日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第326夜 霧

夜の十時ごろに、テレビの前で小一時間ほど眠りました。
その時に観た夢です。

5年くらい音信不通だった友人から、唐突に電話が来た。
「1度あの山に登りたいと思う。あそこはお前の田舎だよな。案内してくれないか」
「別にかまわんよ」
その山に最後に登ってから、もう25年は経つ。
そろそろいい加減に大丈夫だろ。

その山はオレの実家から近く、ほんの5、6キロだ。
わずか1千5百メートルほどの高さなので、小学生でも登ることができる。
小学生の頃は、毎年の遠足がこの山だったので、オレはどのルートも知っている。
だが、本当に大丈夫か。

その山には何とも言えぬ不思議な記憶がある。
それはオレが小5の遠足の時だ。
山頂に登って、周りの景色を眺めた後、オレはゆっくりと坂を下り始めた。
午後3時ごろで、足元にうっすらと「もや」が出始めていた。
15センチほどの高さの水蒸気で、地を這うように登って来る。
「こりゃ面白いぞ」
他の生徒が慌てて下山する中、オレはその場に留まって、その「もや」を見物した。

周囲に人が居なくなった頃、急に回りが白くなった。
「もや」が霧となり、周囲を覆い尽くしたのだ。
既にオレは霧の真っただ中で、右も左も分からない状態になっていた。
「急いで降りよう」
足元が見えないので、岩につまづかないよう注意しながら、とにかく下を目指した。
ところが、15分くらいで下山できるはずが、一向に麓に着かない。
30分、1時間と時が過ぎる。
さすがに、オレも不安になって来た。
「もしかして、迷ってしまったのでは」
オレの頭には「小学生が遭難」という言葉が浮かんできた。

「山で迷った時には、動いてはダメなんじゃなかったか」
確か叔父がそんなことを言っていた。
オレはひとまず手ごろな岩に腰を下ろし、休息することにした。
「これから数時間で夜になる。霧は気温の変化で出るはずだから、すっかり夜になるまでは晴れない。そうなると、晴れた時には真っ暗で、どっちにせよ降りられない」
手さぐりで回りを探ると、大きな岩の隙間に岩室のような窪みがあったので、ひとまずそこに体を入れた。
わずか1メートル四方の窪みだった。
「もしかすると、ここで夜を明かすことになるかも」
しかし、夜の寒さに耐えられるかどうか。
この辺には熊も出るんだよな。

まあ、仕方がないので、そこでじっとしていた。
回りはまだ明るいが、霧で真っ白だ。
しばらくの間、その霧を眺めていると、少し下の方で何かが動いていた。
「助かった。誰かいる」
オレは窪みから出て、人の気配のする方に歩き出した。
いくらか霧も薄くなってきた頃で、15メートルくらい離れたところに20人くらいの集団がいる気配があった。
「山を下りるんだな。それなら、ついて行けば大丈夫だ」
オレは急に気が楽になった。
さすがに、ここで夜を明かすのは嫌だった。

隊列の後ろの方に近づくと、最後尾の人の背中が見えた。
何やら背負子のようなものを背負っていた。背負子には白い布が結んである。
この辺ではたまに見かける山伏の装束だった。
「この人たちは山で修業をしている人たちか」
足を速め、後ろの人に近づくと、なんとその人は髷を結っていた。
山で修業をする人たちは今でもいるが、髷を結うのは相撲取りだけだろ。

オレは少し驚いて、隊列から離れた。
まあ、どんな人たちでも、下山してくれれば助かる。
着かず離れずで、見失わないように歩いた。

すると、突然、目の前に女が現れた。
女はどうやらこの人たちのリーダーで、隊列全体を見回していたのだ。
巫女の姿をした女で、長い髪。唇は真っ赤だった。
その女はオレを見据えると、「坊や。一緒に行く?」とオレに言った。
綺麗な女だったが、何だかオレはその女が怖かった。
大慌てで、横の方に走った。

オレは勢い余って岩に躓き、そのまま坂をごろごろと転がり落ちた。
20メートルも落ちただろうか。
沢の水際の所で止まり、オレは一瞬気を失ってしまった。
ついていたのは、そこが岩場ではなく土の斜面だったことだ。

次にオレが目を開くと、霧は晴れていた。
沢に沿って下に降りると、すぐに麓に着いた。
オレの姿を見ると、生徒たちが口々に叫んだ。
「遅いよ。何やってんだよ」
山頂付近でオレが霧に巻かれたことを、他の誰1人として気づいてはいなかった。

それ以来、オレはその山に近づくのを止めた。
あの女は美人だったが、何か良くないもののような気がしたからだ。

ここで、オレは電話の向こうの友人に告げた。
「その近くに別の山がある。そっちの方が少し高いが、見晴らしの良さならそっちだな」
友人は「なら、そっちの方にしよう」と答えた。

2週間後、オレと友人は目的の山に向かった。
二連山で、これまでオレが避けてきた山とは向い合せになっている。
オレたちは麓の登山口から坂道を上り始めた。
ほんの15分上ると大岩があった。
その岩の上に腰を下ろして回りを眺めた。
ここからは山々がよく見える。
「頂上までどれくらいだろうか」
「だいたい1時間で行けるんじゃないか」

岩から降り、また坂を上り始める。
少し疲れて下を向くと、登山靴が白い「もや」の中に踏み込んでいるのが見えた。
「あれ。まだ昼前なのに」
まさかね。
そのまま登って行くが、もはや中年なのでかなり疲れる。
「ぜいぜい」言いながら足を運ぶが、自然と顔が下向きになった。

「おい。あそこに人が居る」
友人の声にオレは顔を上げた。
確かに、オレたちの手前20メートルの位置に人が立っていた。
「着物を着た女の人だよ。こんな山の中なのに」
友人が呟く。

オレはその女を見た瞬間、固まってしまった。
あの時の女だった。
女は次の瞬間、宙を飛ぶように、オレの前に立った。
「坊や。待っていたぞ。こちら側が入り口なのだ」
女の唇が赤く光る。

オレの脳裏に「神隠し」という言葉が浮かぶ。
そう言えば、この近くでは何人か、いきなり姿を消しているんだったな。
あれはこういうことか。
何とか、この女から逃げねば。
しかし、オレたち2人は、もはや深い霧の奥に取り込まれていた。

ここで覚醒。

「夢幻行」の「霧の中」に関連した夢です。
淡々としているのは、経験がベースにあるからです。
場所は姫神山で、霧に巻かれたことと、その中で山伏装束の一行を見たのは、実際に経験したことです。
巫女姿の女は、一行の中にいたのではなく、別の場所に1人で立っていました。
あまりに怖かったのか、それ以後山に足を踏み入れてはいません。