忘れぬうちに「続き」です。
俺は元々、この家の執事頭だったから、いつの間にか前に出て指揮を取っていた。
「平八、大丈夫か」
ついさっきまで、平八は苦しそうな顔をしていた。
「はは。今はそんなことを申しておられまい」
やはり顔色は青いが、張りが戻りつつあるようだ。
「よし。皆はまず四方の館門を固く閉じてから、武具を中庭に集めてくれ」
「おうさ」
今は皆が隠居しているので、「幼馴染み」としての振る舞い方になっている。
「俺は姫様にお目通りして来る」
「うん。我らは戦の支度をして置こう」
すぐさま俺は本館に向かい、殿中に上がった。
あえて廊下を足音高く踏み鳴らしながら、俺は奥に進む。
今は家臣に取り次いで貰う暇がないため、誰か近しい身内が来たことを知らしめるためだ。
「姫!姫様。大山勘兵衛が参りました!廊下に控えておりますので、お支度が出来ましたらお目通り下され」
戸板の向こうで、人が動く気配がある。
そのまま廊下に立っていると、すぐに戸が開いた。
「勘兵衛。近う寄れ」
秋姫の声だ。
俺は視線を下げ、目を合わせぬように前に進んだ。
秋姫の手前三間の所で足を止め、座礼をして頭を低くする。
「面を上げよ」
顔を上げて前を向く。
ここで俺は少し驚いた。
秋姫が戦装束を身にまとっていたからだ。
「秋姫様。ご承知でしたか」
これに秋姫は「ふふ」と笑った。
「なに。じじの声は大きいから、中庭の話し声でもここまで届く」
(さすがは孫七郎殿の娘だ。周りのことがよく見えておられる。)
秋姫は十七歳。ひとり娘ゆえ、男勝りの気性と噂されるが、外見でそれは窺い知れぬ。
見た目はしとやかな美女だ。
(女子にしておくのは惜しいが、ここは女子としての身の処し方を伝えねば。)
俺は自分の懐に差していた短刀を秋姫の前に差し出した。
「姫。これを」
秋姫はじっと俺の眼を見詰め、次の言葉を待っている。
「敵は五百を超えまする。こちらはせいぜい十数人。攻め落とされるつもりは毛頭ござらぬが、もしもの時のお覚悟は必要でござる」
もし館門を破られれば、敵が中に侵入してくる。
その時、相手がどれくらいの身分の者かで、姫の運命が決まる。
もし、この攻めをここの館主より下位の身分の者が指揮していたなら、姫は捕虜となり、敵方の城主の許に連れて行かれる。そして、敵の城主か近しい者に凌辱される。
もし、城代挌の役位の者が攻め手の中心にいれば、姫は戦利品として直ちにその場で凌辱されてしまうだろう。高位の者であれば、それくらいの裁量権は持っている。
いずれにせよ、若い女であれば誰かに犯されてしまうのだ。
(もちろん、そんなことを許すわけにはいかん。)
「もし、敵が侵入して参ったなら、これで・・・」
さすがに、自害してくれ、とまで口には出せない。
姫ももちろん、俺の言わんとするところは承知している。
「分かった。そちの申す通りにしよう」
俺の要件はこれだけだ。
今は戦の支度を整えなくてはならない。
「では、それがしは防備に回ります」
俺が立ち上がると、秋姫も同時に腰を上げた。
「姫?」
姫はすたすたと歩み寄り、俺の隣に肩を並べた。
「守りの手は幾らあっても十分ではあるまい。私も参る。私の火縄の腕は承知しておるな?」
俺はすぐさま拝礼を返した。
「御意のままに従います」
姫の腕は知っている。父親の孫七郎さまも、この秋姫も、俺が手ずから教えたからな。
二人揃って本館を出て、中庭に戻る。
中庭には、槍や刀、火縄と弓が積まれていた。
「これだけか」
「うん。お屋形様の出陣で、粗方持って行かれたようだ」
俺は二度頷いた。
「これでは半日と持たぬな。ま、今は不平を申しても始まらない。この場、この手勢、そしてこの武器でやれる手を考えよう」
ここで俺は姫に向き直る。
「姫。それがしどもは、これより策を講じますゆえ、しばし、あちらでお休みください」
この言葉が聞こえたのか、従者の一人が駆け寄って来て、姫を本館の庇の下に連れて行った。
武器の小山を取り囲み、隠居侍たちがそれぞれに腕を組んだ。
「ちと難題だな」
「うむ」
平八が俺のことを頭から足まで眺め、口を開いた。
「勘兵衛殿。何だか貴殿は楽しそうだな」
そりゃそうだ。俺はもはや年寄りだが、しかし今この時ばかりはこの年寄りが必要とされ、さらに役にも立てる時だからな。
平八が言葉を続ける。
「皆もだ。皆、顔の表情が生き生きとしているではないか」
ここで、中断。
なんだか行けそうな感じになって来ましたので、真面目に書いてみることにしました。
夢が出発点ですので、設定などは、だいぶ変える必要がありそうです。