日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第285夜 治療  (その3)

さらに続き。

 段取りは、前回と同じで、催眠状態から入るものだった。
 少し違うのは、今回は治療用ベッドに横たわった後に、ゴーグル型の視覚装置を付けることだけだ。
 催眠状態になっていることに加え、見えるのは現実感あふれる映像だから、目の前で展開される内容が、果たして夢なのか、催眠によってもたらされたものなのか、仮想現実なのか区別がつかないほどだった。
 だんだん、頭がぼおっとして、物事を考えるのが億劫になって来た。

 我に返ると、どこか路地に立っていた。
「あれ?オレはいつ病院から出て来たのだろう。今日の治療は終わったんだっけ?」
 大体、なぜ、何しにここに来たのかがわからない。
 そのまま佇んでいると、路地の陰から、不意に男が現れた。
「お。浅香ちゃん。出歩けるようになったの?」
 この男は見たことがある。
 そうか。コイツはシャブの売人だった。
「オレは今日は買いに来たんじゃないよ。もう止めたんだ。医者の治療も受けているしね」
 男が相好を崩す。
「またまた。浅香ちゃん。大丈夫だよ。Sのヤツらと違って、オレは浅香ちゃんを売ったりしない。もちろん、代金以外に金を寄こせとも言わない。言うわけがない」
「・・・」
「今、良いのが入ってるよ。純度がもの凄く高くてさ。出所祝いに今日はタダで上げる。気に入ったら、またオレんとこに来ればいいよ。ちょっとここで待ってな」
 そう言うと男はオレに背中を向けて、路地の向こうに歩み去った。

 しかし、ほんの1分で再び男が現れる。
「じゃあ、これね」
 男はオレに小さな紙包みを手渡すと、サッと姿を消した。
 オレは掌に紙包みを握ったまま、その場でしばし考えた。
「おかしいな。オレは治療を受けて、薬を絶対に使わないようになっている筈なのに。前と変わりないぞ」
 治療がうまく行っていないのかな。
 大金を払って病院に通っているのに、これじゃあ、何の役にも立たないや。
 治療のやり直しだな。
 ま、こいつを最後の1発にして、また別の医者にかかることにすっか。

 オレはマンションの自分の部屋に戻った。
 薬物で捕まった後、結局、オレは妻と離婚し、このマンションの部屋以外の財産を妻に渡したのだった。
 ま、部屋では愛人が待ってるんだけどね。
 部屋に入ると、女はベッドに裸で寝ていた。
 まだ若くて、オレよりひと回り半も年下だ。

 オレが隣に寝転ぶと、女が目覚めた。
「手に入った?」
「ああ」
「私の分もあるの?」
 オレは紙包みを開き、中の粉の量を確かめた。
「大丈夫だね。2人で使えば1回分ちょうどかな」
「そう」
「すぐ決めんのか?」
 声を掛けたが、女は答えず、背中を向けた。
「おい。すぐやるのかって訊いてんだよ」
 すると女が向こうを向いたまま返事をした。
「こういうことやっていると・・・」
 ここでくるっと振り向いた。
「地獄に落ちるわよ」
 オレは腰を抜かしそうになるほど驚いた。
 オレを見た女の顔が、ガキの頃に会った般若の顔に変わっていたのだ。

(まだ続く)