つい昨日の事。
関東の某温泉地に家族5人で行きました。
11月の週末は予約を入れるのが難しいのですが、なぜかその温泉の某ホテルだけは空いていました。
都心からさほど遠くなく、2時間以内に行けるのに、不思議です。
「しかもこんなに安いんじゃ、オバケでも出るのかな」と、子どもたちをからかいます。
「お父さん、やめてよ」と、怖がりの息子が叫びました。
温泉に入り、夕食を食べ、「さて寝ようか」と布団に入ったら、妻が急にぜんそくの発作を起こします。
「何かアレルゲンがあるのかしら」
秋なので、オオバコの他、いくつか疑わしいものがあります。
布団が羽毛布団で、動物の毛や鳥の羽がダメな妻には引き金になったかも。
この数年はまったく出なかったのに、突然症状が出ましたので、薬などは持っていません。
ゲホゲホという咳が止まらず、仕方なく濡れタオルで鼻と口を塞いでしのぎました。
それでも、やはり時折、咳をしています。
こういう時に限って、隣室には若い女性のグループが泊まっており、深夜まで話し声が続きます。
声の様子では、おそらく20代後半から30歳の女性のグループで、だいたい4人くらいです。
お酒を飲んでいるらしく、大声で話をしては、バタバタとトイレに行く音がします。
「ここ、壁が薄いんだね。丸聞こえだ」
話し声だけでなく、けたたましい笑い声までして、その都度驚かされます。
「胸が苦しいのに、こんなに煩いんじゃたまらないわ。お父さん、壁を叩いてよ」
「せっかくの週末で旅行に来てるんだから、少々は勘弁してやれよ」
ゲホゲホ。
1時を回り2時近くになっても、話し声が止まりません。
「もうそろそろ、ワタシはフロントに電話するからね」
次に、ギャハハと笑い声がしたら、妻は電話するでしょう。
さすがに、この時間では仕方ないかな。
妻はタオルを顔全体に掛けて、上を向いていました。
まるで仏さまのように、真っ直ぐに体を伸ばしています。
「死んだら、こんな感じかな」
と呟いた後、妻はようやく寝入りました。
10分後、妻がばたっと体を起こしました。
「ああ。夢だ」
「どうしたんだよ」
「女がワタシの胸に乗っかって、顔を覗きこんでいる夢を見た」
「なんだそりゃ」
「顔のかたちがくるくる変わったけど、きっと同じ人だ」
「子どもたちは、普通に寝てるじゃないか。ここにオバケはいないよ」
当家は、全員がその方面に敏感な方なので、異常があれば、全員が感知します。
「ここ何か気持ち悪い」てな調子です。
妻はふうっと溜め息を吐きました。
「せっかくのんびりしに来たのに、オバケなんかに関わっていられないから、『隣の煩い女たちの所に行け』と言ってやった。今はそっちの部屋に行ったから、きっと、もう寝られる」
そう言うと、妻が布団に横になると、2分もしないうちに、寝息が聞こえました。
不思議なことに、妻がそんな話をした時から、隣室の女たちの声が急に聞こえなくなりました。
ダンナの私も、頻繁に幽霊は見るほうですが、この方面で妻とは仲間では無いらしく、まったく同時に同じオバケを見ることはありません。実際に見聞きするのは、それぞれ別のものです。
それでも、喉付近に症状が出るのは、典型的な霊症なので、この時の妻に何かはっきりした異常が生じたことは、よくわかります。
悪霊は必ず喉から入ろうとしますので。
次の朝、仲居さんが朝食の仕度をしに来ました。
「よく寝られましたか?」
「ええ、まあ。でもちょっと、隣の女の人たちの話し声が煩かったかな」
妻は、「多少は文句を言っておかないと」、という気になったのでしょう。
仲居さんは、妻の「愚痴めいたクレーム」に気づいたか気づかないか、「はあ?」とわずかに怪訝そうな顔をしただけでした。
朝食後、もう一度、温泉に入り、いよいよ出発です。
荷物を持ち、部屋のドアを開けると、ちょうど隣の部屋の客が出て来るところでした。
「おはようございます」
そう挨拶すると、隣の客2人が会釈を返しましたが、いずれも60歳代と思しきご夫婦でした。
そうなると、昨夜のあの煩い女たちは、一体何だったのでしょうか。
そう言えば、かなり前に、みちのくの某県で、誰もいないはずの座敷の前を通ったら、宴会をする声だけが聞こえたことがあります。
その時も今回と感触が似ていました。
「オバケは声から」は、まさに定石です。
妻の上に乗っかった女ではなく、隣の女たちのほうが本物だったのかもしれません。