夕食の後、居眠りをした時に観た夢です。
オレは30歳くらい。
3つ年下の彼女がいる。名前は由香里だ。
年齢的に「そろそろ」の感じだが、まだ結婚の話題が出たことはない。
それでも、由香里の方はさすがに意識しているらしく、「そのうち両親と食事」する約束をした。
郊外に新しいテーマパークが出来たので、2人でそこへ出かけた。
世界中の様々な名所を模した観光施設だ。
関東某所のワールドスクエアに少し似ている。
天安門と万里の長城を過ぎると、公園広場があった。
中央には噴水があり、水が噴き出ている。
「ここはどこだろ?」
「イタリアじゃないの。小銭が沢山落ちてる」
泉の中にお金が見えている。
「『ローマの休日』は良かったよな。オードリーが清楚で」
「昔の映画でしょ。観たことがあるの?」
当たり前だよ。アクションなら『七人の侍』、恋愛映画ならこの『ローマの休日』だ。
「まあね」
良かったよな。それぞれの思いが切なくて。
まあ、今じゃ、オヤジの心持の方がわかるようになってきた。
「あれ。あっちに通路がある」
十段ほどの階段の向こうには石柱が見えていたが、その奥に通路が続いていた。
「何があるのかな。行ってみようか」
2人で柱の間を進んだ。
柱の奥を25メートルほど入ると、そこで行き止まりだった。
突き当たりの壁には、人の顔が彫ってある。
「これは・・・。真実の口だな」
映画にも、その場面があったよな。
「それなら私も知ってる。こないだテレビでやってたもの」
口を開けた顔の横には、案内板が掲げてあった。
「これは高性能の真実の口です。この口に手を差し入れて、質問に答えてください。この裏にはウソ発見器が付属していますので、もしウソの答を言うと手は抜けません。本当の答を言った時だけ、手が抜けるようになります。答え方は総て『いいえ』と答えてください。質問は自動で出て来ますが、仲間同士で質問をしてもかまいません。その時はまず『セルフ』のボタンを押してください」
ウソ発見器が付いているなら、抜けなくなる事態だって、実際に起きそうだ。
「やってみる?本当のことを言えば抜けるんだし、大丈夫だろ」
「ウン。でもあなたが先にやって」
「じゃあ、まず自動でやってみるか」
オレは投入口に料金を入れ、壁の顔の開いた口に右手を入れた。
3秒すると、裏でゴトゴトと音が出始めた。
マッサージ機のように、腕の周りが膨れ出し、空気圧で腕が押さえ付けられた。
「では質問を始めます。あなたに最も適した質問を探すために、最初はあなた自身のことについてお聞きします」
「え?どういうこと?」
「アンケートに答える時に、簡単な個人情報を書きますが、それと同じです」
「すごい。オレの言ってることが分かるんだ。さすが日本の技術は進んでる」
ごとごと、とマシンの裏で音がする。この辺は少々アナログ的だ。
「今日はお一人で来ましたか?」
「いいえ。確か答え方は全部『いいえ』だったよな」
「一緒に来たのは、彼氏または彼女、もしくは夫または妻ですか?」
「いいえ」
「お付き合いは長いですか?」
「いいえ」
「一緒に暮らしていますか?」
「いいえ」
「では、週に3回以上、一緒に食事をしますか?」
「いいえ」
「週に2回以上、セックスをしますか?」
「いいえ。そんな質問まであるのか」
ごとごと。
少し感覚が開き、もう一度マシンが質問を言った。
「ではこれからが質問です。将来、あなたはお連れの方と結婚したいと思っていますか?」
「・・・」
「もう一度お聞きします。将来、あなたは今お隣にいる方と結婚したいと思っていますか?」
ここでオレは由香里の顔を見た。
由香里はすっかり真顔になっている。
「答えは全部いいえだったよな。いいえ!」
ごとごと。
それっきり、真実の口は黙りこくった。
「おいおい。妙なムードになっちまったじゃないか。客のことを放り投げるなよな」
数秒待ったが、マシンは何も言って来ない。
「これで終わりなのか?つまんねえな」
オレはここで「真実の口」から右手を抜いた。
