日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第514夜 モーテル

夢の話 第514夜 モーテル
20日の朝6時に観た夢です。

男が口を開いた。
「これで最後か。なんだか残念だな。これっきりとは言わずに、いつでも帰って来ていいからな」
短髪にゴツゴツした体。いかにも素性の悪そうな男だ。
「俺と一緒に仕事をするようになってから3年か。ようやく気心が知れて来たというのにな」
男はしきりに「残念だ」「残念だ」と言う。
ここでオレは総ての記憶を取り戻した。
この男だけでなく、オレの方もヤクザ者だった。
オレの経営する会社が潰れ、オレには8千万の借金だけが残った。
個人でこの規模の借金を返すとなると、もはや犯罪しかない。
そこで、オレは昔の不良仲間を頼んで、この男を紹介してもらった。
この男は麻薬の売人で、半島から船で来るブツを扱っていた。
オレの仕事は、港でそのブツを受け取って、中身を確認し、男の許に運ぶ役割だ。

オレは警察にコネがあったから、捜査のことに詳しい。当局が今何を考えているか、とか、いつ手入れが来るか、などはすぐに分かる。
ちなみに、小説や映画では、ブツと金はその場で物々交換にするが、今はそんなことはない。億単位の金だし、持ち歩いているだけで疑われてしまう。さらに、それが他のヤツに知れたら、そいつから狙われかねない。だから、今は現金の決済はしない。
いまやITの時代だ。現物を確認したら、オレは電話で男のところに連絡する。金は男が、相手に指定された海外の口座に送金する。その着金が確認できたら、取引は無事に終わる。
こうすれば、万が一、オレ達の上前を撥ねようとする輩が現れても、持って居ないのだから、盗られる心配はないわけだ。

犯罪には気心の知れた仲間が欠かせない。
この3年で、オレは借金を返せたし、さらに人生をやり直すための小金も出来た。
男のビジネスが軌道に乗っているから、俺の足抜けを許さないかと思ったが、案外すんなりと許してくれた。
それは、オレが「田舎の両親の介護をするから、帰りたい」と言ったせいだ。
田舎の両親が臥せっているのは事実で、オレが面倒を見る必要があるのも事実だ。
ヤクザの組織は、基本的に家族を模したものだ。「おやっさん」とか「おじき」とか、誰でも一度は映画で耳にしたことがあるだろ。
そういうわけで、ヤクザ者は家族の関わりを最も大切にする。
「親たちが元気になったら、またやろうな。まあ、その前に、この仕事をきっちりやり遂げるのが先だが」
「もちろんです。」
男は頷き、快くオレを送り出した。

事務所を出たのは、夜の十時過ぎだ。
それから5時間かけて東京湾のX埠頭に行き、そこで待機する。
日本とスイスの時差は7時間あるから、先方の金融機関が開くのは、翌日の夕方だ。
かなりの時間差があるが、なるべく早めに現場に着き、周囲の状況を確かめることが必要だ。半日の間、ゆっくり回って歩き、警察が見張っていないかを確認する。
取引の時も気が抜けない。
取引相手は別として、横からブツをさらわれないよう気をつける必要がある。
この日の取引は、先方の到着が遅れ2時間ほど伸びたのだが、何とか無事に終わった。
あとはこのブツを無難に持ち帰るだけだ。
もはや夜だし、夜は昼よりも検問が多いから注意が必要だ。

この夜はたまたま天気が悪く、土砂降りだった。
海から十分ほど陸に戻り、オレは工事現場の側を通り掛った。
そこを通過した直後、あろうことか、オレの車の左の後輪がパンクしてしまった。
「ボルトでも踏んだか」
オレは車を道路脇の空き地に停めた。
「修理サービスを呼ぶわけにはいかんな」
車の中を覗かれたくはない。
タイヤ交換なら簡単な作業だが、しかし、今は土砂降りだ。こんな雨の中で、自らタイヤ交換をするヤツはいない。
溜息を吐いて横を向くと、30メートル先にモーテルの看板が見えた。
「仕方ない。あそこで休んで、雨が止むのを待つか、あるいは明日の朝出発しよう」
夜中に不自然な動きをするよりは、ラッシュにあわせて移動した方が無難かも知れん。
オレはボストンバッグを抱えて、そのモーテルに行くことにした。

モーテルは2棟で、片方が平屋建て、片方が3階建てのつくりだ。
平屋の方は、どこかで見たことがあるような印象だ。
看板を見ると、「トウキョウベイ・2・モーテル」と書いてあった。
なるほど。オーナーが映画好きなんだな。
「ベイ2」はすなわち「ベイツ」で、「ベイツ・モーテル」のもじりだ。
ベイツ・モーテルと言えば、ほれ、ヒチコックの『サイコ』だよな。
建物もそっくりに写してあるから、雰囲気はあの映画の通りだ。
スリラー映画のコピーで「客が入るのか」とも思うが、今は物好きが沢山居るから、問題はなさそうだ。
受付に行くと、やはり平屋の方は満室だった。
3階建てのほうに空室があったから、オレはそっちに部屋を取った。

