日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第318夜 3つのお願い その2

不整脈のためほとんど寝られず、半覚醒状態のままで観ていた夢です。

目が醒めると、オレはベンチに座っていた。
すぐ前には頭の丸い標識が立っている。
ここはバス停のベンチだった。

オレの横には爺さんが座っていた。
(知ってる人じゃないよな。見覚えが無い。)
たまたま隣に居合わせただけだろ。

爺さんが前を向いたまま呟くように言った。
「この齢になると、ほとんど楽しいことが無い。何を食べても美味しくないし、どこかに行こうという気持ちも無くなった。好奇心が消えてしまったんだろうな」
オレは深く考えず、頷き返した。
「いやあ、オレの年齢でもそうですよ。夢や希望が持てなくなって来ています」

爺さんがこっちに向き直る。
「ねえ、もし願い事が3つだけ叶うとしたら、君は何を願う?」
オレは思わず苦笑した。
「夢や希望が無いのですから、願い事など無いですよ」
「いやそんな筈はないな」
え?何を言い出すんだよ。この爺。

「君みたいな中高年の間くらいの人なら、まだ欲望もある。けして悟りの境地に達してはいない。現に今、君は病気で苦しんでいるじゃないか。これが治ればまだ色んなことが出来ると考えている筈だ。もう治らないものと決めて、諦めているから、考えないだけでな」
図星だった。今のオレは死ぬのが怖くなるほど、死に近くなっている。
「まあ、あと2年くらい命があれば良いよな、とは思ってますね。もちろん、健康な時間ですけど」
「それで良いのかね」
「はい」
「現実的だな。永遠とか百年とか言わないもの」
「オレは前に悪魔に会ったことがあります。その時、そいつは3つだけ願いを叶えてくれると言ったけど、全部裏のある話でした。それに、願い事のルールでは、永遠はNGワードですよ。永遠に居続けられるのは地獄だけです」
爺さんが微笑む。
「おお、なかなか分かってるね。ベテランなんだな」
「毎日、夢の中に悪霊とか幽霊、死神が沢山出て来るので、もはや慣れています」
「なるほど。では、もし君が本気で2年の健康寿命で良いと言うなら、実現できるようにするけど、それで良いかい」
「そのパターンも何度か経験しました。もしオレがそう願うと、半年後くらいにオレの病気の新薬が完成し、2年と言わず十年二十年と生きられる筈だった。オレが2年と区切ったために、残りを捨てて、2年で死ぬ羽目になる、って感じですね」
「君はなかなかやるね」

「じゃあ、これはどうかしら」
爺さんの声が急に若い女性のそれに替わった。
「え?」
オレは驚いて横を向いた。すると、そこに座っていたのは、さっきまでの爺さんではなく、丈の短か目のスカートを穿いた女だった。
「なんだ。お前も悪魔だったのか」
「こっちは悪くないでしょ。さっきのは季節がらクリスマスキャロル風に出てみました」
スクルージ爺さんか」
「そう」
悪魔ならぶしつけに見ても構わない。オレはその女を頭からつま先まで眺め渡した。
「美人だな。美人過ぎないから、これでちょうど良い。生身の女って感じが出てる」
「でしょう」
「何ごとも7分くらいの所で留めておくと、あれこれ残りを想像出来るから、逆に楽しい。ミロのヴィーナスとは付き合いたくないものな」
「ふふ。じゃあ、私と付き合ってみる?」
「さっきよりはだいぶ良いね。ふらふらっとデートしたい気分になる」
「あなたは人生を諦めきってはいないのよ。どう?」
女が立ち上がって、オレの前に立つ。女はオレのすぐ間近で、くるっと一回転して全身を見せた。
「モデル体型じゃなく、軽くふわっと肉が付いているのが良いね。傍で見ていてきれいなのと、触って馴染むのは違うからな」
女が天使みたいな表情で微笑む。
「じゃあ、私とエッチしてみる?その後で、一緒に地獄に行くってのはどう?」
だはは。笑える。
「冗談がキツいよな。エッチして天国に行った後に、すぐ地獄かよ」

オレはこの辺で、コイツが誰か分かって来た。
「お前さ。お前も悪魔だけど、オレの知ってるヤツでしょ」
女がくつくつ笑い始める。
「やっぱり分かっちゃうかあ」
「そりゃそうだよ。お前は遊んでるもの。お前はアモンだろ。元の姿に戻りなよ」

女はもう一度立ち上がると、フィギュアスケートの選手みたいにその場でくるくると三回転した。
回転を終え、女はベンチにすとんと腰かけた。
座った瞬間に、女の姿は消え、6歳くらいの男の子に替わっていた。
「ちぇ。すぐに分かってしまったら面白くないな」
「魂胆がバレバレだし、言い方も決まり文句だよ。少し捻れば良いのに」
「そっかあ」
「女の姿は良かったけどね。胴回りの線がきれいだった」
「ま、本気で取引しようとは思ってなかったけどね」
「そりゃそうだろ。オレとお前との間では話が付いてるもの。ただ退屈して出て来ただけなんだろ」
「まあ、地獄にはケンちゃんほど遊べる相手がいないからね。かと言って地上の人間はすぐに欲望に負ける。さもなくば、永遠の命を望むから、ありきたり過ぎてつまらない」

「悪魔でも、退屈することがあるんだな」
「そう。まあ、あと少しの間だけどね」
「あと少し?」
「ウン。あと少しすれば大きな戦争が起きて、地獄が溢れる。そうなりゃ、ボクたちは遊んでいられなくなっちまう。だから今のうちだけだね」
「地獄が溢れるのか」
「そう。蓋が閉まらなくなるかも。だから、ケンちゃんも、もう少しこっちに居て良いよ」
「こりゃどうも。じゃあ、もう少し遊んでるよ」

どうせ、そのうち地獄に行くと決まってるのだから、もう少しいろんなことをやっとくかな。
俄然やる気が出て来た。

ここで覚醒。

「約束の場所」に出て来たアモンが、再登場して来ました。
最後はもう少し続きがあったのですが、短編に書けそうな感じなので省略しました。