大切なお知らせ
日刊早坂ノボル新聞をご愛読いただいている皆様へ
早坂ノボルの息子です
突然のお知らせとなりますが、私の父、早坂ノボルが2025年9月23日に永眠いたしました。
生前は皆様に暖かく見守っていただき、心より感謝申し上げます。
父はこのブログで、自身の病棟での生活や不思議な体験、世の中の様々な事に対する私見や得意料理の感想などを綴ってきました。
中には、私の知らない父の一面がみられる記事もあり、今更ながら新しい一面を知る事ができた喜びと、生前に話しておくべきだったと思う後悔が、私の中で入り交じっております。
私見ですが、おそらく父はまだ生きるつもりであったのだろうと思います。
様々な方と会う約束、まとまっていない重要な書類、そして何より、23日の通院から帰ってきた後に私と母と父の3人でラーメンを食べに行こうと提案してくれた事から、少なくとも本人は当日家に帰るつもりであったと思うのです。
23日の朝に、母と2人で仲良く朝食を作っていたのを、今でもはっきりと覚えています。
同居している自分や姉の為に、通販で買ってきた梨を剥いてくれた事も、寝惚けている私に対して「行ってきます」と既に疲れたような顔で言ってくれた事も、鮮明に思い出す事ができます。
まだ実感はありません。
ひょっこりと家に帰ってきて、自身の身体や病院の愚痴を言いながらリビングのお気に入りの場所で寝転がる姿を、どこか待っている自分がいるのです。
おそらく、いなくなったと実感するまで長い期間がかかる事でしょう。
それまでは、父の思い出や日々の事は、今後このブログで少しずつ振り返っていきたいと思います。
葬儀は家族のみで執り行う予定です。皆様にご心配をお掛けしないよう、簡単ではございますが、ここにご報告させていただきます。
どうか皆様もお身体に気をつけてお過ごしください。
◎(霊界通信)夜中に揺すり起こされる
◎夜中に揺すり起こされる
二十三日の午前二時。
居間で眠っていたが、誰かに揺すり起こされた。
隣室では、この日休日の息子がまだ起きていたが、息子ではない。
手の感触が鮮明だったので、PCの前に行くと、画面が点いていた。十二時頃にSNSを観たのだが、その時のままだった。
画面には、FBの過去ログが紹介されていた。
時々、「過去のこの日の記事」が再掲されるのだが、ちょうど二年前のこの日の記事だった。
八幡神社での自撮りが薄らぼんやり写っている。
この当時も違和感を覚えていたが、私が前後の二重扉にズレ映りしている様子が不自然だ。
袖のあるジーンズのシャツを着ていたが、左腕は前のガラスでは袖が見えているが(青色)、肩に乗っている方は裸の腕のよう。
そもそも左肩の顔には、神があり、女性に見える。
ただぼんやりしているので、当時も無理に判断せず、保留にしてあった。
足元を見ると、私の脚の左に、ソックスを穿いた足が二本あるような気がする。なお、後ろは手水場で柱の無い位置だ。
カメラの位置がひとつなので、これを基準に測ると、私の左腕は消失している。
明暗をはっきりさせると、ちょうど消えた左肘のあたりに、子どものシルエットが見える。
肩口が頭の位置なので、小学生か。だがソックスの脚日本とは位置が合わない。
「前の私」と「後ろの私」の顔の角度が違うので、二重映りではなく別人だと思う。後ろのには髪の毛がある。
私の前方にも不自然な影があるが、ここでよく見かける母子と、その他にも人影が複数いると思う。
すぐそばに「穴(交流点)」があるから、この場所では幽霊がよく写る。TPOが合うと、比較的判別しやすい画像が撮影出来る。
眠っている私を揺すり起こしたのは、このうちの誰かなのか。
「私を見て」「私はここにいます」と叫んでいたとしたら、哀れな話だ。
この人たちのいる世界は、いつも夜で、霧が充満している。
あてもなく彷徨い歩いて、自分が居るべき場所を求めている。
