日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌

◎病棟日誌
 両隣のベッドはいずれも女性で、双方かなり重篤。いつも血圧が230くらいに上がる。山のように薬を飲んで、症状を抑えている。
 右側は30台の女性だが、最近、少し話をするようになった。
 病棟の患者全体が「かなりしんどい」病状なので、普段は話はおろか挨拶もしない。
 皆、自分のことで精一杯で、今日を生きることに必死だからだ。
 3年目にして、少しだけ話すようになったが、きっかけは田舎のお土産を配ったことから。お菓子が余ったので、両隣と向かいの女性患者にあげた。
 それで挨拶もするようになるし、話もする。
 何かあったら、やはり心づけを配るものなんだな。
 昔のひとの知恵はスゴイと改めて思い知らされる。
 子どもたちが結婚する時には、会場の外で餅を撒こうと思う(w)。

 右隣の女子は、小学校の時から、かなり思い病気を繰り返して来たらしい。
 今日は「ずっと病院にいる」と溜め息をついていた。
 さすがに可哀想になる。自分の娘がこうだったら、と思うためだ。
 デートもせず、結婚も出来ず、病院で一生を過ごす。

 半入院病棟だから、半分は家にいるが、しんどくて寝ていることが多いと思う。
 ジジババ、オヤジはともかく、30台では嘆きたくもなる。
 「病気と仲良くしていくほかは無いよね」と慰めた。
 私も30歳の時に心停止を経験している。

 あの世が近いと、やはり見るべきものを見るらしい。
 この女子も「あの世の住人」の姿を見た、とのこと。
 言葉少なめだが、ほんの少しそれらしきことを言っていた。
 私も文字では書くが、普段、口では語らない。

 70台以降でここに来ると、多臓器不全症に陥っているから、さほどもたない。
 せいぜい半年か1年。
 持ちこたえられるのは、50台より下の者だ。
 3年半前にここに来た時、私は入所順に数えて20番台だったが、今は3番目か4番目になった。
 大体が救急搬送で去り、その後、戻って来ない。

 60歳くらいから先は、この病棟の中だけでなく、今は健康なひとだって同じようなものになる。
 一日一日を噛み締めて生きられるので、むしろ幸運な方なのかもしれん。