日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第660夜 仮面男

◎夢の話 第660夜 仮面男
 15日の午後4時の午睡時に見た夢です。

 気が付くと、門の前に立っていた。
 季節は夏。夕方の7時近くになり、周囲が薄暗くなっている。
 目を凝らして門柱の看板を見ると、「凸凹医科大学」と書いてある。
 「そう言えば、俺はここに友人がいたな。そいつのところに行こうとしているのか」
 ぼんやりと今の状況を思い出す。
 同期のMはここで教授を務めている。
 俺はそいつのおかげで命が助かった。
 車に乗っている時に、直前を走っていたバスがテロで爆破され、俺の車まで火達磨になった。
 俺は全身を火傷し、最初の医師からは「助からない」と言われたらしい。だが、たまたまMが人工皮膚の専門だったから、開発中の新技術を試してくれたのだ。
 俺は体の表面の90%がこの人工皮膚で覆われている。元の肌が残っているのは、両掌と両足の裏だけだ。
 こう書くと、推理小説に出て来る「スケキヨ」の姿を思い出すかも知れないが、外見はまったく普通の人と変わらない。毛穴が無いから、若干つるっとした印象で、幾分爬虫類っぽい風貌になったが、何せ若くなった。
 俺は53歳なのだが、外見は二十歳を少し越えたくらいにしか見えないだろう。
 難点を言えば、どこかの国のタレントみたいに目鼻立ちの整いすぎた整形顔だということだけだ。どこか情が薄いように見える。

 研究室に入ると、Mが机に向かってごとごとと何かをやっていた。
 俺はMの背中から声を掛けた。
「おい。来たぞ」
 Mは30年来の友だちだから、挨拶も気を遣わずに済む。
 Mが振り向く。
 「お。金堂。調子はどうだ」
 「お陰様で絶好調だよ」
 Mの隣に立ち、机の上を覗いて見る。
「おいおい。こいつはプリント※っこじゃないか。お前はこの国の最先端を行く研究者だと言うのに、今もこんなのを使ってるのか」
 「俺は普段はアナログなんだよ。電話だって、ほれダイヤル式だ。こういうのを使っていると、心が慰む。モニターばかり見ていると、頭がおかしくなって来るだろ。そこでこういうのを使う事で、固まった頭がほぐれる」
「ま、そういうこともあるだろうな。IT技術者の中には中年になると、仕事を辞めて農業を始めるヤツがいる」

 その時、ドアが「コンコン」と音を立てた。
 「どうぞ」とMが返事をする。
 すぐにドアが開き、女子学生が3人入って来た。
 この学部の学生なんだな。
 医学生にしては、きちんとした身なりで、化粧もバッチリだ。
 今どきの若者らしく、2人は背が高く、頭が小さくて手足が長い。
 ミス何とかにも出たことがある。そんな感じの風貌だった。
一人だけは小柄だが、抜けるような色白だ。

「あら先生。お客さんですか」
 学生たちが俺に目を留める。
 ま、俺の外見は自分で言うのも何だか、その辺のタレントよりもハンサムだ。
 元々、背が高かった上に、今は全身がツールツル。
 実態は50オヤジなのだが、まあ、気付かれることはない。
 Mは一瞬考えて、学生たちに俺を紹介した。
 「この金堂君は、私の同期の息子さんなんだよ」
 なるほど。俺の素性を隠すことにしたか。ま、その方が面倒が無くていい。

 「この子すごくハンサムね。あら御免なさい。私たちより年下に見えるから」
 タレントの「ナナオ」似の女がじろじろと俺を見る。
 「本当だわね」
 もう一人のでっかいのが相槌を打った。
 すると、小柄な子が口を挟んだ。
「御免なさいね。この人たち。遠慮がなくて」
「いえ。大丈夫です」
 この子の控えめな口調に、俺は少し心を惹かれた。
 (彼女にするならこの子だろうな。他は少し派手すぎるもの。こういう控えめな子が夜にがらっと変わったら楽しそうだ。)
 とまあ、外見は若者だが、俺の頭の中はやはり中年のスケベオヤジだった。

