日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 478夜 めざめ

◎夢の話 478夜 めざめ

眼を開くと、オレはベッドの上にいた。
 「ここはどこだろ?」
 自分の部屋だな。
 そう言えば、確かオレは病気で入院していたが、昨日退院して家に戻ったのだ。
 「でも、ここはどう見てもマンションの一室だよな」
 1DKのワンルームで、8畳くらいの広さの部屋だった。
 女房や子供がいたような気がするが・・・。
 頭がぼうっとして、細かいことがよく思い出せない。
 「じゃあ、最初から行こう。オレの名前は」
 平田だな。三十六歳で、フリーのライターだ。専ら統計のことを専門誌に書いているから、統計ジャーナリストと言っても良い。
 「あ。やっぱり独身だった」
 だが、何となく不自然と言うか、ぎくしゃくした感がある。

 「今日は何日だろ」
 カレンダーを見ると、2月19日の所に丸印が描いてある。
 これがたぶん退院日だから、今日は20日だ。

 「三学期の期末テストが始まる頃だ」
 ここで、急に記憶が甦った。
 「いけね。入院してから、学校に連絡してないぞ」
 そう言えば、オレは大学で講座を持っている。今年だけ特別で、急に付属高校の社会の教員が急病になったので、そっちの代講もしていた。
 期末テストってのは、高校の方の話だ。

 ほぼひと月の間、オレは無断欠席していたことになる。
 ひとり暮らしなら、オレ自身が入院したなら、誰も知らせる者はない。
 退院したってことは、途中で電話てても良さそうだが、そういう記憶は全くない。
 「あれよあれよって感じだったからな」
 事情を話せば分かってくれそうな気もするが、無断で一か月も休んだら、懲戒免職ものだ。
 すぐに着替えて学校に行かなくては。
 オレが突然、学校に戻ったら、皆びっくりするだろうな。
 三年生のひとクラスとは仲が良いから、奴らが真っ先に声を掛けて来るだろう。
 男子の1人がきっとこう言う。
 「急にいなくなって、どうしてたんだよ。村木先生」

 「ありゃりゃ。ちょっと待てよ。村木先生だと」
 オレの名前は平田で、統計ジャーナリストじゃなかったのか。
 「いや。そうだよ。オレは平田だ」
 すると、頭の後ろの方で声がした。
 「でも、オレは村木のいう名で、教員だよ」
 頭の中であれこれと記憶が錯綜する。

 「じゃあ、もっと丁寧に行こう」
 平田健吾としてのオレは平成元年生まれだ。関東北部の高校を出て、東京の大学・大学院に進学し、そのまま今の仕事に就いている。
 ところが、その一方で、村木孝としての記憶もある。こっちは昭和39年の北海道生まれで、女房も子もいる。
 オレの頭の中では、その二人の記憶がぐちゃぐちゃに入り混じっていた。
 記憶を区別することなど出来ないし、しかし、双方とも極めて明瞭なものだった。

 「さて、冷静になろう。こういう事態って有り得るのか」
 もちろん、オレが薬物をやっていないということが前提だが。
 何度も考えたが、答えはひとつだった。
 「なるほど。オレはもう死んでいるんだな」
 しかも、オレは「あの世」、すなわち、三途の川の向こう側にいるってことだ。

 人が生きている時は、肉体で他と分けられている。自意識は肉体から発しているから、「個人」というのは、体を持つ人間のことだ。
 人が死ぬと、肉体が消滅する。しばらくは、体が無くなっても、生前の個人の意識のままでいる。これが幽界だ。幽界にいる霊だから、この状態にある者のことを幽霊と呼ぶ。
 次の段階は霊雲だ。「霊雲」とは霊界にある「霊団」のことで、沢山のひと、生前は個人だった魂が集まり融合したものだ。百万人から八百万人分の魂が集まったもので、見た目が「雲」にも見えるから、「霊雲」と呼ぶわけだ。
 個人が肉体の殻から完全に抜け出て、霊雲(団)の中に入ると、総ての魂の記憶や感情を共有することになる。このため、同じ霊雲の中に入れば、「オレ」には百万から八百万分の記憶があるわけだ。

 「なら、今こうやって、2人分の記憶を持って目覚めたということは、あくまでたまたまのことなんだな」
 霊雲は雲に似ている。
 そして雲の中には色んな動きがある。
 それがたまたま平田や村木の「個人としての記憶」を呼び覚ましたというわけだ。

 「もしそうなら、この部屋だって、一時的に作られたものの筈だな」
 これは、平田健吾としての記憶が形成したものだ。
それをはっきりさせるのは簡単だ。
 「ドアを開いて外を見ればいいわけだ」
 そこでオレはベッドから起き上がり、入り口の方に歩み寄った。
 ドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を引く。

 扉の外側は、真っ白い雲の中だった。
 飛行機に乗っている時、窓の外に見えるのと同じ光景だ。
 「たまたま、ここに2人分の囲いが出来ていた。そういう訳だ」
 すなわち、オレは平田であり村木であり、そして他の沢山の魂でもある。
 この雲はオレの仲間たちであり、そしてオレ自身だった。

 オレの背後で部屋の扉が閉まる。
 振り返ると、さっきまでオレがいた部屋は既に消失していた。
 そして、オレ自身も小さな水煙のように散らばって行く。
 程なく、オレも雲の一部に戻るのだ。
 
 ここで覚醒。

 「夢の話」は、「起床直後に、15分程度で書く」のが決まりなので、端折って書きましたが、丁寧に書いてゆけば、物語になりそうな筋です。あるいは「お経」かも。