依然としてはっきりしない面が多いのだが、ひとまず起こされたので、朝までお焼香をして慰める。
私を起こしたのは、白いソックスの子どもだと思う。
追記1)この場所では、目視出来ぬ異変が画像に写ることが多く、数十枚に1枚くらいの頻度で説明の難しい画像になる。あの世を考える好機になるが、あまりお薦め出来ぬのは、後をついて来ることがあることによる。家に戻る時には、お清めが必要だ。
◎霊界通信R070922 アモン再考(または別の女について)
◎霊界通信R070922 アモン再考(または別の女について)
たまたま「九月十五日の画像」の参考にするために、令和元年のアモンを引き合いに出したが、新たな発見があった。
4枚目の画像には、アモンのいる層とは別の層(深さ)のところに複数の人影が写っているのだが、より鮮明なのは私の左側にいる女の顔だ。
背景には草叢などはなく板塀の位置なので、モヤモヤしているのは霊霧で、その陰に顔が見え隠れしている。
こういうのは、ブラインドと同じで、目を離して見ると(ズームアウト)、奥が見通せる。
ここにいるのは髪の毛が肩か胸元くらいまである女で、笑っているように見える。
今回、初めて発見した。
ちなみに、アモンの姿はかなり薄れてきたが、これもズームアウトすると、まだ分かりよい。
この女は「巫女さま」に似ているが、周囲の状況を見ると、「でっかい女」の方らしい。通常撮影の画像に少し見えている。
これは他の人には見えず、背中を触られている私だけが認識出来る性質の者だと思う。
なお、この時には「老夫婦」が写っていた。
サイズ的に後方30メートル位だが、角度的に夫婦は空中2メートルくらいのところに浮かんでいると思う。この神殿前では6千枚から8千枚の画像を撮影したので、どの位置に立って撮影すればどう写るかは検証してある。
「笑う女(=たぶん、でっかい女)」は悪心を持たぬ者だと思うが、それでもあの世の者が笑う表情は薄気味悪い。
人間同様、幽霊を顔で差別してはいけないが。
霊霧の中の影としては見やすい方で、判別はしやすい。
慣れて来ると、このモヤモヤ(霧)の形状だけで、そこに何かがいると分かるようになる。肉眼では白い煙に近く、「霊的な煙玉」の中に見える紋様と同じだ。
◎霊界通信R070922「お迎え」への対処(追補)その1
◎霊界通信R070922「お迎え」への対処(追補)その1
「お迎え」が来た時の状況については、これまで幾度も記して来たが、一度も書かなかったことがあった。今回それを少し補足する。
「お迎え(死神)」が来るというと、多くの人がイメージするのは、「夜一人でいる時に、気が付くと黒服の男が立っていて・・・」みたいな状況らしい。
このイメージは実態とは全然違っていて、「お迎え」は、「完全に覚醒して、物事の判断がつく状態の時」に、「周囲に人がいる・いないに関らず、生身の人と同じように」現れる。
これまで「お迎え」に会ったが、連れ去られずに生還した人の話を収集して来たが、殆どが遺族の語る内容で(二次情報)、自分自身が体験した話(一次情報)は僅かだ。
父や私が、その数少ないケースだが、いずれも周囲に人がいる時にやって来た。
父は自宅にいたが、玄関の呼び鈴が鳴ったので、ドアを開くと若い男が立っていた。
「大切な話がある」と言うので、中に招き入れると、その男は「奥さんを連れて行く」と言った。
日中で、隣接する自家スーパーは営業中だ。間近の倉庫にも店員が多数出入りしていた。
私の方は入院中だったが、夕食後にベッドに半身を起こしている時に、病室の扉を開けて二人組が入って来た。
別段、普通の人と変わりない身なりをしている。
八床の大部屋で、周囲にはほかの患者がいたし、看護師がひっきりなしに出入りしていた。
他にも生身の者が居るから、その二人の違いが歴然で、一瞥で「これは生きた人間ではない」と悟った。
この部分の状況について書き漏らして来たが、私(や父と言った当事者)以外の人には、その「若い男」や「二人組」が見えなかったのではないかと思う。