部屋は3階。
オレはエレベーターに行き、ボタンを押した。
すぐにドアが開いたので、乗り込もうとすると、ドアのすぐ後ろに立っていたヤツが出て来やがった。オレはあまり前を見ていなかったので、そいつの肩とオレの肩がぶつかった。
「こりゃどうもすいません」
オレの方が先に頭を下げた。
ま、オレは20キロのヘロインを下げているから、当たり前だ。
相手の男は若いヤツで、何も返さずにそそくさと外に出て行った。

部屋に着いて荷物を置き、上着を脱いだ。
タオルを取りに洗面所に行き、何気なく鏡を見ると、オレの肩にべったりと血がついていた。
「何だよ。これは」
慌ててシャツを脱ぐと、オレの体に傷は無かった。
「ってことは」
さっきのあいつだ。あの若い男が血まみれだったわけだ。
「あの男自身が怪我をしていたか、あるいは」
誰かの血があいつに付いていたってことだ。
「おいおい。面倒事はやめてくれよ」
まあ、状況が分からないのだから、じたばたしても始まらない。
先走って行動して、薮蛇な結果にならないようにしないとな。
オレはそのまま部屋のベッドで休憩した。

少し疲れていたのか、オレはベッドの上で眠り込んでいた。
ドアをノックする音で目を覚まし、時計を見ると2時間が経っていた。
ドアのところに行き、チェーンをかけたまま少し開くと、外に帽子を目深に被った男が居た。
「夜分すいません。先ほどこのモーテルで傷害事件がありまして」
「そうですか」
「あなたは何か不振な人を見たり、物音を聞いたりしていませんか?」
コイツ、刑事か。
話が長くなったり、部屋に入られたりしたらやっかいだ。
「え。私は何も見ていませんが」
「まったく何も気付かなかったと?」
「はい」
「そうですか。それでは結構です。夜分、お休みのところ失礼しました」
刑事はペコリと頭を下げ、オレに背中を向けた。

オレは一旦ドアを閉めたが、寝起きで喉が渇いていることに気が付いた。
「ミネラルでも買うか」
自動販売機は、ほんの十数メートル先にある。
「すぐ近くだし、開けたままで大丈夫だろ」
オレはドアの下に扉止めを入れて、自動販売機に向かった。
飲み物を買い、もう一度部屋に戻る。
「すっかり目が覚めちまったよな」
飲み物の蓋を取り、ごくごくとそれを飲んだ。

しかし、すぐにオレは水を吐き出した。
何気なくベッドに目を遣ったら、後ろの方に「人の頭」が見えていたからだ。
「おい」
オレは物事には動じない方だが、少し動揺した。
子どもの頃から、オレは時々、幽霊を見ていたので、またそいつが出たかと思ったのだ。
安宿に幽霊なら、良くありがちな話だ。
頭が動き、人影がゆっくりと立ち上がった。
後ろにいたのは人間だった。正確には女だ。それならまあ何とか。
「助けてください」
姿かたち、声から見て、二十四五歳くらいか。
「お前は誰だ。なぜこの部屋にいる」
ははあ。オレが飲み物を買いに出た時に忍び込んだわけだ。
「わたし。狙われているんです」
コイツ。頭でもおかしいのか。
「何であんたが狙われるんだ」
「見たんです。殺人現場を」
「殺人?このモーテルでか」
「はい」
「そう言えば、今さっき刑事が来たよな。あの話か」
「違います」
「あれとは別なのか」
「いえ。あれは刑事じゃありません。犯人です」
「何だって?」
そう言えば、あの刑事はエレベーターを出てったヤツに似ていたな。
「どういうことだよ。きちんと説明をしろ」

女の話はこうだった。
女はデート嬢で、客に呼ばれてここに来た。
シャワーを浴び、タオルで体を拭いている時に、来客があった。
客は二人で、筋の悪い男たちだ。
すぐに口論が始まり、あっという間に自分の客が殺されてしまった。
女は浴室で固まっていたが、男たちが出て行ったので、服を着た。
部屋から出て、受付に下りようとすると、さっきの男たちが戻って来た。
男たちは段ボール箱を抱えている。
(死体を運び出そうとしているんだ。)
女はデート嬢らしく派手な格好をしていたから、モーテルにはごく普通にいる客だ。
そこで、女は何食わぬ顔で男たちとすれ違った。
男たちが部屋に入ると、すぐに声が響いた。
「ここに女がいたんだ!さっきのヤツだ」
ふと気付くと、女は鏡の前に口紅を忘れて来たのだった。
おまけに携帯電話も手元になかった。
女は大慌てで、非常階段を下りた。
ところが、玄関口にはさらに風体の悪い男たちがたむろしていた。
間違いなく、あの二人の仲間だった。
そこで、女は二階に上がり、販売機コーナーの脇にある用具入れの中に隠れた。
女は小柄だったので、そこに入ることが出来たのだ。
それでも、そこにじっとしていれば、いずれは見つかってしまう。
実際、あの犯人の一人が部屋を回って、様子を確かめていた。

