日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第663夜 峠の関所

◎夢の話 第663夜 峠の関所
 9日の午前5時に観た夢です。

 我に返ると、俺は道の真ん中に立っていた。
 「ここはどこで、俺は誰なんだろう」
 まったく思い出せない。
 隣を見ると、着物姿の女と、これまた着物を着た5歳くらいの女児が立っていた。
二人の顔には、疲労が色濃く出ている。
 「疲れたか。次の宿場までもう少しだから頑張るんだぞ」
 ああ、この女は俺の妻で、子どもは娘だったな。
 何となく思い出す。
 二人とも背中に大きな箱を背負っている。重そうな箱だから、これで歩くのはきついだろ。
 自分の背中に手をやると、俺自身も箱を背負っていた。
 ついでに頭に手を向けると、俺の頭には丁髷が載っていた。
 「俺って、江戸時代の人間だったのか」
 妻や子の姿から見ると町人だな。それも、おそらく薬商人で、薬種を運んで、行く先々で商いをしているのだ。
 なんだか滑稽で、思わず笑みがこぼれる。
 すると、すぐに妻らしき女がそれを見取った。
 「何を笑っているのです。私らはほとほと疲れ果てていると申しますのに」
 うわあ。何時の世でもどんな境遇でも、「妻」は同じようなことを愚痴るらしい。
 そこそこの美人だが、性格はキツい。ま、母親になると、大体、女は性格がキツくなるし、根性も悪くなるもんだ。十六七の娘時代の優しさは一体何処に行ってしまうのか。
 俺は横の方を向いて、知らぬ振りをした。
 「次の宿場までは、あと一里半だ。頑張ってそこまで歩こう」
 街道の前後には、人がまったくおらず、四方八方に荒れた野山が見えるばかりだ。
 三人でひたすらその一本道を進んだ。

 それから二刻ほど経ち、ひとつ峠を越えたところで、娘が声を上げた。
 「あ。人がいる」
 峠の下り道の中ほどのところに人が集まっているのが見える。
 道の両脇には竹の柵が設けられている。
 「関所があったか。ではようやく国境に着いたのだな」
 国境を超えると、すぐ先に宿場がある。
 関所に近付くが、しかし、この時は普段の関所の有り様とは違っていた。
 険しい顔をした侍がぞろりと立ち並び、通行人を睨んでいた。
 「よし。一人ずつ掌を差し出せ」
 列の二十人前の旅人が右手を差し出す。
 すると、侍の一人が何か二寸位の長さの金属の棒のようなものをその掌に当てた。
 「行ってよし!」
 次の者にも同じことをしたが、何事も無く、その旅人が歩き去る。

 「あれは一体何をしているのだろう?」
 俺の数人前に並ぶ男が呟いた。
 すると、その男の前にいた侍が男に答える。
 「鬼を探しているのだ。昨日の夜にここから二十里手前の村で村人全員が食い殺された。手足が食い千切られて、惨憺たるものだったぞ。その下手人たる鬼がこっちに向かったという話を聞き、こうやって調べているのだ」
 「あの棒は何なのでしょうか」
 「あれはな。銀を当てているのだ。鬼は銀が嫌いで、直接肌に当てると火傷をする。だからああやって確かめているのだ」
 「しかし、こうやって大仰に通行人を止めてやっていれば、鬼の方もそれと察して逃げてしまう話でがんしょ」
 「ま、それもそうだが、その鬼は人に化けると言う者がいるのだ。人の中に隠れ、いざという時にだけ本性を現す。普段はまるっきり人で、突然、鬼になるのだ。そういう噂があるから、念のために調べておる」
 「念のため、ですか」
 「そうだ。わしだって、そんなことは信じておらぬ」

 この時、不意に前の方で騒動が持ち上がった。
 目の前の侍の形相が一変した。
 「鬼か」
 侍はすぐさま刀を抜き、前の方に走った。
 騒動の主は、お伊勢参りに向かう途中の男だった。
 男は直ちに捕らえられ、縄で縛り上げられた。
 先程の侍が再び戻って来ると、皆の前でひとつ溜め息をついた。
 「手配中の盗人だった。お伊勢参りの姿に身を窶して、他国に逃れようとしていたのだ。鬼ではない」
 ま、「鬼を探す」ような突飛な話だから、そうそう現場に行き当たるはずが無い。

