日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第492夜 一葉の写真

◎夢の話 第492夜 一葉の写真
 9日の朝5時ごろに観た夢です。

 ふと我に返ると、オレはソファに座っていた。
 オレの名は吉川とか吉田みたいな名字のような気がするが、はっきりしない。
 場所はオレが借りている共同事務所の一室だった。
 「共同事務所」とは、建物全体が小さな事務所の集合体で、それぞれ別の事業主が使っているが、1階にはフロアがあり、大きめの会議室がある。そんなつくりの建物のことだ。
 オレは郊外の町に住んでいたが、仕事を掛け持ちでやっているので、帰宅できないことが多々ある。そんな時のためにこの事務所を借りたわけだ。まあ、上司に事情を話したら、住居手当を出してくれることになったので、負担はあまりない。
 これを借りたので、かなり忙しい時でも研究所の控え室に泊まったりせずに済むようになっている。

 目の前には、中年の男が座っている。いまどき珍しく口髭だけを生やした男だ。
 おそらく五十歳台だろう。
 テーブルの上には一葉の写真が置いてあった。
 その、どこの誰か分からない訪問客が口を開いた。
 「今日はこの人のことでお伺いしました」
 写真の中央には、高齢の女性が写っている。
 白髪交じりの頭で、七十歳くらい。中肉中背で紫色のワンピ-スを着ていた。
 後ろは摺りガラスの引き戸で、どこかの家の玄関だろう。昭和三十年代に作られた家のようだ。
 玄関の前には砂利が敷いてあり、左右には立派な盆栽が置いてある。
 比較的裕福な家のご婦人だということだ。
 「この方は御明神神社の階段の下で倒れていました」
 「御明神神社。明神山の麓にある神社ですね」
 「はい」
 「行き倒れというにはどうにも不自然で・・・。高山の麓に行くには、ごく軽装で、普段着のままでした。この時期シャツ1枚の薄着じゃあ、とても十分と持ちません。まるで、ちょっと家から出て来たという感じなのです」
 「認知症ですか」
 「最寄の駅からその神社までは二十キロはあります。認知症ならとても行けますまい」
 この流れでは、とても「保護された老女」の話ではなさそうだ。 
 「亡くなられていたのですね」
 「そうです。今はその捜査をしています」
 男は刑事だった。まあ、そういうことだろう。
 「この人はきっと手掛かりになる。こういう風に何らかのかたちを遺したのは初めてなのです」
 「ということは、この人の他にも」
 「そうです。今年に入ってから十五人が消えています」
 「遭難したということですか」
 「違います。言葉の通り、『消えて』しまったのです。神社の近くで、その人たちが上がっていくのを見た人がいるのですが、帰った形跡はありません」
 ここでオレは半年くらい前のニュースを思い出した。
 「ああ。去年もありましたね。神社に参拝した女性が行方不明になった事件が。まるで神隠しに遭ったようだと、テレビでも報道していました」
 「そうです。あの時は二十人くらいの団体で来て、一緒に神社の階段を上ったのです。途中にトイレがあるのですが、その女性は『トイレに行く』と言って三人でそっちに向かいました。ところが他の二人が出てきた時には、一人の姿が消えていたのです」
 「確か隠れるところがない場所でしたね」
 「そうです。裏道があることはあるのですが、百メートルも行かないうちに行き止まりです。なんとも説明がつきません」
 「そういうのが十五人・・・」
 「そうです。昨年は同行人がいて、その人がそれまでいたという証拠があるからニュースになりました。ところが一人で来た人は、いなくなったのか、帰ったのかが分かりません。事件として扱うには根拠不足でして」
 「今度は別だ、ということですね」
 「はい。仏が残っていたのは初めてです」
 「なるほど。それはそうとして、どうして私のところにいらしたんですか」
 ここで刑事が身を前に乗り出す。
 「あなたはブログを公開されていますよね」
 「はい」
 「その中で超自然現象を取り上げていらっしゃいます」
 「超自然現象というと、耳目を集めるために面白おかしく作っているものが多くなりますが、私のはそうではありません。理解しがたいものを理解したい。そういった純粋に探究心からのものですね」
 「女性は先ほどの写真1枚しか持っていませんでした。バッグはあったのですが、中身は空です。入っていたのは写真だけです」
 刑事は鞄から紙を取り出し、写真の隣に置いた。
 「こちらは貴方が10月21日にブログに開示した画像です」
 刑事が紙の上を指差した。
 「ここに同じ女性が写っています」
 紙は画面を出力したもので、公園の風景が写っている。
 公園には五六人の男女が写っていたが、男の言うとおり、その中に行き倒れの女性が混じっていた。
 「これは何か催し物ですよね。それなら、この女性を特定できるかもしれない。そう考えてこちらに参った次第です」

