日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第386夜 治療  (その4)

続きです。

「ぎゃあ~」と叫んで、オレは跳び起きた。
 目を醒ますと、オレはやはり病院の中。
 医者がオレを見守っていた。
「どうです?リアルでしょ」
「リアルも何も、これじゃあ酷すぎる」
 医者が首を振る。
「これくらいでなけりゃ、また薬物に手を出してしまいます。あと数度同じような仮想現実を味わえば、もはや2度と手を出すことはありませんよ」
 いやはや。そりゃそうだろうとも。

 翌週の治療予約を入れた後、オレは病院を出た。
 駅に向かい、改札に入ろうとすると、歯がズキズキと痛み出した。
 催眠療法で眠り込んでいた時に、歯を食いしばっていたせいだろう。
 そこで、オレは踵を返し、駅前のドラッグストアに寄ることにした。
 もちろん、鎮痛剤を買うためだ。
 自分で探すのは面倒なので、カウンターに行き、白衣を着た店員に声を掛けた。
 たぶん、この女は薬剤師だな。
「何か鎮痛剤で、簡単に買えて、効き目のあるヤツはありませんか」
 薬剤師が微笑む。
「ありますよ。粉の方が効きますから、こっちを」
 女は赤い箱を出して、オレに示した。
「良いですよ。それをください」
「飲み方のご説明をしましょうか」
「面倒くさいからいいや」
「でもこれは食前に飲むタイプですよ。食後だと効き目が薄れます。それと・・・」
 色々と注文があるのか。それじゃあ、仕方ない。
「簡単に言ってね。あとは何に気を付ければいいの?」
 するとその薬剤師は、薬の箱を開封して、紙袋入りの薬を取り出した。

「うっ」
 オレはその紙の袋を見た瞬間に、具合が悪くなった。
 こりゃいかん。心の抑制スイッチが誤作動を始めたようだぞ。
「やっぱり説明は要らないや。もうお勘定して!」
 すると薬剤師の視線がオレの眼を鋭く射抜いた。
「そうは行くかよ。ふふふ」
 たちまち薬剤師の口がさくっと耳の下まで裂けた。
 
「うひゃあ」
 いかんいかん。本当に抑制スイッチが入っちまった。
 目の前の般若がまるで本物のように見える。
 ただの心象イメージの筈なのに、これではたまらん。
「もう要らん!」と言い置き、オレはその店を走り出た。

 店の前の道を百メートルくらい走ったところで、オレは足を止めた。
 すると、後ろの方から声が聞こえた。
「待てえ。逃がさぬぞ。食ってやる」
 いやはや、さっきの女は今や本格的な鬼に化けていた。
 もう一度走り出そうとすると、周りにいた通行人がオレの前に立ちはだかった。
「逃がすわけには行かんぞ。舌を引っこ抜いてやる」
 その男はむくむくと体が膨れ、身の丈が3メートルはあろうかという鬼になった。
「ははは。掴まえたぞ」
 いつの間にか横から手が伸びて、オレの腕を掴んでいた。
 ついさっき、横を通り過ぎた女子大生だ。
 かわいらしい娘に見えていたのが、今は筋肉モリモリの女鬼だ。

「わかったよ。わかった。もう2度と、絶対に薬には手を出しません。だからもう勘弁してくれ!」
 オレは大きな声で叫んだ。

 その時、オレの耳にはそれまでとは別の声が響いた。
「はい。もう目を醒まして」
 パッと気づくと、オレは診察台の上に寝ていた。
「ありゃりゃ。オレはまだ病院の中にいるのか」
 どう見ても最初の治療室だ。
 医者はオレに背中を向けて、手を洗っているような仕草をしている。
「先生。これじゃあ効果があり過ぎだよ。何でもかんでも反応して、鬼が出まくりだよ」 
 医者はオレに背中を向けたまま返事をした。
「ちょっとキツかった?でも本当にリアルだったでしょ。ま、最後は現実と入り混じって来たようだけどね」
 ここで医者がオレの方に向き直った。

「さあ、仮想現実はここまで。そろそろ現実に戻ろうか。お前はまだこれから5百年間は血の池地獄に入っててもらわにゃならんからな。百年に1度の休憩はもう終わりだぞ」
 鬼が白衣を脱ぎ捨てると、真っ赤な肌が露わになった。
 なんてことだ。オレがいる本物の世界は地獄のほうで、あとは総てが仮想現実だったのだ。

 ここで覚醒。