給は、経済の問題ではなく安全保障すなわち国防の問題だと言いきる人もいる。

 テレビのある番組で、政治家が「道路づくりは農家の人たちの兼業としても重要だ。農業を守るためにも地方に道路は必要」と言っていたが、その不見識さにあきれてしまった。
 農家は農業だけでは暮らしていけないから、働きに出ているのである。
 農家・農業を守るためには、目先の兼業仕事を保つことではなく、農業で暮らせるようなしくみを考えることである。
 こうなると、農家生産については所得税や固定資産税、相続税等、一切が非課税でよいではないかと思う。

 食料を、農業を守るためには、農家がいかに経営しやすい環境を作ることが肝要である。
 安い食料が安定して供給されるのであれば、農家からいかに税を徴収するかなどといった議論は大局の見えない人間の考えることに見えてしまう。
 農家の負担が減り、かつ生産量が増えれば、すなわち食料は今より安価に供給できるということである。

 農地転用の緩和と大店法の廃止で、郊外型大店舗がバタバタと建設されている。
 大規模店の出店は、現在は借地権を得ることで進められているが、農業生産を止めてしまうこのような出店にこそ課税すべきであろう。
 10年、20年と土づくりを休止してしまうと、たとえそれから農地に戻そうとしても、再生するには何年もの時間が掛かるのである。