日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第446夜 御明神山麓で

夢の話 第446夜 御明神山麓
 日曜の朝、9時ごろに見ていた夢です。

 瞼を開くと、僕はどこか見晴らしの良い場所にいた。
 どうやら丘陵の上だ。
 先の方に見えるのは、夕暮れが押し迫った赤い空と左右の斜面だ。
 渓谷の手前の高台に立ち、谷を見下ろしていたらしい。
 「こんな雄大な景色を、この日の本で見られるとはな」
 
 ふと視線を横にずらすと、右の方に木造りの長腰掛けがある。
 髪の長い女がそこに独りで座っていた。
 「ああ。あの人もこの景色を眺めに来たのだな」
 女は緑色の洋服を着ている。
 ほっそりとした背中が美しい。
 僕は何気なくその女性の方に歩み寄った。
 もうすぐ暗くなる。独りでこの丘陵から下りるのは危険だから、一所に下りようと思ったのだ。
 あと数歩の位置に近付いたところで、僕はその女性に声を掛けた。
 「あのう。失礼ですが」
 その声に、女がゆっくりと振り返る。

 「わあ」
 僕は思わず声を上げてしまった。
 こちらを向いたその女の顔が、とてもこの世のものとは思えぬような怖ろしい表情をしていたからだ。真っ白な顔色に、真ん丸に見開いた両眼。
 まともな人なら、これほど眼を開くことはない。
 すぐにも眼球が飛び出しそうだ。
 女はその丸い眼を僕に向けると、口を大きく開いた。
 見る見るうちに、顎の下まで口が裂ける
 その刹那、女の頭が空中に高く上がった。
 頭は地上から三間の高さに上がると、そこで止まり、僕のことを凝視した。
 頭の下は、蛇のような長い首で、緑色の着物だと思ったのは、胴体の色だった。

 「こいつは、あの怖谷の」
 僕はこの化け物に一度会ったことがある。
 あれは、井ノ川先生と二人で怖谷を訪れた時のことだ。
 「確か、人首大蛇と言ったな。地獄の一歩手前に居るやつだ」
 それが、なぜこんなところに。
 しかし、そんなことを考えている暇は無い。こいつに捕まれば、あの世とこの世の境目に閉じ込められてしまうのだ。
 「早くこいつの手から逃れねば」
 僕は後ろに下がろうとしたが、足が少しも動かない。
 このままではあともう少しで、僕はこの蛇に巻きつかれる。

 その時、突然、棒は左の手首を誰かに掴まれた。
 ほとんど同時に、耳元で声が響く。
 「林太郎さん。私の手首に掴まって」
 馴染みのある女性の声だ。 
 僕は咄嗟に、左の手を返し、僕の手首を握っていた腕を握り返した。
 その瞬間、僕の体は宙に浮き、後ろの方に飛び退った。
 シャツの襟やズボンの裾が風にはためく。
 僕は長い間空中を飛び、ゆっくりと地面に横たわった。

 「林太郎君。目を覚ましたまえ」
 その声に瞼を開くと、円了先生が僕の顔を覗き込んでいた。
 「あ、先生。ここは何処ですか」
 「ここは旅籠だよ。私たちは御明神山の麓に来ているのだ」
 ここで僕は半身を起こした。
 周囲は襖で囲まれている。ここは確かに旅籠の一室だった。
 「先生。僕はどうやら酷い悪夢を観ていたようです」
  円了先生が頷く。
 「ふむ。どんな夢だね」
 「僕はあの怖谷の前にいました。そこで、あの人首大蛇に会いました」
 「人首大蛇?浮かばれぬ女たちの怨霊が凝り固まったやつか」
 「そうです。危うくあの蛇に掴まりそうになる。そんな夢を観たのです」
 円了先生がここで腕を組む。
 「確かに君はうなされていたね」
 「寸でのところで、女性に助けられました。女性は僕の腕を掴み、蛇から引き離してくれたのです。僕はその女性の声を知っています」
 「もしやそれは」
 「そうです。雪絵さんでした」
 僕たちは怖谷への道中で幽霊姉妹に出会った。雪絵はその姉のほうだ。
 「君のところに、あの娘はまだ現れるのかい」
 「ごくたまにですが、雪絵さんの息遣いを感じる事があります」
 先生の視線がほんの少し柔らかくなる。
 「私のところには、朱莉君が時々現れる。まるで自分の着物姿を見せに来るようにね」

 ここで僕は湯呑に水を差し、ごくごくとそれを飲んだ。
 「はあ。夢とは言え驚きました」
 すると、先生が僕の目をぎゅっと見詰めた。
 「林太郎君。必ずしもただの夢とは限らないようだよ。ほらそこを見たまえ」
 この時、先生が指差しているのは僕尾左腕だった。
 「君の腕には、ついさっきまで誰かが掴まえていた痕が、その通り確り残っているよ」

 ここで覚醒。

 ようやく下りて来てくれました。
 「神隠しの山」(御明神山奇譚)の出だしはこういう感じで行けそうです。
 明神山・岳という名の山は全国各地に有りますので、使いやすいです。
 円了と林太郎のコンビは、警察から御明神山の「神隠し事件」の捜査を依頼されます。
 調べてみると、この山の周囲で、過去百年間で三十人が消えていました。その前にも、断片的な記録が残されており、数百年に渡り何百人もが行方胃不明になっていました。
 二人は現地を訪れます。
 そこは寂れた村で、残っているのは大邸宅が一軒とそこの住人だけです。
 その中に、事態を知っている者が必ずいます。

 奇譚シリーズの「怖谷奇譚」「明治橋奇譚」に引っ掻けた発端が良さそうです。