「そこで、オレが飲み物を買った隙に、ここに忍び込んだ、というわけだ」
「そうです」
オレは思わず顔をしかめた。
そうでなくとも、気を遣う状況なのに、厄介ごとが降って来たからだ。
何せオレは20キロのヘロインを持っている。
今は、警察にも、筋の良くない人種にも関わりたくないところだ。
もし仕事にしくじれば、今度はさらにオレの身内からも狙われてしまう。

「おい。オレはお前に関わっている暇はない。どっか他所に行けよな」
「でも、あいつらに見つかれば、わたしは殺されてしまいます」
「知ったことか。すぐにここから出て行け」
しかし、この女はデート嬢の割には頭が良く回るらしい。
オレが普通の勤め人じゃないことに気が付いた。
「警察を呼んだらダメなんでしょ?」
「フロントは押さえられているだろうし、電話をしたとしても、警察が来る前にあいつらが全部の部屋をのドアを破るだろ。警察が電話を受けてから到着するまで20分はかかるからな。電話するならオレの携帯からかけるしかないだろうが、オレはそうしない。理由はお前が想像した通りだ」
殺人犯ではないが、オレの方も「犯人」だってことだ。
ま、この女もデート嬢だし、同じようなもんだ。
無難に「静かにこの場を立ち去る」ってのが望ましい。

「映画なら、こういう時には、ルームサービスの台に隠れたり、火災報知機を鳴らしたりする。だがここはモーテルでルームサービスはないし、火災報知機を鳴らせば、逆にあいつらは出口でお前を待っていれば良くなる」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「実際に火をつけるんだな。カーテンを外して、非常階段の手すりに巻きつける。ライター用のオイルを貸してやるから、それを布に振って火をつけろ。火と煙が見えたら、外の人間が気付いて消防を呼ぶ。あいつらよりも、先に外の人間が気付いて通報してくれるかどうかが勝負だな。それで野次馬が集まれば、人込みの間に紛れ込めるかも知れん。あるいは、警察が来るまで隠れていられれば、勝機はある。いずれにせよ雨が上がっていれば、という話だがな」
「手伝ってくれないの?」
「自分のことは自分でかたをつけろよ。オレも自分のことで忙しい。警察やクズどもの目に留まるわけにはいかんのだ。ほれ」
オレは懐から拳銃を出して女に見せた。さすがにこれくらいのものは用意している。
「あんたも悪人なんだね」
「ま、そんなもんだ。オレのレインコートだけは貸してやる。その格好じゃあ目立ってしょうがないだろ」
女はラメのブラウスにミニスカートだった。
犯人たちが探すのは、廊下ですれ違ったときに見たデート嬢だろうから、少しでも外見を変えていれば、「一瞬の隙」が生じる。

カーテンに手をかけ、外を見ると、雨は上がっていた。
オレはカーテンを引きちぎるように窓から外し、女に渡した。
「じゃあ、うまくやれよな。オレは騒ぎが始まる前にここを出る」
ここでオレはボストンバッグを抱えて部屋を出た。

フロントでタクシーを呼んでもらう。
冷静に考えてみたら、ひとまず車をこのままここに置いて、タクシーでブツを運び、後で車を取りに来れば良い話だった。
タクシー代だって、わずか十万かそこらだし、検問に引っかかっても乗客に対してはいちいち身体検査をしない。

道が混雑していたらしく、タクシーが来たのは20分後だった。
オレが車に乗り込もうとすると、周囲で「火事だ」「火事だ」という声が上がった。
「始まったか」 
車が道を出ようとすると、モーテルの玄関口から人がばらばらと走り出て来た。
「運転手さん。ちょっと待って」
なんとなく、あの女が無事に逃げられるかどうかが気になったのだ。
客は30人ちょっとで、野次馬が2百人。野次馬の中には、おそらく6、7人の悪人が混じっている。
「このモーテルはあれ用の場所だったか」
客の半分はデート嬢だった。
人相の悪い男たちがデート嬢を次々捕まえている。
その合間を縫って、あの女が走り出て来た。
「おいおい。走ったらダメだろ」
女が避けようとしていたのは、火事ではなく人だった。
見ちゃいられない。

「おい。早くこっちに来い」
運転手にドアを開けさせ、女を招き入れる。
「運転手さん。早く行って」
すんなり無事にこの場を離れられればよいのだが。
もし、これがあの男たちの目に留まっていれば、さらに厄介なことになる。

ここで覚醒。
色んな映画のさまざまなエッセンスが混じっていました。
中心は『グロリア』でしょうか。
この先はさらにやっかいな事態になっていました。