日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第530夜 脱走

◎夢の話 第530夜 脱走

 瞼を開くと、オレは縄で縛られ、土間に転がされていた。
 「なんでまたこんなことに」
 頭を殴られたらしく、頭頂部の後ろ側がズキズキ痛む。
 ゆっくりと頭が冴え、ことの経緯を思い出す。

 オレは戦に備え、兵糧の手配をしていた。
 篭城戦になるかもしれないから、ひとまずある程度の食物を備蓄しておかねばならない。
 その調達の任に当たったのがオレだった。
 そこでオレは百姓家や商人を回り、目立たぬように穀物を買い集めた。
 敵はわずか五里先にいるから、あくまで目立たぬように動くことが肝要だ。戦仕度をしていることが分かったら、それこそ、それが整う前に襲撃してくることは明らかだ。
 さて、その日の仕事を終え、城に戻ろうとすると、偶然、幼馴染に会った。
 こいつは百姓だが、小さい頃は身分に関係なく一緒に遊んだから、仲間意識のようなものがある。
 そいつはしかし、オレの顔を見ると、意外なことを告げた。
 「お母さんが臥せっている。重病だから顔を見に行ってやれ」
 そいつの表情では、母はどうやら危ないらしい。

 オレの家は、敵側との領境付近にある。
 少し躊躇したが、オレは行くことにした。
 もはや夜だし、こっそり一人で行けば、そうそう見つかるものではない。

 ところが、敵はこっちの城を攻撃すべく、早くも兵を出していた。
 オレはそれを発見して、急いで城に報せるべく戻ろうとしたが、折悪しく、物見の兵が戻るところに出くわしてしまった。
 相手は5人で、かつオレは軽装だったから、さんざん打ちのめされて捕まえられたというわけだ。

 目覚めた時は真夜中で、敵兵は野営していた。
 今夜はここで泊まり、明日の朝、攻撃を仕掛けようとするつもりらしい。
 目の前では、若い足軽が独りでオレの見張りをしていたが、半ば居眠りをしていた。
 ここは、陣の後ろの方で、本隊とは少し離れている。
(近くには誰もいないのだな。)
 それを確かめると、オレは体を起こして、足軽を呼んだ。
 「おい。オレは糞がしたい。ちょっと縄を緩めてくれ」
 「駄目だ。我慢しろ」
 「我慢にも限度がある。いつまでも我慢出来るわけじゃない。もし漏らしたら、この辺りは糞臭くなる。とても眠ってなんか居られないぞ」
 足軽は少し考えたが、オレの方に寄ってきて、後ろ手に縛られたオレの縄を緩め、前で縛り直した。
 それから、腰の後ろの方に縄を結び、叢の方にオレを連れて行った。
 「おい。傍で見ているのか。かなり匂うぞ」
 「それもそうだ。だが、すぐ近くで見ているからな」
 縄の端を樹に縛りつけ、足軽が二三間離れる。
 オレは叢の中でしゃがむと、大急ぎで左手の親指の関節を外した。
 こうすると、手首の縛りを解くことが出来る。
 オレの指は子どもの頃からすぐに脱臼したから、「くせ」になっている。こういうのは何でもない。

 「終わったのか。なら戻るぞ」
 足軽が戻って来て、背中を向けて樹の縄を解き始める。
 オレはそいつの背後から飛び掛かり、それまで自分の手首を縛っていた縄で思い切りそいつの首を絞めた。
 そいつはなかなか死なず、随分と長い間、オレは首を絞め続けた。
 やっとそいつは死んでくれたが、顔を見ると、まだ二十歳にもなっていないような子どもだった。

 それから、オレは敵の陣地を迂回して、自分の城に戻ることにした。
 途中で、オレの村を通るから、もし出来るならその時に母の顔を見ておこう。オレはそう考えた。
 ところが、敵はすぐに異状に気付き、追っ手が掛かった。
 叢を走ると、折れた草で足跡が分かる。
 そこで、オレは小川に沿って、腰まで水に浸かりながら、前に進んだ。
 上の道では、捜索隊が何度も行ったり来たりして、オレを探していた。

 「あと半里だ。半里で母ちゃんに会える」
 オレの家まではあと少しだ。坂を上ると、そこは家が見えるくらいの近さになる。
 ところが、坂を上り始めたところで、敵の目に付いてしまった。
 びゅうびゅうと矢が飛んで来る。
 「くそう。ここで死んでたまるか」
 城に報せねばならないし、母ちゃんにも会いたい。
 走りに走って、ようやく坂の上まで到達した。
 そしてその時、オレの背中の真ん中に矢が突き刺さった。
 矢はまっすぐ胃を貫通し、先の鏃がオレの腹から突き出た。
 そこでオレはどうと地面に倒れた。
 致命傷だ。
 「ああ。母ちゃん」
 命が尽きようとする時、オレの頭に浮かんだのは、もはや城を守ることではなく、母親のことだった。

 ここで覚醒。
 この夢を何度も観ていたのは、小学1年の時でした。
 その都度、泣きながら目覚めるのですが、繰り返し同じ夢を観るので、ほとほと困りました。どっちが現実なのかが分からないほどです。
 おそらく、かなり昔に、これと同じような経験をしたことがあるのだろうと思います。