◎ある男の話
男は60歳台後半で、リサイクル店の店主。
妻子はいない。
商売には不熱心で、解体屋が持ち込むガラクタを買い取り、それに値をつけて売っている。大半がガラクタなので、ほとんど売れない。
年金を貰っているので、そんなに稼ぐ必要はないし、稼ぎ過ぎると税金を掛けられるので、商売の方は道楽半分だ。
飲みたい時に酒を飲む。
目を覚ますと、最初に口にするのがビールだ。
時間は関係なく、昼過ぎには日本酒を軽く飲む。
身なりはどうでも良く、これまで気にしたことがない。興味がまったくないのだ。
こういう男にある日突然、心境の変化が起きた。
これは実在する男の話です。
当家は夫婦とも古い物が好きなので、リサイクル店や骨董店にはよく行きます。
旅先でも、店を見つけると、とりあえず入ってみます。
埼玉の片田舎のこのリサイクル店にも時々寄ったのですが、店主はいつでも酒臭い息をしていました。
ところが、ある日突然、この人が変わったのです。
それを発見したのは妻でした。
「ねえねえ。あの小父さんが穿いているのは、ビンテージのGパンだよ」
「嘘。昼間から酒を飲んでいるようなのが、ひとつ十万以上するGパンを買うわけは無い」
「いいえ。私には分かるよ。テレビで観たばかりだし」
そこで、もう一度店主を見直すと、あんれまあ、頭髪にパーマを掛けていました。
「何だか印象が違うと思ったが・・・。色まで付いてやがる」
「何があったのかしら」
「男が変わる理由はひとつしかないよ」
それから、半月くらい経ち、理由が判明しました。
店の近くのスーパーに寄ったのですが、そこで店主を見たのです。
もちろん、最初に見つけたのは家人でした。
家人は車に戻って来ると、ダンナに急いで報告します。
「いたいた。あそこの小父さんが女の人と一緒に来ていた」
「本当か。どんなババアなの?」
「ババアじゃないよ。三十歳台の前の方だね」
なんだって!
「まさか。綺麗だったりしないよな。昼から酒をかっくらっている貧相なオヤジだよ」
「それがね。綺麗なひとなの。どこの人かは分からないけれど、ガイジン」
妻は自分も外国人のくせに、「ガイジン」を特別扱いします。差別までは行かないけれど、ひと括りで、「ガイジン」です。
そりゃ面白い。
これを見ない手はないので、車を下り、店に向かいました。
居ました居ました。
だらしない顔で、女性と買い物をしているオヤジジイが・・・。
もちろん、興味があるのは連れの方です。
それが何と、かなりの美人でした。
「おいおい。マジかよ」
東南アジアの華僑系か、南米の日系なのですが、目パッチリの綺麗どころです。
車に戻って、妻に告げます。
「なるほどなあ。あんな女と付き合っているんじゃあ、十万もするGパンも買うし、パーマも当てるだろ」
「なんだか若くなったよね」
「そりゃそうだよ。相手次第で男は変わる」
「うまく行くと良いね」
しかし、この先の話になると、事情は少し変わってきます。
知り合って、すぐに国際結婚に至るケースはよくありますが、大事なのはその後の話です。
「最悪の場合は、こんな筋書きだね」
結婚まではすぐに到達します。ビザの発給は、3ヶ月3ヶ月、半年半年、1年が3回ずつくらい。
その最初の方から、女性が「親戚の子を日本に呼びたいけど・・・」という話をするようだと、要注意です。ダンナは単なる「ビザ発給人」だったりします。
さらに、永住ビザが取れた日には、今度はダンナがほとんど不要になってしまいます。
切り株に座っていただけのオヤジジイの許に、白いウサギが飛び込んでくることなど、まずは起きない事態です。
「あのオヤジに幸せな日が続くといいね」
そういう話をして、車を発進させました。
それから、半年くらい経ったのですが、今は店が閉まっています。中に人がいるような気配はあるのですが、営業はしていません。何度通っても同じなので、商売をやっているのかどうか。
何かショックなことがあったのか、あるいは・・・。
自分が「金づる」になることはある程度承知の上だったのでしょうが、たまに、それ以上の被害を蒙ることがあります。
今は店の前を通る度に、「無事でいてくれよ」と心の中で手を合わせてしまいます。
まるで作り話のようですが、実際にあった、あるいは世間のあちこちで起きている事態のひとつです。