 「これは投稿写真です。地域のお祭りの景色なのですが、そこに普通ではないものが写っていたのです」
 ここでオレはあることに気がついた。
 「でも、この画像には眼の部分にマスクをしています。これでよく同一人だと分かりましたね」
 「首のところを見てください。左側の首の根元に大きなほくろがありますね。こっちの写真と見比べてください」
 刑事の言うとおり、同じ位置に3センチ大のほくろが見えている。
 「ははあ。なるほど。この人ですね」
 「ですね」
 「それなら、調べると分かると思います。この女性はここの人で何か係をやっている。それならこの町の役員に聞けば誰か分かります」
 「連絡先をご存知ですか」
 「町名ならわかりますよ。ブログでは伏せていますがね」
 刑事は安心したように、ふうと息を吐いた。

 この時、オレのほうは別のところに目を向けていた。
 ブログの画像はいわゆる心霊写真だ。人垣の間に、この世のものならぬ人影が写っている代物だ。肩と肩の間から女が顔を出しているのだが、到底、生身の人間とは思えない。
 何故なら、その女の胸から下は画像には存在せず、向こうの景色が見えていたからだ。
 女は三十歳台の風貌で、整った顔立ちをしている。
 だがその顔には、まったくといって良いほど感情がない。
 感情のない視線で、じっとこっちを見ているのだ。
 「気づかれましたか」
 「はい?」
 「若手署員が発見したのですが、貴方が載せている画像の女、まあ、幽霊ということでしょうが、それがこっちの写真にも写っています」
 刑事が写真の一角を指で示した。
 それは玄関の少し横に置かれた庭石だった。
 黒いのですぐには気づかないのだが、よく見ると、1辰旅發気寮仭澗里女の顔になっていた。
 「うわ。こいつは気色悪い。ここまで鮮明に写っているとなると」
 相当に性質の悪いもの、ということだろう。

 「捜査のほうは、お婆さんの素性を確かめるというものですが、私個人としてはそちらのほうにも興味があります。これを見れば、霊が存在しないなんて考えがぶっ飛んでしまいます」
 刑事はくどくどと説明を続けるが、オレの方はそれどころではなくなっていた。
 2つの画像に写る女は、いずれも視線をこちらに向けているのだが、まるでオレのことを凝視しているように焦点が合っている。
 オレはそれを見ているうちに、気分が悪くなっていた。
 この場合、「悪くなった」と言うのは正確ではない。気が「遠く」なりつつあったのだ。
 目の前が急に暗くなり、オレの意識が薄れ始める。
 それと同時に、別の意識がゆっくりと目覚めて来る。

 オレは暗い夜道を歩いている。
 森の中の一本道を独りでとぼとぼと歩いているのだ。
 ここは峠の中腹で、もう少し先に進むと、向こう側が見える筈だ。
 「あっちには何があるんだろうな」
 坂道を登り終えると、見晴らしの良い頂に着いた。
 もちろん、今は夜なので景色が見える筈もない。
 しかし、道の先、はるか遠くの方に明かりが見える。
 何か大きな建物から光が漏れ出ているのだった。
 「あそこは何だろ。まるで明治の和風建築みたいなつくりだな」
 あそこに行くべきか、あるいは引き返すべきか。
 オレはその場に立ち止まって思案した。

 「ちょっとちょっと。大丈夫ですか」
 眼を開くと、刑事がオレの膝を揺すっていた。
 「あ」
 「急に固まってしまったから、驚きました。眼を開けているのに、まったく意識がないような感じでしたよ」
 「寝てました?」
 「いや。眼は開いていましたが、なんの反応もないのです」
 「ちょっと失礼」
 ここでオレは椅子から立ち上がって、トイレに向かった。
 トイレに入ると、オレは便器の中に思い切り吐いた。

 ここで覚醒。

 前夜、家人と一緒に散歩に出たのです。
 わずか2キロ程度ですが、体を冷やしたのか、途中で具合が悪くなり往生しました。
 「体調が悪くなると悪夢を観る」ルールが生きており、こういう夢になったのでしょう。
 最近では珍しいのですが、一応は理にかなっています。
 夢の筋は、製作中の「明神山奇譚」と「縞女」に引き寄せた内容になっていました。
 分離した上で、各々に組み込むつもりです。

 夢の規則では、最初に現れた異性は当方なのですが、そうなると「行き倒れの老女」なのでしょうか。でもこれは死んだ人(画像のみ)で動きません。
 そうなると。写真の中でこっちを見ているあの幽霊女?
 そんな馬鹿な。