続きです。
「ぎゃあ~」と叫んで、オレは跳び起きた。
目を醒ますと、オレはやはり病院の中。
医者がオレを見守っていた。
「どうです?リアルでしょ」
「リアルも何も、これじゃあ酷すぎる」
医者が首を振る。
「これくらいでなけりゃ、また薬物に手を出してしまいます。あと数度同じような仮想現実を味わえば、もはや2度と手を出すことはありませんよ」
いやはや。そりゃそうだろうとも。
翌週の治療予約を入れた後、オレは病院を出た。
駅に向かい、改札に入ろうとすると、歯がズキズキと痛み出した。
催眠療法で眠り込んでいた時に、歯を食いしばっていたせいだろう。
そこで、オレは踵を返し、駅前のドラッグストアに寄ることにした。
もちろん、鎮痛剤を買うためだ。
自分で探すのは面倒なので、カウンターに行き、白衣を着た店員に声を掛けた。
たぶん、この女は薬剤師だな。
「何か鎮痛剤で、簡単に買えて、効き目のあるヤツはありませんか」
薬剤師が微笑む。
「ありますよ。粉の方が効きますから、こっちを」
女は赤い箱を出して、オレに示した。
「良いですよ。それをください」
「飲み方のご説明をしましょうか」
「面倒くさいからいいや」
「でもこれは食前に飲むタイプですよ。食後だと効き目が薄れます。それと・・・」
色々と注文があるのか。それじゃあ、仕方ない。
「簡単に言ってね。あとは何に気を付ければいいの?」
するとその薬剤師は、薬の箱を開封して、紙袋入りの薬を取り出した。
「うっ」
オレはその紙の袋を見た瞬間に、具合が悪くなった。
こりゃいかん。心の抑制スイッチが誤作動を始めたようだぞ。
「やっぱり説明は要らないや。もうお勘定して!」
すると薬剤師の視線がオレの眼を鋭く射抜いた。
「そうは行くかよ。ふふふ」
たちまち薬剤師の口がさくっと耳の下まで裂けた。
「うひゃあ」
いかんいかん。本当に抑制スイッチが入っちまった。
目の前の般若がまるで本物のように見える。
ただの心象イメージの筈なのに、これではたまらん。
「もう要らん!」と言い置き、オレはその店を走り出た。
店の前の道を百メートルくらい走ったところで、オレは足を止めた。
すると、後ろの方から声が聞こえた。
「待てえ。逃がさぬぞ。食ってやる」
いやはや、さっきの女は今や本格的な鬼に化けていた。
もう一度走り出そうとすると、周りにいた通行人がオレの前に立ちはだかった。
「逃がすわけには行かんぞ。舌を引っこ抜いてやる」
その男はむくむくと体が膨れ、身の丈が3メートルはあろうかという鬼になった。
「ははは。掴まえたぞ」
いつの間にか横から手が伸びて、オレの腕を掴んでいた。
ついさっき、横を通り過ぎた女子大生だ。
かわいらしい娘に見えていたのが、今は筋肉モリモリの女鬼だ。
「わかったよ。わかった。もう2度と、絶対に薬には手を出しません。だからもう勘弁してくれ!」
オレは大きな声で叫んだ。
その時、オレの耳にはそれまでとは別の声が響いた。
「はい。もう目を醒まして」
パッと気づくと、オレは診察台の上に寝ていた。
「ありゃりゃ。オレはまだ病院の中にいるのか」
どう見ても最初の治療室だ。
医者はオレに背中を向けて、手を洗っているような仕草をしている。
「先生。これじゃあ効果があり過ぎだよ。何でもかんでも反応して、鬼が出まくりだよ」
医者はオレに背中を向けたまま返事をした。
「ちょっとキツかった?でも本当にリアルだったでしょ。ま、最後は現実と入り混じって来たようだけどね」
ここで医者がオレの方に向き直った。
「さあ、仮想現実はここまで。そろそろ現実に戻ろうか。お前はまだこれから5百年間は血の池地獄に入っててもらわにゃならんからな。百年に1度の休憩はもう終わりだぞ」
鬼が白衣を脱ぎ捨てると、真っ赤な肌が露わになった。
なんてことだ。オレがいる本物の世界は地獄のほうで、あとは総てが仮想現実だったのだ。
ここで覚醒。