日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第277夜 呪文

日曜の朝方になり、うとうととした時に観た夢です。

机の前に座っていると、ノックの音がした。
ガチャっと鍵が開き、若い女が駆け込んできた。

「ねえ、ケンジ。見て見て」
由香里だった。
由香里は三か月前から付き合っている彼女で、24歳のスレンダーだ。
(これは夢なので、脚色して「スレンダー美女」と書きたいところだが、ルックスはごく普通だ。)
オレの方は28歳で、大学院のオーバードクターだ。
こう書くと聞こえは良いが、要するに働き口の無い研究者ということ。

「ああ?何だよ」
由香里がすぐに傍に寄る。
「ネットで拾った呪文みたいなのが、私のとこに回ってきた。四行詩みたいなヤツ。ケンジはこういうの得意でしょ。どういう意味?」
由香里はオレの目の前に紙を差し出した。
「こんなの。メールで送れば良いじゃないか。なんでわざわざ家まで来たんだよ」
ま、訊く方がヤボだ。
付き合い始めてから間もないので、とにかく、傍にいたいわけだな。
もちろん、オレだってまんざらではない。

2時間くらいの時間が経ち、オレは起き上がった。
「どれどれ」
確かに、詩のような呪文のような文言が並んでいる。
「これどっから出して来た?」
ベッドの由香里が体を起こした。
「何かのホームページに載ってたみたいだよ」
「説明は無かったのか?」
「ううん。ただポロンとそれだけ書いてある」
「題名はあっただろ」
「ええと。確か『毒虫』」

もう一度、その紙を見る。
「確かに暗号だな。五字ずつの漢詩形式で書かれているが、意味があるのは最初の一文字だ。頭の文字だけ抜き出すと、大仄黒朔夭鎚鳴臥となる。問題はここからだ。これを音で表すと、オオ・ホノ・クロ・サク・ワカ・ツチ・ナル・フスと読めるわけだ」
「どういうこと?」
この手の解析はオレの得意分野だ。オレは元々、社会統計学が専門だが、そのせいか「バラバラと数字が並んでいるのを眺めるだけで規則性が読める」という特技がある。
言葉もそれと同じ要領で、規則性を見つけると、その裏に隠されている本当のメッセージが分かるのだ。
よって、これくらいの暗号は屁でもない。
「これは、読み手を選ぶためのものだな。ふるいにかけると言っても良い。オオ・ホノ・クロ・サク・ワカ・ツチ・ナル・フスが何を意味するものか、知る者を選ぶ意図による」
「どういう意味があるの?」
オレはこの文字の配列を変えたり、順番を組み替えたりして言葉を作った。
あまり深い操作はされていないので、すぐに解明できた。

「これは陰陽道に関係している。いわゆるイザナギの呪文に近い文言が出来る。ここから手繰ると・・・・。ホレ。これはイザナギイザナミが袂を分かった後、この世に生れ出た怪物の名の頭文字だろ」
由香里がパチパチと手を叩く。
「スゴーイ。さすがに20代で博士号を持っているだけのことはあるわね。で、どういうこと?」
オレは少しむくれた。
「その言い方。オレをバカにしてんのか?後でまたいじめてやるぞ」
「いいわよ」
由香里がなまめかしい目つきでオレを見る。
この辺はまだ付き合い始めだ。

「この段階ではあまり意味は無い。ここまでは、これを読めるヤツを探し出すための文言だな。この文言の成り立ちを知る者は、当然、この後には何かがある筈だと考える。それで、その先を見るわけだ。で、この続きはどうなってるの?」
ここで由香里がバッグから写真を取り出した。
「これはこの次に添付されていた画像。引き延ばして、光沢紙に出さないと良く見えなかった」
手渡された写真を見る。
画像は不鮮明で、暗かった。
「出力しない方が良かったんじゃない?」
「でも、これが載っていたホームページは、すぐに削除されたみたいだよ」
「データはないの?」
「あるわ」
由香里がメモリーカードを出す。
オレは早速それをPCで読み込んだ。
画像を解析して、鮮明にする。
「これでも良く読めないな。断片的な言葉が途切れ途切れに見えるだけだ。こたかのいんと、ひつていむす・・・」
こちらは、明らかに呪文だった。
「これに最も近いのは、呪い返しの呪文だろうな」
しかし、その文言よりもさらに先の呪文が連なっている。

この辺で、オレには次第に段取りが見えて来た。
「分かって来たぞ。まず呪いがあって、それを返すのが呪い返し。コイツはその呪い返しを解こうとしているのだ。すなわち、最初の呪いを放った奴が、呪い返しを受け、呪いを解かれたが、さらにその上を行く呪いを送って、効力を取り戻そうとしているのだ」
「でも、イザナギの呪文はこの世が生まれた後で出来た最初のほうの呪文でしょ。となると、このやったりやられたりは、かなり古くからの応酬なの?」
その通りだった。
由香里はまだオレと付き合うようになってから間もないが、理解がやたら早い。
「すなわち、かなり昔から2つの勢力があって、呪ったり呪われたりしていた。何百年か何千年かが経つが、その争いは水面下で続いている。これは、その相手を探し出し、倒すべき者かどうかを量るためのものだ」
「じゃあ、この呪文の意味が分かるかどうか、が境目であり、踏絵ということね」
「そういうこと」
由香里がさらに畳み掛ける。
「じゃあ、もしこの呪文の意味が分かったらどうなるの?」
そんなの、最初から見えていることだ。
「意味を知る者が標的で、さらにこれは呪い返しの返しなのだから、これを知る者には敵の呪いが襲ってくるだろう。おそらく数千年分の呪いがね」
ここで2人とも、今の事態に気づいた。
「じゃあ、これを直接解いたのはケンジだから、ケンジには呪いが降りかかって来るわけ?」
「それだけじゃなく、これを理解してしまった由香里も、かなりヤバイね。まあ、由香里もオレも、この呪文を声に出して読んでしまったから、同じことだ」

ここで、オレと由香里は同時に同じ言葉を発した。
「なあんてね」
部屋に「ハハハ」と笑い声が響く。
ここで由香里がオレに抱きついた。
「怖いわあ。だから抱っこして」

だが、オレの方は、すぐに全身が固まった。
由香里が飛びついて来たので、後ろの窓が眼に入ったが、そのガラスの向こう側は真っ白な霧で覆われていたのだ。
ついさっきまで、外はカンカンに晴れていたのに。

ドアの方を向くと、オレの部屋のドアの下の隙間から、霧が少しずつ中に入って来つつあった。
こりゃ、いかん。コイツは本物だったんだ。
早く「呪い返しの返し」を返さないと、良くないことが待っていそうだ。
でも、そんな呪文あったっけ?

もう少しすると、敵が送り込んだ「2人の使徒」がこの部屋に入ってくる筈だ。
このオレを捉え、地獄に送るためにだ。
オレは由香里を脇に放り出し、慌ててPCのキーを叩き始めた。
「なんとかして早く呪文を見つけないと」

ここで覚醒。