日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第222夜 飛込岬

正月早々、体調が悪く、日がな寝たり起きたりしていた時に見た夢です。

自意識に目覚めると、前方は海岸だった。
正確には、岬の手前200辰らいのところに立っていた。
すぐ目の前には三脚があり、ビデオカメラが設置されている。

「俺はなんでここに?」
頭がボンヤリして思い出せない。
その時、私の隣から咳払いの音がした。

横を向くと、30台半ばくらいの男が立っていた。
「天気もイマイチだし、人が来そうにありませんねえ」
男の言葉に、私は自分がなぜここにいたのかを思い出した。

ここは〇〇岬。
自殺の名所として知られており、そのせいで「飛込岬」と呼ばれるところだ。
最近、この岬で死ぬ人が急に増えたため、その取材をしようとカメラクルーと共に訪れたのだった。

「もっと近くのほうが撮影しやすいですけど・・・」
隣の田中というカメラマンが呟く。
「馬鹿言え。カメラを抱えて待ってたら、来る者も来なくなる。それに・・・」
その先は言わなかった。
言ってもどうせ分からない。

人死にの多いところには、立地環境が自殺に適しているだけではなく、因縁があることがある。
普通の人は何ともないが、波長の合う者が近寄ったら、引きずり込まれてしまうことがあるのだ。
それが証拠に、俺は関東の〇〇山には絶対に近づかない。そこは俺が行ってはならない場所で、もし行ったら、まず帰って来られない。
その山の神隠しのニュースをたまたま見ていた時など、画面を通して、俺のことを見ている視線を感じた。実際に、人影も見えたのだが、一緒に同じ画面を見ていた者で同じことを感じたヤツはいない。
「俺みたいに、その方面に敏感なタイプはやばいんだよな」
これには「はい?」と、田中が尋ね返した。

それから2時間待ったが、人が訪れる気配はない。
さすがに、10時間近く待ったので、この日は撤収することになった。
機材を片づけていると、田中が声を掛けてきた。
「近藤さん。あれ」
(この夢の中では、俺は近藤という名前らしい。)
言われるままに、田中が指差す先を見ると、若い女の子が1人で岬に向かっていた。
顔には血の気がまったく無く、まるで死体だ。

「こりゃ、いかん。取材するどころではないぞ。あの子はすぐにも飛び込んでしまう」
こういう時、報道するべきか、あるいは助けるべきかを、馬鹿者たちは議論する。しかし、問答無用で助けるのが筋だ。
目の前の命を救えるのは、俺と田中の二人だけ。なら取るものもとりあえず、救えよなってこと。
「社会的影響」なんて、頭の中だけにあることだ。

道具類を放り投げて、田中と二人で岬に走った。
ようやく女の子に追いついたのは、もはや先端から15辰里箸海蹐世辰拭
「おい!待て待て」
女の子の足が止まる。
「それ以上、前に行ったら危ないぞ」
女の子は後ろを振り向きもせず、じっとしている。
俺は田中に目配せをして、女の子の両脇に回り、左右から女の子の腕を掴まえた。

「もう大丈夫。少し後ろに下がろうね」
女の子を離さないように気を付けながら、20辰曚標紊蹐北瓩襦
「あれ?私はどうしてここに」
女の子が、今気づいたように、驚き声を上げた。
「私は家でテレビを見ていたはずなのに、なぜこんなところに来たんだろ」
(ああ。ニュースを見ていて掴まったんだな。)
私は、すぐに状況を把握した。
この女の子は、この飛込岬の報道を見聞きしているうちに、この場所の持つ力に掴まったのだ。
それで、自分でも気づかずに、ここに吸い寄せられた。
「ここは、やはり良くない場所らしい。早くここを離れよう」
女の子の手を引いたが、固まったまま少しも動かない。
「おい、田中」と促そうとすると、田中は顔だけを後ろに向け、岬の先の方を見ていた。

「先生。あれ・・・」
その声に、うっかり私も後ろを振り向いてしまった。
すると、岬の先の空中に、ぽっかりと穴が開いている。
「う」
(こりゃ、最悪のケースだ。)
後ろに下がろうにも、足が少しも動かなくなっていた。

いつの間にか、三人とも岬の方に向き直っている。
目前の空中には、20辰らいの裂け目が出来ていて、その向こう側に見えるのは・・・。
「田中。お前は何が見える?」
「先生。私にはお花畑が見えます」
「じゃあ、俺と同じものが見えているわけだな」
岬の穴の向こう側には、きれいなお花畑が広がっていて、一面に黄色い花が咲いていた。
「きれいですね」
「ああ。本当だ」
「人影も見えますね」
「うん。確かに見える」
お花畑の中には、3、4人の人影が見える。皆白い服を着ていて、男も女もにこやかに微笑んでいる。
「きっと良いところなんでしょうね」
「おそらくはね」
もちろん、あそこに行っては駄目だ。
きれいな女性には金がかかる。それと同じで、きっとお代は高くつくぞ。

「田中。そろそろ退散した方が良さそうだ。このままじゃあ、引きずり込まれてしまう」
「え?」
問い返す田中の顔は不満げな表情を浮かんでいる。
(不味いぞ。コイツも取り込まれやすい性質らしい。)
私は後ろに下がろうと試みたが、足がまったく言うことを聞かない。
それどころか、じりじりと前に出ているではないか。

「何だこれは。勝手に足が前に出ている」
足元をよく確かめると、驚いたことに、誰かの手が踵を掴み、前に足を踏み出させていた。
「わあっ」「きゃあ!」
田中も女の子も、私と同様らしい。

この時、後ろから声がした。
「先生。田中。何やってるんですか?準備が出来ましたよ」
車に機材を積み終わったクルーの1人が、私たちを呼びに来たのだ。
「おおい。助けてくれ。引きずり込まれそうだ」
一旦、そう声を掛けたが、すぐに思い直した。
「いや。来るな」
(もし、あいつもこの場所に掴まったら、全員で共倒れではないか。)
しかし、このままではここにいる3人はお陀仏だ。

「車からロープを持ってきて、俺たちの体を離れたところから引っ張ってくれ。岬の前の方はけして見るなよ」
すぐに、クルーが車に走る。
「先生。アイツ。間に合いますかね」
「間に合って貰わなけりゃ、困るだろ。私も君もここでは死にたくない」
この間にも足はじりじりと前進を続けている。
岬の先端までは、あとほんの15辰澄

ここで突然、人声が聞こえ始めた。
それも、数人の声ではなく、何百人の声である。
声のする右側に視線を向けると、1千人を超ていようかという群衆だった。
その先頭には、巫女装束の女がいる。

「ああ。見たことがある」
時々、夢に出たり、実際に日本各地で目撃する幽霊の一団だ。
〇〇山のニュースを見ている時にも、林の奥に姿があった。
(こりゃ、大ピンチだぞ。)

私は岬の突端の下に何があるかを知っている。
何千何万の悪霊たちが、私たちを絡め取ろうと、手を伸ばしているのだ。
お花畑で人を釣り、近くに来たら、鷲掴みに連れ去ろうという段取りなのだった。

ここで覚醒。