日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第369夜 寒干大根

24日の夜に観た夢です。

我に返ると、板間の上がり端に腰かけていた。
どうやら大きな農家の勝手口に居るらしい。

奥の方から婆さんが顔を出す。
「よく来たね。疲れたべ」
ああ、ここは母の実家だった。
老婆は母方の祖母だ。
祖母はお盆の上にお椀を2つ載せている。
「何もないですけんど」
給仕をする時に「何もない」と言う田舎言葉は、もう何十年も聞いていない。
懐かしいぞ。

オレの隣には、中年の男がいる。
どうやらオレの連れらしい。
「これは俺の祖母ちゃんです。この通りまだ全然元気です」
祖母ちゃんは、ニコニコと笑っている。

お椀を手に取り、中を覗く。
「おお。寒干大根(かんぽすでご)の醤油汁だ。やったなあ」
寒干大根(凍み大根)は冬の終わりから春先の食べ物だ。
大根を軒先に吊るし、夜の間の冷気で凍って、昼に溶ける。それを繰り返しているうちに、水分が抜けて干し大根が出来る。
田舎の保存食だが、料理法によっては、新鮮な大根よりはるかに美味しくなる。

オレはこいつには結構こだわりがあるので、連れに説明を始めた。
「以前、オレの父親が直売店を見る度に車を停めるので、何を探しているのかと思ったら、この寒干大根でした。父によると、寒干大根の美味い物は滅多にお目にかからないのだと聞きます」
その理由はこうだ。
まずは基本的な製法だ。
普通の大根をただ干しても、からからに乾くだけで美味くならない。
この寒干にした時だけ、フリーズドライの製法のように、比較的かたちを保ったままで干し上がる。
中に細かい隙間が出来ているので、水に戻し、だし汁で煮ると、味が浸透する。

次は大根の質だ。
火山灰を被った土地で大根を育てると、干した時に黄色い色に変わってしまう。生の時には水分が多いので違いがわからないが、干して黄色くなった大根は味が悪い。
真っ白な寒干大根を作るためには、水の良い土地で作るのは勿論だが、さらに火山灰を被っていないところで作る必要がある。
すなわち、土地と水、製法のどのプロセスが欠けても、良い寒干大根は出来ないのだ。

「子どもの頃はこの寒干大根が嫌いでした。味がどうも好きではなかったのです。ところが父があまりにも捜し歩いているので、旅先でこれを見つけると父のために土産に買うことにしました」

まあ、火山国の日本で、火山灰を被ったことの無い土地で育てた大根を見つけるのは難しい。それでも、寒干大根なら郷土産品なので、寒い地域を探して行けばいつかは行き当たる。

「何年かかかり、ついに行き着いたのが、青森県の〇〇町と岩手県の△△町の2カ所です。いずれもその町の物なら何でもよいというわけではなく、どの家の畑の大根かってところまで見極める必要があります」

これを見つけたのは偶然で、直売店の軒先にぶらさがった白っぽい寒干大根を買って帰ったら、父の言う通りだったのだ。
外見では分かり難いが、味が全然違っていた。

「同じ大根とは信じられないくらいの味の濃さでした。この経験で、私は寒干大根を食べられるようになったのです」
「ふうん。奥が深いのですね」

この時、祖母ちゃんが作った大根汁は、寒干大根と身欠き鰊を使った醤油汁だった。
上には刻み葱が乗っけてあった。
汁を食べていると、奥の方で何やら人の声がする。
太鼓やら鐘の音も聞こえるので、おそらく神楽の練習をしているのだろう。
「トントン」「チリンチリン」

あっさり食べ終わると、祖母ちゃんが手を差し出した。
「お替り、食べるだろ」
オレはお椀を祖母ちゃんに手渡した。

「この祖母ちゃんは昔風の料理が抜群に上手くて、蕎麦やまんじゅうは最高です。オレが本当に残念なのは、親族の誰1人として祖母ちゃんに蕎麦とまんじゅうの作り方を教わっていなかったことです。そのため、祖母ちゃんが死んだ後は二度と食べられなくなったのです」

そう話していて、オレはふと気づいた。
今さっき、オレに寒干大根汁を出したのは祖母ちゃんだったのに、「祖母ちゃんはもう死んでいる」という話をしていたのだ。
こりゃどういうわけだよ。
ここでオレはそれこそ真剣に記憶を紐解いてみた。
やはり祖母ちゃんはもう亡くなっていた。
しかも祖母ちゃんが死んだのは、もう25年以上前の話だ。

「ダアン」「ダアン」と太鼓の音が大きくなる。
その音はすぐに「ドオン」「ドオン」という大太鼓の音に替わった。
ありゃりゃ。神楽にあんなデカい太鼓なんて使ったっけ?
まるでオーケストラの一番大きな太鼓みたいな大きさだ。
「ドオン」「ドオオン」「ドオオン」

ここで覚醒。

耳元で「ドオン」「ドオン」と音がするので、眼が醒めてしまいました。
実際に鳴っていたのは私の心臓で、激しい動悸を音と認識していたのでした。
時計を見ると、25日の午前3時5分でした。
まあ、いつも起こされる時刻です。

こいつはヤバイ。
ほとんど「お迎え」の領域です。
あの夢の世界の先に、あの世があるような気がしますので、夢の中で物を食うのはなるべく避けた方が良さそうです。