夢の中の私は30歳台前半です。
たまたま郷里に所用ができたので、その所用のついでに実家に寄りました。
家に入ると、応接間に父と外国の方がいました。
何やら楽しそうに話をしています。
会釈をしてドアを閉め、居間の方に行きました。
しばらくすると、父が飲み物を取りに居間に来ました。
「お客さん?」
「ああ。あれはレックマン博士。〇〇大学の先生だよ」
「さっきはドイツ語風に聞こえたけど、いつからドイツ語がわかるようになったの?」
「オレがわかるわけないだろ。相槌を打っているだけだよ」
「なんで付き合うようになったの?」
「しばらく前に、美術品を見せてくれと訪ねて来たんだよ」
我が家は旧家で、洋館のあちこちに、曽祖父が集めた絵画や骨董品が置いてあります。
「お前も大学で講義をしてるんだから、少し話をしていけ」
「面倒くさいよ」
「そう言うな。同業者だろ」
「じゃあ、挨拶だけね」
長い廊下をもう一度応接間に戻りました。
「ドクトル・レックマン」
父が呼び掛けると、外を眺めていたレックマン博士が振り返りました。
「コイツは家の息子です」
父に口を向けられたので、私はドイツ語で簡単に自己紹介をしました。
レックマン博士の左の眉が少し上がります。
「ご専門は何ですか」(以下ドイツ語)
「文化社会学です」
なるほどドイツ人だ。欧州大陸流の社会学のジャンルです。
「ほう。私は歴史社会学の講座を持っていて、侍社会のことを研究しています。じゃあ19世紀のドイツで・・・」
たまたま関心のあったことを聞こうとしますが、博士が遮ります。
「ゴメン。仕事の話はしたくないんだ。今日は彫刻を見せてもらいに来たのだから」
それもそうだ。
わざわざ絵や彫刻を見るために足を運んだというのに、別のことをあれこれ訊かれたら興がそがれますね。
「こりゃ失礼。では、ごゆっくりどうぞ」
ちょうどその時、応接間に、執事がやってきます。
仕事上の急用ができ、父を呼びに来たのでした。
「わかった。すぐ行く」
父は執事と共に、部屋の外に出て行きます。
視線を戻すと、レックマン博士は壁際の彫刻のほうに向かっていて、熱心に見ていました。
「博士。お好きなだけ見て下さいね」
私も部屋を出て、居間に戻りました。
15分ほど経つと、メイドの1人が小走りで駆け寄ってきました。
「〇〇さん。お客様が変です」
「どうしたの?」
「お茶を運んだら、大きな風呂敷包みを抱えて、お帰りになるところでした」
風呂敷包みほど、ドイツの学者に似つかわしくないものはありません。
「父は知ってるの?」
「まだ執務室です」
「レックマン博士は何か言ってた?」
「ちょっと借りていく、と」
やられた。アイツは博士なんかじゃないぞ。泥棒じゃん。
道理で研究の話を避けるわけだ。
「そりゃ泥棒だ。骨董品泥棒だよ」
慌てて玄関に出て、左右を見ると、駐車場に向かうベックマン博士の背中が見えました。
「警察を呼んで。それとゲートを閉めて外に出られないようにして」
実家の玄関の外は、50メートル四方はある広い中庭です。
駐車場はその片隅にあったので、博士は80キロ近くの彫像を抱え、車までえっちらおっちら歩いて行こうとしていたのでした。
泥棒博士は、まさか同業者(学会のほう)がいるとは思ってもみなかったんだろうな。
レックマン博士に会った瞬間、「誰かに似ている」と思ったのですが、逃げようとする後姿を眺めているうちに、それが誰か気づきました。
それはロビン・ウイリアムズというアメリカの俳優でした。
ここで覚醒。