◎夢の話 第479夜 光
眼を開くと、真っ直ぐ前方に白い光源が見える。
それは丸い球のようなかたちをしていた。
「あれは何だろう」
じっと考えるが、見当がつかない。
母親が掛けてくれた布団が重く、暑くて寝苦しい。
胸の前を開いて、空気を入れたいのだが、左右の手は前後に少し動かせる程度だ。
「ああ。オレは赤ん坊なんだな」
たぶん、六か月かそこらなんだろう。もっと下かも。
となると、今、真上に見えているのは電球だろう。
オレは部屋の真ん中に敷かれた布団の上に寝かされ、天井を向いているわけだ。
「おいおい。これじゃあ、動けるようになるまで、あと1年か2年かかる」
途方もなく長い時間だな。
首の周りに汗が溜まっていて、次第に痒くなってきた。
早く母親が来て、抱き上げてくれんものか。
ま、今は働いているだろうから、しばらくは無理だな。
仕方なく別のことを考える。
上に見える光は、前にも見たことがある。
この世に生まれる前にも、あんな光を眺めていたような気がする。
太陽みたいな光源の周りをふわふわと回っていたんだよな。
それよりもっと前にも見たことがあるぞ。
あれは、オレが詰所に潜んでいた時のことだ。
オレたちは町屋の幾つかに分散して隠れていた。
飢饉に乗じ私腹を肥やす商人を襲うためだ。
既に、この町に来る前にも、悪徳商人の蔵を開放し、困窮する民に食料を分け与えていた。
オレは武士で、その悪徳商人の首を刎ねた。
「私は殺されるような悪事を働いていない」
そう商人は言ったが、困窮した百姓に高利で金を貸し、払えないから土地を取り上げるという商売で資産を増やして来た奴だ。
悪気があったかどうかは関係ない。存在そのものが悪なのだ。
今度は一箇所ではなく、複数の商人宅を同日中に襲う段取りだった。
ところが、襲撃の二日前の段になって、オレの許に報せが届いた。
「母が危篤だ。最期を看取ってやってくれ」
オレの兄からの伝言だった。
オレは少しく思案したが、結局、母親の顔を見ておくことにした。
オレが加担しているのは一揆だから、いずれにせよ、この先、首謀者は死罪になる。
母もオレも、先は長くない。
母の住む家までは二里半だから、半日で戻って来られる。
冬の日だが、この日は快晴だった。
道の半ばで空を見上げると、珍しくお天道様が頭上に見えている。
真ん丸で、まばゆい光を放っていた。
峠道に差し掛かる。
この峠を越えると、母の家まではそんなに遠くない。
凍てついた道を踏みしめ、小走りで先に進む。
坂道を上り息が切れたので、少し歩調を緩める。
ここで初めて、周囲の状況に眼を向けた。
左右とも小高い土手になっている。その土手の向こう側からうっすらと白煙が立ち上っていた。
「こんな所に水煙。いったいあれは何だろ」
馬が吐く息や、あるいは焚き火から立ち上る煙の色だ。
その答えはすぐに分かった。
白い蒸気は、馬が吐く息と、焚火の煙の両方だった。
「しまった。謀られたか」
母が危篤だという報せは嘘で、オレを陥れるための奸計だった。
一揆の内部に内通者がおり、役人に知らせていたのだ。
それに気が付いたオレは、慌てて道を引き返した。
すぐさま、オレの後ろで足音が響く。
「待て」
やはり、土手の後ろには捕り手が隠れていたのだ。
馬の蹄の音が間近に迫る。
ひゅうひゅうと矢が飛んで来る。
そのうちの1本がオレの背中を捉えた。
オレは二三歩歩き、そこで倒れた。
矢傷は致命傷で、心臓と肺の間に深く突き刺さっていた。
オレは体を捻じり、顔だけを上に向けた。
「ああ。オレはここで死ぬのか」
志は半ばだが、まあ、こんなこともある。
空の上には、冬の太陽が白く光っていた。
「この光はあの時に見たお日様に似ているなあ」
赤ん坊のオレは、そんなことを思い出しながら、頭上の電球を眺め続ける。
ここで覚醒。
夢中夢の一揆の件は、何百回も夢に観ます。
私は大塩平八郎の一揆に加わった下級武士で、戦列の前の方にいました。
何軒か豪商を襲い、商人の首を刎ねました。
そういうのは侍の仕事なので、私や数人の侍仲間が受け持った。
惣大将は大塩平八郎ではなく、息子の方だったことや、私が隊列の前から七番目の左端にいたことなども夢に観ました。
三十台の頃、たまたま入手した古文書の中にこの一揆に関する詳細を記した資料があったのですが、夢の話と合致する箇所が多く、驚きました。
隊列左の七番目の男、すなわち夢の中の私については、ぴったり該当する人物がいるようです。
困ったことに、時々、頭の中で「悪徳商人やウソツキ政治家の首を斬りに行け」という声が聞こえることがあります。
前にやったことがあるので、容赦なく落とせるだろうと思います(苦笑)。
決め言葉はこれです。
「お前たちひとり1人が悪人だと言うわけではない。お前たちの存在そのものが悪なのだ」
もちろん、あくまでこれは夢の話ですよ。