日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第529夜 兜割り

◎夢の話 第529夜 兜割り 
26日の午前4時に観た夢です。

根刮(ねこそぎ)城の城門前に高札が架けられた。
その高札には、こう書いてある。
「この度、兜割り大会を催すこととした。我こそはと思わん者は十日後に本城に来ること。もし刀で兜を割った者には百両の報奨金を与え、城で召抱える。ただし、参加する者は登録料として四貫文を差し出すこと。兜を割れぬ者の登録料は没収する。これは冷やかしを避けるための決まりである」
この日、オレはたまたま城下に買出しに来ていて、この高札を読んだ。
帰る道々、オレはじっくり考え、この大会に出ることにした。
四貫文の登録料はちと高いが、兜割りにはオレは自信がある。

オレは山で炭を焼いて暮らしている。
だが八代前のオレの先祖はれっきとした武士だった。戦に破れたオレの先祖は山の中に逃れ、代々そこに隠れ住んで来たのだ。
山での暮らしの中、いつかは郷に戻るべく、オレの一族は剣術の稽古を重ねて来た。
先祖が戦に負けてから、もう二百年は経ったのだから、そろそろ罪を問われることも無い筈だ。
そうなると、これは一大好機と言える。
「それに、オレは他の奴らとは違う武器がある」
オレたちは山で働いているから、山刀を使っている。この山刀は鉈を長くしたような分厚いものだから、普通の刀では断ち切れぬ硬い武具をも両断できるのだ。

大会当日、根刮城の中庭には二百人を超える応募者が来ていた。
登録時に料金を納め、抽選順に兜を割っていくが、途中で割った者が出るとそこで試技は終わりになるという。すなわち早い者勝ちだ。あらゆる場合でも、登録料は戻ってこない。
「ありゃりゃ。一人4貫文持って来たのなら、たとえ割れた者に百両払っても、ここの城主が百両儲かる仕組みだな」
なんとなく薄ら寒い。
オレの順目は五十六番だ。
中庭の隅に座って、前の奴らの試技が見られるから、ちょうど良いと言えばちょうど良いが、割られたらおしまいだ。

試技が始まった。
最初の奴が呼ばれて、前に進み出た。
何やら神主みたいなのが待っており、選手に杯を渡した。
「ははん。お清めだな」
刀を使うわけだし、神様に試技を見せるという趣向だ。
三間進むと、また台があり、そこで再びお清めだ。その三間先でも、またお清めが待っている。
「これじゃあ、兜に行き着くまでに七回は酒を飲むことになる」
まるで、祭りの時の神輿と同じだ。神輿を担ぐのはそれほどの労力を要しないが、辻辻で酒を振舞われる。三丁も進まぬうちに、ぐでんぐでんに酔っ払ってしまう。
酒に弱い奴なら、兜の前に立った頃にはヘロヘロだ。
「この大会はそういうのが狙いだったりしてな」

しかし、それくらいなら平気な奴も多い筈だ。
ところが、兜の前に行った者はどいつもこいつも刀を上段に構えることはするが、振り下ろさない。
そのまま刀を納め、戻って来るのだ。
五人、十人、二十人。
皆が肩を落として戻って来る。
そして、戻って来た時には一様にうなだれている。
足元もおぼつかなさそうな按配だった。
「こりゃ、酒に酔っただけじゃないな。いったいどういうことだろ?」

あっという間にオレの順番が来た。
山家暮らしでも、自分で酒を作って飲んでいるから、酒は平気だ。
だが、酒以外に何かある筈なんだよな。
五番目の台のところでお清めをすると、神主みたいな奴が塩を差し出した。
何か緑色の物が混じった塩だった。
「酒だけ飲むのはキツかろう。これはお茶塩だ。体内を清める意味もあるから、ここでこれを舐めよ」
抹茶粉と塩を混ぜたものらしい。
オレはそれを受け取って、少し舐めた。
(ありゃ。お茶だけじゃねえな。何か別のも入ってら。)
やはり策略があるのだな。
なら、早いとこ、兜を割ってしまおう。
オレは早足で前に進む。

ようやく兜の前に出た。
腰の位の高さの台の上に、大型の兜が載せられている。
やはり普通のものとは違う特注品で、板の厚さが一寸はありそうだ。
「だが、オレの山刀ならぶった切れる」
オレは大鉈の刀を引き抜いた。

すると、その時だった。
兜の下から女が顔を出した。
台の中に人が入っており、上に開いた穴から首を出したのだ。
こうすると、兜の下にちょうど顔が出る。
女はオレを見据えると、口を開いた。
「息子や。私はお前の母です」
何だって!
オレは思わず目を見張った。
穴から首を出したのは、オレの母親だった。
「そんな筈はない。オレの母親はもうこの世にはいないのだ」
女が言葉を続けた。
「私はお前に会うために、あの世から戻って来たのです。おお愛しい息子よ」
すると、おかしなことに、オレはその女がオレの母親に見えて来た。
それと同時に、オレはこのからくりに気が付いていた。
(ははあ。こりゃさっきのお茶塩だな。あの塩には幻覚茸の粉が混ぜられていたのだ。その効能で頭が麻痺したところに、この小芝居だ。参加者たちは穴から首を出した女が母親に見えてしまう。だから参加者たちは母親の頭を切ることが出来ずにすごすごと戻って来るのだ。)
総てが登録料を騙し取るための算段だった。

からくり自体は分かったが、この時既にオレも術中に嵌っていた。
オレには目の前の女が自分の母親そのものに見える。
「母さん。母さんはオレのことを捨てたじゃないか。今さら母さん面するなよ」
オレの母親は一歳のオレのことを捨て、叔父と駆け落ちした。
山に捨てられたオレは凍死するところだったが、雌の山犬に拾われて生き長らえたのだ。
三日後、父がオレのことを見つけてくれたが、オレは他の子犬たちと一緒に母犬の乳を飲んでいたという。
「母さんにも色々あってね。お前には本当に済まないことをした。でも、お前のことを忘れたことはないんだよ」
女はオレの話に調子を合わせ、オレの母親だと思わせようとする。
どうしてもこの兜を割らせないつもりなのだ。
仏教の説話にもこんなヤツがあったよな。あれと同じ話の流れだ。

このとき、オレは茸の毒でクラクラしていた。
もはや目の前の女を母親だと信じるようになっている。
「母さん。貴女は本当に母さんなのですね」
「そうだよ。だから私のことを切ったりしないでおくれよ」
「分かりました」
オレはここで、大上段に掲げた山刀を「エイヤッ」と母親の頭に振り下ろした。
バッコーンと大きな音を立てて兜が割れ、さらには女の頭と台までが二つに分断された。
女の頭からは気持ちよいくらいに真っ赤な鮮血が噴出した。

「ああ、すっとした」
オレが母親の頭を割るのは、これが二度目だ。
オレを捨てた時、母親は息子が死ぬかもしれんと思ったが、しかし、その息子のことを放置して逃げたのだ。
いわばそれは、オレのことを殺そうとしたのと同じことだ。
そこでオレは、十五歳になった時にその母親と叔父を見つけ出し、二人の頭を割ったのだった。

ここで覚醒。