由香里に向き直ると、由香里の眉間に皺が寄っていた。
「手が抜けてる」
「え?」
「手が抜けるのは、あなたが本当のことを言ったからよ。最後の質問は、私と結婚したいかどうか。『いいえ』が本当なら、あなたはその言葉の通り、私とは結婚したくないってことだわ」
「これは、ただの遊びだし、機械の判断だろ。ウソ発見器には間違いも多いんだよ」
「うそ」
「そんなこと言うなよ」
「ウソツキ」
「じゃあ、もう一度やってみよう。今度は由香里が直接訊いてみてくれ」
「分かった」
ここで、オレはもう一度、「真実の口」に歩み寄った。
料金を入れ、口に手を差し入れる。ボタンは当然ながら「セルフ」の方だ。
ごとごと。
「これは真実の口です。答えがうその場合は手が抜けません。質問される方は、備え付けのマイクではっきりと訊いて下さい。回答する方は、すべて『いいえ』で答えてください」
ここで由香里がマイクを取った。
「ケンジさん。あなたは浮気したことがありますか?」
おいおい。予め想定した質問と違うぞ。
「いいえ」
もちろん、右手は抜けない。
オレは女好きだから、他の女にも何人か手を出して来た。
「やっぱりね。じゃあ、私の友だちとも付き合ったことがありますか」
「いいえ」
これでも、手は抜けない。
「あ~あ。酷い人だわ。じゃあ、ミサコと付き合ったことがありますか?」
「いいえ」
オレの右手は抜けないどころか、ますますきつく絞めつけられた。
「ミサコとセックスしましたか?」
「いいえ。おい、もう止めてくれ。これくらいで十分だろ」
あんまり締め付けられるので、右腕が痛くなってきた。
「手は抜けないでしょ。やっぱりミサコと出来てたんだ。思った通りだわ」
いよいよ不味い展開になって来た。
由香里は腕を組み、オレのことを睨んでいる。
「じゃあ、先週、ミサコとセックスしましたか?」
うわあ。そこんとこ突いてくるわけ?
由香里はやっぱりオレたちのことを疑っていたんだな。
「いいえ!」
半ば祈るような気持ちで返事をした。しかし、やっぱり右腕は抜けなかった。
半年前、由香里の友だちのミサコとは軽い気持ちで1度エッチをした。
ところが、そっちの方の相性がミサコとは抜群に良かったのだ。
それで、それ以来オレは時々家を抜け出し、ミサコの部屋に行っていたのだ。
ミサコとはいつも激しいエッチをするので、さぞ疲れた表情になっていたことだろ。
「あきれた人だわ。ミサコは私が小学生の時からの友だちなのに・・・」
仕方ない。ここは謝っとこう。
「スマン。軽い出来心だったんだよ。でも、オレが心から愛しているのは、お前だけだから」
そう話しつつも、オレは「ここでまた質問を掛けられると不味いよな」とひやひやした。
「最近、私とは月1、月2だったけど。ミサコと会ってたからなのね。許せない。この埋め合わせはしてもらうわよ」
由香里は物欲に勝る性格だから、これを言い掛かりにして「バッグでも買わせよう」。
そう考えている雰囲気だ。
女の愚かなところは、男が別の女と付き合っているのに気づいても、「いつまでも自分が本命で、別の女が浮気」だと信じ込んでいることだ。
気持ちが萎えて来てるから、他所の女に手を出すわけなんだけどね。
「じゃあ、そろそろ解放してあげる。まだ真実の口で遊びたいと思っていますか?」
「いいえ」
正直、もうウンザリだから、右手は簡単に抜けた。
「最近、なんだかおかしいと思っていたけれど本当だったわ。まあ、新しいお洋服を買ってもらえそうだし許すわ。よろしくね」
由香里はオレのことをたっぷり問い詰めたので、多少、良い気分になっているようだ。
勝ち誇ったような表情が、さすがに癇に障る。
「いやあ、参った参った。さすがに由香里は頭が回るなあ」
ここでオレは由香里の腕を引いた。
「じゃあ、今度はお前の番ね」
どんな人間でも1日に2回以上はウソをつくものなのだ。
コイツだって、オレと大して変わらんだろ。
ここで中断。
この先もありましたが、ソコソコ面白い話なので、ショートショートにしてみることにしました。