夢の話 第593夜 憑依 (その1)
9日の夜に、軽く晩酌をしたのですが、疲れが溜まっているところにアルコールで血圧を下げたので、具合が悪くなってしまいました。
これは居間で横になっている時に観た夢です。
夢の中の私は女で、「メイコ」とか「マイコ」とか、そんな感じの名前だ。
仕事は学校の事務職。勤務先は自宅からさほど遠くないので、私は毎日、自転車で通勤している。
朝は7時40分に出勤して、夕方6時に帰宅する。
決まりきった毎日だ。
三十を過ぎる頃まで、親たちは私に「結婚しろ」「結婚しろ」と言っていたが、今ではそれも言わなくなった。
私は一人娘だから、いずれ親の財産を相続する。親はソコソコ裕福なので、自分なりに貯金をして老後の資金を積み立てていれば、まあ老後も何とかなるのではないかと思う。
同じような暮らしを毎日続けているから、曜日感覚はあまりない。週末が来ると、「明日は休みだ」と思うが、平日は火曜も木曜もまるで意識しない。
昨夜何を食べたか、なんてことも思い出せないが、これはまあ、皆同じだろう。
朝家を出ると、勤務先に着くまでのことは、何ひとつ記憶していない。
いつも別の事を考えているためか、記憶がすっぽり抜け落ちている。
家に帰ると、その日にどんな仕事をしたのかを忘れている。
いずれにせよ、大したことではないと思う。
こんな私の楽しみは、時々、旅行に行くことと、景色の良いところを散歩することだ。
旅行は年に1、2度しか行けないから、日頃は公園に行ったり、花を見たりしている。
家の近くにはS公園があるから、私は頻繁にそこに行く。
何も考えず、ぶらぶら歩くだけだが、池を1週すると40分くらいあって運動になる。
花壇を整えてあるから、花を見ながら散歩するのは楽しい。
この日も、いつもと同じように池の周りを歩いていた。
ちょうど桜の季節で、花見の客が沢山来ていた。
人の間を縫うように歩き、花を見上げていると、唐突に後ろの方から声を掛けられた。
「マイコちゃん」
その声に後ろを振り返ったが、後ろには誰もいなかった。
「気のせいかしら」
再び前を向いて歩き出すと、五歩も行かぬうちに、またもや私を呼ぶ声がした。
「マイコさん」
ここで私は、つい反射的に返事をした。
「はい」
後ろを振り返る。
すると、すぐ後ろから声が聞こえたような気がしたのに、十五弾發砲録佑狼錣蕕此△気蕕砲修良婉瓩傍錣真佑漏А背中を向けていた。
「おかしいな。呼ばれたような気がしたのに」
家に帰ると、親戚の叔父さんが来ていた。
「おお。マイコちゃん。久し振りだね」
「あら叔父さん。ご無沙汰しています。お元気でしたか」
叔父は五十台で、父の田舎で神主をしている。本当は父が長男だから、家を継ぐのは父の筈だったが、父は家を出てしまったので、叔父が継いだのだ。
なんだか、叔父の声はさっきの声に似ている。
「叔父さん。さっき公園に行きませんでした?」
「いや。行っていないよ。どうかしたの?」
「誰かに名前を呼ばれたのに、後ろを向くと誰もいなかったの」
この話を聞いて、叔父は眉間に皺を寄せた。
「それって、あそこのS公園?」
「そいつは不味いな。ちょっと祓っておこう。マイコちゃん。俺の前に座って」
「え」
「いいから、黙って座るんだよ。早くした方が良いもの」
叔父は私を座らせると、指を刀のように振り下ろし、私の左右の肩を叩いた。
「※△■◎~。エイッ」
これはお祓いだ。前にも見たことがある。
「ひとまずこれでどうにか。あとは様子を見よう」
やはりそうだ。
「叔父さん。どうしてお払いをしたんですか」
「あそこのS公園は霊が集まる場所なんだよ。それで自分に近い人が通ると、その人に乗って、ついて来ようとする。そして、上手くその人に憑依出来たら、今度はその人を乗っ取ろうとするんだよ」
「どうやって乗って来るんですか」
「ほら。マイコちゃんは名前を呼ばれただろ。そいつは頭の中を呼んで、最初に呼びかけるんだ。普通の人はそいつの声が聞こえないから、返事をしない。だが、たまにはそういう霊の声が聞こえる者が居る。もし、そういう者が返事をすると、その旬簡易関わりが出来てしまう。ほら、悪霊が家に入ろうとしても、家の者が招き入れない限り大丈夫だ、と言うだろ。それと同じ」
薄気味悪い話だ。これは神主さんのする話だから、ただの怪談とは違う。
「嫌だ。気持ち悪い」
叔父は私の目を見詰め、小さく頷く。
「ひとまずお祓いはした。落とせていなけりゃ、またやり直そう。変なことがあったら連絡してね」
それから数日が経ったが、別段、何も不審なことは起きない。
ただ少しショックだったのか、物忘れが少し酷くなった。
お茶を淹れて事務机に座り、ふと気が付いたら、午後の4時になっている。
机についたのは午前中だったのに、昼食を飛ばして、何時の間にか夕方になっていたのだ。
「お昼ご飯を食べた記憶が無い。私はいったいどうしていたんだろ」
独り呟くと、それを隣の席の小林さんが聞いていた。
「うふふ。よっぽど足りなかったのね。今日の給食は酢豚だったわよ。子どもたちは酸っぱいのが嫌いだから、先生方がお替りしてたでしょ」
驚いた。そんな記憶なんて私の頭のどこにも無いもの。
「あなたも食べていたわよ。2杯もね」
「え。まさか」
私は心底から驚いた。
ところが、それだけではなかった。
その何日か後には、丸一日分の記憶が無くなっていたのだ。
その日は休日で、私は朝から出掛けた筈だが、気が付いたら夕食の食卓だった。
私はその日一日いったい何をしていたんだろ。
母に訊くと、「いつもどおり、フラワーガーデンに行くと言って出掛けたわよ」との答えだ。
恐ろしいことに、私にはまったくその記憶が無かった。
「これは酷いわ。カウンセラーに相談してみる必要がありそう」
とりあえず、学校には、時々、カウンセラーの人が来る。その人に聞いてみよう。
(続く)