日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第614夜 古い書籍の中に

◎夢の話 第614夜 古い書籍の中に
 28日の午前5時に観た夢です。

 アルバイトで古本屋に勤めている。
 ある日、店に出勤すると、店主が言った。
 「今日はオークションに連れて行ってやる。観たことないだろ」
 蔵書家が亡くなり、その遺品が処分されることになったが、如何にも大量だし、中には希少な書籍もある。そこで売り立て会が開かれることになった。
 そこで店主は、オレの勉強のために、そこに連れて行くと言っているのだ。

 ま、否も応もない。オレはそのまま上着を着て、店主について行った。
 会場は大きな倉庫のようなところで、書籍が十万冊以上、並べられていた。
 「これが個人の蔵書なんですか。田舎の図書館くらいありますよ」
 「故人はよほど本好きで、かつ金持ちだった。こういう場合は後ろの方が重要だけどね」
 すぐにオークションが始まった。
 さほど値の付かない書籍は、それこそブロックごとで、ひと山数百冊を1ロットとして、競りを行う。
 最初のうちは、ほとんど値が付かず、下値付近で落ちた。

 7割を超え、8割の書籍が売却されると、次第に高額本に移って行く。
 十冊ごと、5冊ごとと冊数も減り、ついには1冊ずつの出品になった。
 ひと山いくらだった書籍が、今は1冊数万円のスタートだ。
 ここでオレは席を離れ、横のほうに積んである出品物を見に行った。
 「なるほど。大半が初版本ばかりだ」
 書籍の体を為していないものもある。
 そのうちのひとつが青焼きの印刷物だった。
 「懐かしいな。こういうのは今どき設計屋しか使わない」
 下値を見ると、三百万円だ。
 驚いて、その紙を見直すと、そいつは宮沢賢治が存命中に自分で製作した『銀河鉄道の夜』だった。賢治は作品を書き上げると、自らその原稿を複写して、知人に送った。
 製作数は百部に満たず、残っているのはほんの少し。
 若者が眺めているのに気が付いたのか、隣にいた老人が呟いた。
「そいつは五百万でも落とせないよ。ファンがいるし、図書館・博物館も欲しがっている。青焼きが色変せずに残っていたのは、まさに奇跡だね」

 展示コーナーの端に行くと、古ぼけた書籍が置いてあった。
 オレがそれに目を留めていると、係員が説明してくれた。
 「それは大したことないよ。無名の作者だし。もっと前に競る筈だったのに、運搬中に落ちていたんだ。明治の本だし、ま、誰か買うだろうから、最後に出すけどね。大した本じゃないから触ってみてもいいよ。こういうのは初めてなんだろ。それなら記念に買っとくといい。千円で落ちるから」
 オレはその本を手にとって見た。
 分厚い本で、とりわけカバーが分厚い。
 書名は、神谷龍鳳著になる『神の国』だった。
 「ありゃ。これは昨日、先生のところで見せて貰った本じゃないか」
 オレの師匠は文学部の教授で、昨日はその先生の家に遊びに行ったのだ。
 ここでオレは先生が言ったことを思い出し、表裏のカバー療法に触ってみた。
「これは・・・」

 それから、オレは競り席のほうに戻った。
 競りが終盤となり、ついに最後の1品になった。
 「最後は神谷龍鳳の『神の国』です。残り物に福と申しますので、縁起が良いかもしれませんよ。まずは1千円から始めます」
 会場から失笑が漏れる。さすがに誰も手を上げない。
 その気配を見はからって、オレは手を上げた。
 「2千円」
 そこで隣の店主が声を掛けてきた。
 「その本欲しいの?」
 「僕が自分で払います」
 オレは会場に入るときに登録してあったから、入札にも参加出来る。

 これで落ちてくれれば良かったが、前の方にいた40歳くらいの男が後ろを振り返った。
 男はじっとオレの顔を見ている。
 「じゃあ、3千円」
 さすが、その道のプロだ。「この若造は何かを見つけやがった」という勘が働いたのだろう。
 「5千円」
 「8千円で」
 再び男が俺の顔を見る。
 隣の店主は、「おいおい。大丈夫か」と呟くように言った。

 オレが「1万6千円」と競り上げると、またもや男が後ろを向く。
 少し思案した様子で、「1万7千円」と競り人に告げる。
 「ははあ。振りが小さくなった。あいつはそろそろだな。あの本の本当のことを知らないのだ」
 ここで、オレは一気に話をつけようと、競り人に告げた。
 「25万」
 すると、会場の全員が振り返って、オレの顔を凝視した。

 この時、オレの頭には、昨夜の師匠の話が蘇っていた。
 「神谷龍鳳は執筆に人生の総てを捧げ、これが完成すると、貧困のままに亡くなった。その原稿を読んだ地方の小さな出版社がそれを刊行することにしたのだが、やはり会社自体貧乏だから、余裕が無い。だから装丁がスカスカだった。とりわけ、表裏の表紙は一見立派だが、内側には隙間が空いているんだよ」
 何が幸いするかは分からないものだ。
 神谷龍鳳の書籍を最初に買い求めたのは、金持ちたちだった。
 金持ちたちは、書籍の表紙の隙間に「へそくり」を入れるために、その本を買ったのだ。
 その隙間には、国立銀行札がぴったり入るスペースがあった。
 明治初中期の百円なら、当時の金でも家が一軒建つ。
十円札でも、結構な額になる。

 「あの厚さとあの感触。あのスペースにぴったり嵌る札が数十枚は入っているということだ」
 オレは生来、勘が働く。人の言葉の真意を見抜くことも得意だが、こういう時も表紙の裏側が見えるような気がする。
 「何も入っていない」という可能性もあるが、そんなのを恐れていては、何ひとつ成し遂げることは出来ないのだ。
 ここで覚醒。

 夢の中の「オレ」は「田中」という名前だったと思います。
 夢の中では、「神谷龍鳳」は少年時代に臨死体験があり、そこで見聞きしたことを小説に書いた。ダンテの『神曲』みたいな作品だったのだが、金持ちがへそくりを確かめるために、この本を開くうちに中身を読むようになり、そこから世に出た。
 今では宗教団体のテキストとなっていて、毎年30万部は売れる。
 そんな設定でした。
 夢の不思議なところは、時として設定が細部にまで及んでいるところです。