日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第280夜 鬼になるには

朝、子どもたちを送り出した後、少し居眠りをしました。
これはその時に観た夢です。

このところ胃がチクチクしていたので、薬でも貰おうと病院に行った。
「薬だけください」と言おうと思ったら、医師の方から先に「念のため少し調べましょうか。1年ぶりですし、当院は指定医療機関ですから、ここの市の健診扱いにできますよ」と告げられた。
(タダなら、別にいいか。どうせ今日は仕事には行きたくないし。)
レントゲンやら血液検査を済ませ、オレは再び診察室に戻った。
すると医師は、「日を改めてカメラもやりましょう。見ておきたいところがあります」とオレに言った。

数日後、また検査をすると、今度は「大学病院で再検査してください」と紹介状を渡された。
何か見つかったなら仕方ない。
転院して、大学病院で最初から調べて貰うことにした。
程なく正確な検査結果が出た。
病名は胃がんで、既に末期だった。
「数か月前から背中や腰の痛みがあったはずで、その時に気づいていれば処置が出来たのですが、この後は治療の方法がありません」
こっちの医師は、率直な物言いをする人で助かった。
曖昧な言い方で引っ張られ、「気づいた時には余命●日」てな事態になるよりは、よほどましだ。
オレもその辺ははっきりした性格だから、残りが僅かなら、その中で楽しめることを考えることにした。
しかし、医師の告げた余命は1か月半から2か月だった。
オレが動けなくなるまで、この先1か月あるかどうか。

しかし、「やれることをしよう」と思っても、何も思いつかない。
胃がまったりと重い状態では、旅行に行っても面白くないしなあ。
薬を飲んでいるせいで、温泉なんかに入ると、余計に気持ちが悪くなる。
オレは中年だが、独身だし、これといって決まった彼女もいない。

どんどん時間が経って行く。
すると次第に、オレの心境に変化が生まれて来た。
だんだん死にたくなくなって来たのだ。
「父が言っていた通りだな」
人は死を身近に感じていない時は、「死ぬのは怖くない」と思う。
しかし、ごく間近に死を感じると、その途端に死にたくなくなるものなのだ。
だから、重病を抱えた高齢者ほど、「まだ死にたくない」と叫ぶ。
そう言っていたのは父だが、オレも父のその言葉通りになった。

オレの一生ときたら、それなりに働いて来ただけだ。熱心とは言えない。
しかし、道楽をしなかったので、貯金はふんだんにあるし、老後だって大丈夫。
そう思って来たのだが、しかし、それも何の役には立たず、オレの財産は誰か親戚が楽しく遣い果たすことだろう。
「こんなことなら、もうちょっと飲んだり食ったり、女遊びをすればよかったかな」
ま、そういう考え方はしないが、それでも何だか損をしたような気になって来る。

茶店の2階で、不味いコーヒーを飲みながら、思わず愚痴をこぼしていた。
「ああ。バンパイアになれたら良いのにな。死なずに済む」
「昼に動けない」ことなどの制限が多いから、あまり楽しそうではない。しかし、それでも今よりは沢山のものを見られるだろう。

すると、前の席に座っていた人が急に後ろを振り向いた。
「バンパイアはタダの伝説だから、それにはなれないけれど、鬼にはなれますよ」
オレにそう言ったのは、高校生の服装をした女の子だった。
(オレの夢には悪魔とか鬼や化け物が沢山出て来るが、大体はオヤジか、ずる賢そうなババアの姿をしている。この話の流れから見て、おそらく悪役だろうに、若いコとは珍しいぞ。)
オレは自分が「今は夢の中にいる」ことを自覚していたが、設定にいつもと違う変化があったので、この夢にのめり込むことにした。

