体調が今ひとつで、ワイン1杯でヨレヨレです。
そのまま寝入ることが多いのですが、これも昨夜そうやって寝込んだ時に観た夢です。
気がつくと、どこか部屋の中にいる。
殺風景な部屋だ。
私は壁際に立ち、部屋の中をぼおっと眺めていた。
しばらくして、ようやく今の事態が掴めて来る。
確か私は道を歩いていた。
帰宅するのが遅くなり、夜十時ごろ駅の改札を出て、公園の近くを歩いていたのだ。
すると、後ろを歩いていた人が小走りで近寄って来る足音がした。
唐突だったので、私は道の端に寄り、相手が通り過ぎるのを妨げないようにした。
すぐ後ろまで来たので、顔を向けようとしたのだが・・・。
後頭部を何かで殴られ、それきり意識を失った。
目が醒めた時から、私はこの部屋にいる。
帰宅時に来ていたワンピースでなく、何か頭からかぶるような白い服を着させられていた。
前に教科書で見た「貫頭衣」という服に似ている。
それから、もう長い間ここにいる。
十畳くらいの広さで、ベッドがひとつ置かれただけの部屋だ。
あとは何もない。
サイドテーブルや戸棚。テレビや冷蔵庫などの家電。
そんなものは一切無い。
ただ、ベッドで寝たり起きたりの生活だ。
「もうどくれらいここにいるんだろう」
日にちを数えることもかなわない。
来る日も来る日も、ただじっとこの部屋の中にいる。
「私がここに無理やり連れて来られてから、もう長い時間が経った。ケンジさんはどうしているんだろ」
ケンジさんは私の彼氏だ。
あの日だって、ケンジさんのマンションに行き、一緒にご飯を食べたので、帰るのが遅くなったのだ。
お父さんが厳しいから、ケンジさんのところに泊まることはできない。
仕事の帰りに少し食事をするくらいの時間しか、ケンジさんには会えないのだ。
ドアに近寄って、開けようとするが、やはり開かない。
私はこの部屋に閉じ込められているのだ。
頭を殴られたので、長い間意識が無かったような気がするが、私はその時ここに連れ込まれ、そのままここにいると思う。
「誰か開けて!」
何度も叫んでみたけれど、ドアの外には人の気配がない。
ホラー映画やサスペンス映画みたいに、悪者に捉えられたに違いない。
「犯されたり、殺されたりするんだろうか」
嫌だ。絶対に嫌だ。
何とかこの部屋を脱出しようと思うが、ドアは固く開かないし、人気もまったく無い。
気ばかりが焦る中、時間だけが経って行く。
窓ガラスの外側には何か板のようなものが打ちつけてあるらしく、外がまったく見えない。
隙間があり、昼の間にはほんの少し陽の光が入ってくる。
これで1日の変化が分かる。
もちろん、薄暗いか、暗いだけの違いだから、1日が終わるのが分かるだけだ。
毎日、ただ部屋の中を歩き回っているだけの存在だ。
1度、部屋の中を一方向に回って気を紛らわせた時がある。
1周ごとにカウントし、数を数えてみた。
そしたら、すぐに3万回を超えたので、そこで諦めてしまった。
1日の間に1千5百回は回れるが、それにしても20日は経っている勘定だ。
「いったいいつまでここに閉じ込められるんだろ」
今日もいつも通り、この部屋の中にいる。
今はきっとお昼過ぎ。太陽の光が真上から差して来る。
私はベッドに座り、じっとそれを見ていた。
すると、ドアの外で何か物音がした。
誰かが来る!
ドアを叩こうとして、すぐに手を止めた。
「犯人だったりするかも」
扉の裏に張り付き、耳をそばだてる。
ドアの外は長い廊下らしい。
遠くの方から、微かに声が聞こえて来る。
若い女の声だ。それと、男が1人。
都合、2人が廊下を歩いて来る。
こちらに近づいているのか、声が次第に聞き取れるようになって来た。
「もうこの辺にしようよ。怖いから」
女の声だ。
「まだもうちょっと撮影しよう。少し撮りためておかないとね。後で加工するときに尺が足りなくなる」
これは男の方だ。
「でも、この病院。本当に気味悪いって話だよ。画像処理するなら、こんな古いところでなくとも良いじゃない」
「馬鹿言ってろ。リアリティが大切なんだよ」
ああ。ここは病院なんだ。
おそらく何年も前に閉鎖された病院なのだろう。
そこに私は閉じ込められていたのだ。
思わず声が出た。
「助けて!私はここです。ここにいます。閉じ込められてるの」
声を限りに叫ぶ。扉をこぶしでどんどん叩いた。
「うわ。何か物音がしなかった?」
「気のせいじゃないか?」
「いや。あっちの右側の部屋の方で音がしたよ。怖いわ」
「聞こえているんだ」
私はもう一度ドアを叩き、「助けて」と叫んだ。
「わ。やっぱり何か物音がしたよ。誰かいるんじゃない?」
「まさか。ここに入るとすれば、肝試しに来る俺たちのような人間か、犯罪者のどっちかだろ。変質者かもね。フレディとかジェイソンが好きそうな設定だ」
「誰か誘拐されて、この中に閉じ込められていたりして」
「まあ、変質者が隠れてるってのも、誘拐された被害者が隠されているってのも、まずは滅多に起こりえないケースだろうね」
「ヒロシ。あなた、開けてみてよ」
「ああ。いいよ」
良かった。ここを開けて貰える。私を見つけてくれる。
これで私も家に帰れるのだ。
もう一度叫ぼうとするが、喉がかすれて、うまく声が出ない。
でも、あの2人が開けようとしているのは、きっとこの部屋のドアだ。
「が、しゃ」「ぎぎぎ」
ドアのきしむ音がした。
ドアがゆっくりと開いて、男女2人が恐る恐るこの部屋の中に入って来た。
2歩3歩と足を踏み入れる。
「なんだ。やっぱり誰もいないじゃないか」
「気のせいだったのかしら」
2人は心持ち体を少し屈めていたが、ここで背を伸ばした。
「ベッドが1つあるだけだよ」
私はこの様子を上から見ていた。
「なぜ私に気づかない」
だんだん腹が立って来る。
「私がどんなに長い間ここにいるか、お前たちは分からないのか」
こっちを見ろ。
ここで私はドアの位置まで下がった。
半開きのドアを拳で思い切り、「ドン」と叩いた。
「うわ」
「今の何?」
そりゃ、びっくりしただろう。誰もいない筈の廃病院の中で、ドアを叩くヤツがいるんだから。
「ここ、やっぱり怖いよ。もう出ようよ」
「そうだよな。そろそろ外に出よう」
あの音を聞いて、男の方も怖くなったらしい。
怖がってくれると、私も助かる。
恐怖心は心の波動を大きく揺り動かすからな。
心の振幅が大きくなると、私のような悪霊が取りつきやすくなるのだ。
私はゆっくりと、女を後ろから抱きしめる。
コイツにおんぶして貰えば私の勝ちだ。
これから、どこまでもこの女について行くぞ。
ここで覚醒。
背景はこんな感じ。
「帰宅中に襲われ、山に捨てられた女が悪霊となって目覚める」
山で発見された後、死んだものとみなされ、病院に運ばれた。
検死解剖を受けたわけですが、実はその直前まで息があり、そこで死んだ。
そのまま地縛霊となり、二十年経ったが、その間に病院は閉鎖されている。
肝試しの若者が来てくれたおかげで、外に出られるようになる。
そんな筋の夢でした。