「あら。好美ちゃん。何だかいつもと違うわね。金堂さんのことが気に入ったの?」
「やめて頂戴。初対面なんだから、そんなことなんて考えないわ」
「え。この子なら私は良いけどな」とナナオ。
 ここでMが割って入る。
「おいおい。いきなり金堂君の品定めをするのはやめてくれよ。金堂君にも都合があるんだからね」
 Mは渋い表情だ。

 突然、窓の外で「ドーン」「ドドン」という音が響く。
 花火が打ち上げられた音だった。
「そう言えば、今日は夏祭りだったな。盆踊りもやるはずだが、ここいらでは、盆踊りで踊る曲が東京音頭だ。何かピンと来ない。万博の曲を流されてもな」
 Mの呟きに、小柄な好美が反応した。
東京音頭は万博じゃないよ。あれはオリンピックですよ」
「そうか。そうだったな」
 その話を聞いていて、俺の頭に疑念が湧き上がった。
(おいおい。今どきの子が東京音頭が五輪音頭だったって知ってるのか?) 
 何だかおかしいぞ。
 ここで俺は、女たちの様子を観察することにした。
 もしかして、俺みたいに若返ったオバサンではないかと思ったのだ。

 人工皮膚は完璧なようでも、やはり幾つか弱点がある。
 腋の下や膝の裏側など関節が折れ曲がるところにほんの少し皺が出来るのだ。
 あとは耳の下に、うっすらとL字型の皺が出来る。
 顔は皮膚を引っ張って、滑らかに見せる必要があるから、そこで留めているのだ。
 何気なく確かめると、女たちの耳の下にはやはりこの印が付いていた。
 残念なことに、俺が心を惹かれている好美ちゃんにも印がある。
(こりゃ、俺と同じように、Mの被験者たちだったのだな。道理で東京音頭のことを知っている訳だ。となると40は越えてるよな、こりゃ。)
 でも、悪い事ばかりでは無い。
 相手が大人なら、躊躇せずに口説ける。
 今の俺は独り身だし、俺は好美ちゃんを口説いて彼女にしよう。
 (仮に45歳だとしても、俺よりだいぶ年下だものな。)

 「その前に、トイレに行っとこう」
 俺は我知らずそのことを口に出して言っていたらしい。
 すぐにMが食いついた。
 「何が『その前に』なんだよ」
 Mはうっかり、友だち口調で話をしている。
 「いや。何でもないよ。ちょっとトイレに行って来る」
 俺は部屋を出てトイレに向かった。
 トイレで小便をしている時も、廊下を歩いて戻る時も、俺の頭は好美ちゃんのことで一杯だった。

 研究室の前に戻ると、ドアが半開きになっていた。
 さっき、俺が外に出た時に、きちんと閉めなかったらしい。
 ドアノブに手を掛けると、Mの声が聞こえて来た。
 「いい加減にしてくれ。学生にちょっかいを出したかと思えば、今度は金堂にまで。すっかり色気ババアじゃないか。僕はそんなつもりで治療したんじゃないよ」
 ふーん。やっぱりね。あの3人は俺と同じで被験者なんだな。
 「いいじゃない。それくらい。私らだって青春を楽しみたいよ」
 これでMがすっかり切れた。
 ドンと机を叩くと、大声で叫んだ。
「何が青春だよ。外面は若者かも知れないが、中身は年寄りじゃないか。若者をからかったりしたらダメだ」
 え?別に俺は50男で、今のこれは仮面なんだから、相手がオバサンだろうが平気だが・・・。

 さらにMの声が響く。
 「母さんも叔母さんたちもこういうのは止めてくれよ。もう80を過ぎているんだからさ」
 ここで覚醒。