オレは女の子に訊き返した。
「鬼だって?」
女の子が頷く。
「あなたはもうじき死にますが、『まだ死にたくない』と考えているはずです。それなら、鬼になれば死なずに済みますよ。簡単なことです」
「でも、そうは言っても代金の方が高いのだろ。死んだ後は未来永劫に地獄に行く、とかね」
それなら、今まで何度も申し出があったぞ。
「大丈夫ですよ。今はサービス強化月間ですから、地獄の滞在期間は50年にお負けします。それに今すぐ契約すれば、事前に1回だけ私とデートできるという特典を差し上げます」
「やっぱり地獄行きじゃないか。いかにも駄賃の方が高そうだな。それに、オレは若い女は好みじゃないんだよ。美人やガリガリのモデル体型もダメだね。地味なルックスで、上から下まで真っ直ぐな日本人体型が好きなんだよ」
(いつも家にいて欲しいのは、味の濃いのじゃなくて、白飯みたいに飽きの来ないタイプだよな。)
ここでオレは「本当は結婚して家庭を築きたいと思っていた」ことに初めて気づいた。

オレが乗り気じゃないと見たのか、女の子の声が真剣になる。
「わかりました。ちょっとここで待っていてください」
その若い子は立ち上がって、トイレに入った。
数分後、オレの前に立ったのは、アラ40の女性だった。
「お待たせ。これじゃあどう?」
オレの方は、あまりの変わりようにびっくりだ。
「オッケー、オッケー。それで良いよ。でも君は営業担当じゃなくて、鬼の仲間だったのだな」
女が笑う。
「素人は勧誘が下手ですからね。今はプロが直接担当しています」
「そっかあ。なるほどね」

「ところで、鬼なんだから、誰かに退治されるまでは生きられるよね。桃太郎とかをうまく避けてれば長生きできる。しかも仲間がいつでも好みの相手に化けられるんじゃあ、楽しく暮らせそうだ。となると、その代金が50年間の地獄じゃあ安いよね。本当は裏があるんでしょ。からくりは何?オレはさっぱりした性格なんだから、本音で言ってよ」
「どうやら話が分かる方のようですね。じゃあ、契約条件のことをお知らせします。鬼になるのは簡単で、私の血肉を少し齧って頂くだけです。それでひと晩寝て朝起きると、鬼になっています。鬼になったら、好きなように暮らして頂いて構いませんが、月に3人の新人を勧誘して欲しいのです」
「それって、今貴方がやってるみたいに誘いこめば良いの?自分の体の一部を齧らせればOK?」
女が大きく頷く。
「そうです。そうです。仲間を増やすのが大前提です」
「他にまだあるの?」
「時々、出張してもらいます」
「え?どこに?」
「そりゃ地獄ですよ。地獄では亡者が増えすぎて、それをあしらう鬼が不足しているのです。そのために、私のような者が来て、勧誘をしているわけです」

しかし、冷静に考えると、オレはこの先、鬼になってこの世と地獄を行き来するが、もし桃太郎もどきに退治されると、いきなり亡者の側になるわけだ。
「それって、いずれにせよ、オレはこの先はずっと地獄にいることになるってことじゃないの?」
「ふふ。正解!でも、貴方はもうじき死ぬし、死ぬと普通の亡者として地獄行きですよ。まだ生きている方々は知らないことですが、人類の99.9%は天国には行けません。それなら、鬼になってみた方がお得ですよ」
そっかあ。どうせ地獄行きが決まりなら、その方が確かにお得だな。

「わかったよ。オレはアンタの勧め通り、アンタの肉を齧って鬼になる。たぶんそれでオレはあんたのパートナーか家来みたいな立場になるんだろうが、まあ、それでもいいや」
なんとなく、オレはこの女鬼とは相性がいいような気がしていた。エッチなことをしたら、さぞ快感だろうな。
女鬼が胸を撫で下ろすように、息を吐いた。
「良かったあ。これで今月のノルマを達成したわ。今月は大変だったんですよ。どっと新しい亡者たちが入って来たから、地獄が溢れそうになったのよ」
「へえ。そんなこともあるんだ」
「世界中で戦争を始めたから、死ぬ人が増えててね。亡者で地獄の蓋が持ち上がって、外にあふれ出そうな有り様なの」

オレはここで合点が行った。
「それって、もしかして黙示録だかのアルマゲドンだか何かのこと?地獄の蓋が開くのを防ぐために、看守を集めようとしているなら、あんた方は鬼じゃあなくて天使だね」
女鬼が大きく頷いた。
「ま、人の本性は邪悪なので、いずれ人類には破滅が待ってます。でも、最大限の抵抗はしませんと」

ここで覚醒。