 人の列がまた元通りに戻り、再び順番に検査を受け始めた。
 程なく、俺の家族の番が来た。
 「よし。娘。最初はお前だ」
 侍が俺の娘に銀の棒を押し当てる。
 その侍はその棒を娘の手から離すと、じっとその跡を見詰めた。
 「やや。赤くなったぞ。こいつはもしや・・・」
 周囲の侍たちが一斉に気色ばむ。
 「見よ。こやつの掌を。赤い発疹が出来ている」
 俺は慌てて叫んだ。
 「違います。違います。この子は生まれつき肌が敏感でして、鉄でも銅でも肌に押し当てると赤くなるのです。娘はけして鬼ではありません」
 俺は俺の娘を引き寄せ、守ろうと身構えた。
 「金属アレルギー」という言葉が頭に浮かぶが、今の俺にはそれが何の意味かは分からない。俺は侍のいる世界の住人なのだ。
 「本当なのか」
 「はい。火箸の先を腕に当ててみて下さい。やはりすぐさま赤くなりますから」
 大切な娘をこんなことで失ってしまっては堪らない。
 俺は必至で、娘を庇った。

 一人の侍が番屋の中に入り、火箸を持って戻って来た。
 「熱くないでしょうね」
 火鉢に刺さっていた火箸なら、娘が火傷をしてしまう。
 「大丈夫だ。頭のほうを当てるから」
 侍は持ち手の先を娘の腕に当てた。すると、瞬く間に娘の腕が赤く腫れ上がった。
 「なるほど。この娘は病を持っているのか」
 周囲から安堵の声が漏れる。
 よほど鬼を怖れていたのだ。
 「そんなに恐ろしいやつなんですかい。その鬼ってやつは」
 すると、一番奥に座っていた差配役らしき侍が立ち上がり、俺の方に近寄って来た。
 「そうだ。そいつは本当に恐ろしいやつなのだ。とてもこの世のものとは思われぬ。何処かほかの世界から現われたのかと思うようなけだものなのだ」
 「まさかそこまでとは」
 「そいつは、昨夜三十人を食い殺した。その前の晩には十七人だ。夜の間に動き回るようだが、しかし油断は出来ぬ。まあ、昼のうちなら幾らかは有利だろうと見て、斯様なことをやっておる。ぬしたちも十分に気をつけるのだぞ。宿屋で同宿する者のことをよくよく注視するのだ。少しでも異変を感じたら、直ちに逃げるのだぞ。食い殺されてしまうからな」
 「人の姿に化けるそうですが」
 「そうだ。人の姿に化けられるから、容易に人に近付くことが出来る。そうして、ある一瞬で鬼に変じて、周りの者を食い殺すのだ」
 恐ろしい話だ。人の姿をしているのでは、どれが鬼かは見分けがつかぬではないか。

 再び調べが再開された。
 列が元のように一列に戻り、侍たちが思い思いの位置に戻った。
 「そう言えば、薬屋。お前はまだだったな」
 侍の一人が俺の掌に銀の棒を押し当てた。
 すると、俺の掌は娘と同じように赤く変わった。
 「何だ。お前は父親だけに、娘と同じ病を持つと見える」
 だが、その時、俺は自分の体の中で、俺の意識が隅に押しやられるのを感じていた。
 まるで頭の中にある小さい部屋に入れられでもしたかのような感覚だ。
 自意識ががんじがらめに囚われ、体が思うように動かなくなった。
 「うわあ。こいつだ。こいつが鬼なのだ」
 侍たちが右往左往に走る。
 俺、というより俺の中に潜んでいた何かが目覚め、俺の体を支配した。
 俺の体は俺の意思とは裏腹に勝手に動き、周りの侍を掴んでは、次々に五体を引きちぎった。
 俺は「なるほど。俺の中に鬼が潜んでいたわけだな」とぼんやりと考えた。
 たぶん、俺の妻も子も俺の仲間で、一緒に人を襲って来たのだろう。
 ここで覚醒。