時間が少し空いたので、行けるところまで。
女に案内されるまま、オレは女が常宿にしているという都心のホテルに行った。
女は東京に来る時にはこのホテルを使うのだと言うが、しかし女が住んでいるのは近県だった。
帰ろうと思えば帰れるが、面倒くさいし疲れる。
女は金に余裕があるので、用事で出て来ても、その日の内には帰らなくて済むわけだ。
マンションを買った方が安いとは思うが、掃除の手間が掛かる。
ホテルなら食事も出来るし、片づけなくともいい。
「何かお飲みになります?」
と女が訊いてきたが、既に目の前に冷えたシャンパンが出ていた。
「それで結構です」
注がれた酒をひと口飲むと、思った通り高級品だった。
なるほど。相当な金持ちだな。
これなら、親が死ねば、財産のことでひと悶着ありそうだ。
「義父を殺して」と言うのも、結局、ゼニカネの問題を抜きにしては、本質を掴めない。
女のVネックから覗く肌がピンク色に上気してきた。
スタイルに自身のある女は、とかく自分の武器を表に出そうとするが、それをやり過ぎると男は逆に退く。
こんな風に、ほんのちょっとで十分だ。
あとは男が勝手に想像してくれる。
いやはや。こういう罠にははまり易い性質だと言うのに、相手の方がさらに上手のようだ。
男を騙すには、金と色が一番だ。
次第にズブズブとはまって行く。
「お名前を伺っていませんでしたね」
気をそらそうと、別の方に口を向ける。
「由香里です」
由香里かあ。オレの夢に出て来る由香里は、大体が悪女だ。
ミキは素直でかわいい娘なんだけどね。
(この辺では、自分が夢の中にいるという自覚が出ている。)
それから、しばらくの間、オレは由香里の身の上話を聞いた。
生まれついての金持ち然としているが、実は由香里の母親は苦労人で、一代で財を成した女性だった。
暮らしが良くなって来たのは40歳くらいからで、それまでは由香里の給食費も払えない状態だったらしい。
「私が本当に悔しいのは、母はまだ死なずに済んだことです」
母親は心臓病だったが、適切に服薬していれば、まだ生き死にの懸る容態ではなかった。
その母親が発作を起こした時、どういう訳か手元の薬が消えていて、周りには誰もいなくなっていたのだ。
日頃は手伝いと料理人がいるのに、その日に限って、2人とも休みを取っていた。
と言うより、由香里の義父が2人に休みを出していたのだ。
「なるほど。それじゃあ、不審に思うのも当たり前ですね」
「絶対に間違いありません。あの男は母を殺そうと企んでいたのです」
由香里の目から涙が溢れる。
その涙は両頬をひと筋ふた筋としたたり落ちた。
「タケガミさん。お願いします。私はあの男を許すことができないの」
由香里は椅子から立ち上がり、オレの隣に座った。
それからオレの手を取って、両手で包み込むように握りしめた。
柔らかくて真っ白な手だ。
あれれれ。「棚からぼた餅」と言うか、「切り株に兎」と言うか・・・。
でも、そのぼた餅には毒があるし、兎には鋭い牙が生えている。
ま、それも食った後の話だ。オレの場合、据え膳を断ることは無い。
1時間が経ち、オレはズボンを履き直した。
これから、相手の要件を聞く羽目になったが、やはり裸のままではしっくり来ない。
上着も来て、もう一度椅子に座り直した。
「行きがかり上、説明しますが、望んでするわけではありません。そのことを忘れずに」
「はい。もちろんです」
ここでオレはコップを手に取り、ジュースを飲んだ。
これからの説明は長く掛かる。
「憎いと思う相手をとことん懲らしめる方法はいくつかありますが、一長一短があります。その1つ目は、あなたの言われた通り、特定の人物を呪う方法です」
これはそんなに難しくないが、比較的簡単に相手に返される。
相手が祈祷について熟知していれば、「呪い返し」によって、その呪いの何倍かを返されるのだ。
まさに、ちょっと前に流行った「倍返し」だが、放り投げたブーメランが自分の方に戻って来るというイメージの通りだ。
さらに、昔から「人を呪わば穴二つ」と言われてきた通り、他人を呪い殺した人間には、やはり災いが降りかかるのだ。
「2つ目は相手に悪霊を憑依させる方法です。そのことにより相手が死ぬかどうかは予測できませんが、その相手には有形無形の災難が降りかかります。ただし・・・」
ここで中断。
校正も出来ないまま、これから年始の支度です。
年の最後も、やっぱり「呪い」と「悪霊」でした(苦笑)。、
皆さまよいお年をお迎えください。