たぶん、他の人には、父や私が「空中に向かって何か話している」ように見えたと思う。すなわち妄想を抱いているように見えた。
この状況は物凄く怖ろしい。自分にはそれが存在しているのが見えるし聞こえるのに、他の者には一切認知出来ない。
遠縁の金太郎さんの件は、遺族の語る話だったが、末期がんで「最後の自宅滞在」の時に、日中に「青黒い顔をした男」が家の中にずんずん入って来た、とのこと。
これも昼食時のことで、農家だから周囲には家屋がいたと思う。(確認してはいないが、農家は皆で一緒に昼食を摂る。)
「お迎え」は周囲に人がいようがいまいが、関係なく目の前に現れる。傍に人がいることが意味を持つのは、対処できた後で関わって来る。(続く)
◎夢の話R070921「うっかりあの世に入る」
◎夢の話R070921「うっかりあの世に入る」
九月二十一日の午後十時に観た悪夢です。
午後七時に軽い夕食を食べると、すぐに寝入っていた。
(夢の世界で)我に返ると、テーブルの向かい側に「妻」が座って、くどくどと恨み言を述べていた。
「妻」は同級生だったような気がするが、小中高大学のどの時点の同級生なのか分からない。あるいは職場で知り合ったのかもしれん。
顔は見たことがあるようなないような。記憶にはあるのだが、どの記憶だったのかが分からない。
なんか違うよな。そもそも俺の妻は日本人ではなかったような気がする。
目の前の「妻」はひたすらくどくどと恨み言を述べている。
反論するとヒステリーを起こすから、黙って言うのに任せている。
(コイツの話は全部が自分の都合だよな。それを俺に押し付け、従わせようとしている。ウザい。)
上の空だが聞いているふりをする。
それでもさすがに飽きて来るから、窓の外を見る。
外は夜中だ。
だが、俺がこの椅子に座ったのは、まだ午前中だった筈だが。
なんだか、ずっと夜だったような気もする。
視線をソファに移すと、そこに誰かが座っている。
「あれ。この人は誰だろ」
女性らしいが、黒い影だけだ。
こんな女性は家にいたっけか。
俺は三十歳くらいだし、妻も三十二歳(年上だ)、まだ子供はいない。
「どうもうまくものを考えることが出来ないな」
妻にしても、この女にしても、ぽわんとテレビを観る時のような「他人事」感がある。
ここで愚痴をこぼす妻の顔をちらと見る。
あの人のような気もするが、別の人のような気もする。
ぼんやりと「結局、こういう人生になっていたのか」と思う。
俺って、昔の彼女の誰と結婚したにせよ、結局はそりが合わなくなって離婚するよな。
それで結婚離婚を繰り返す。
ここで二度目に我に返る。
「これって俺自身の人生か?」と自分に問うた。
ここはまるで・・・、あの世じゃねえか。
峠道を登って行った先にある、夜だけの世界だ。
ここには幽霊だけしかいないから、俺も死んでここに来たわけだ。
「ああ、ここは感情だけの世界で、ここではものを上手く考えられないのだ」
もう幾十年もここにいるが、外はずっと夜で、恨み言をずっと聞かされているような気がする。
「ああ、こんな妻はいっそのこと殺したいよな」
悪意を覚えるが、それもその筈で、ここはいわゆる地獄そのものなのだった。もう死んでいるから、この「妻」を殺すことすら出来ないのだった。
絶望感に襲われつつ、ゆっくりと覚醒。
具体的な恨み言の内容は書けぬので、薄い話になった。
だが、感じている内容は、かなり恐ろしく、夢自体は悪夢だった。
夢であり、総ては夢の世界なのだが、しかし現実のあの世にも繋がっている。
たぶん、先日の心不全の時に、ぎりぎりの状態で渡し綱を渡ったから、その影響があるのだと思う。
心不全の時には一時的に脳への血流が滞ったりするから、障害が出て、脳細胞が部分的に死滅したりする。
目が覚める直前に「ここは地獄だ」と気付き、ぶるぶると震えながら目が覚めた。
死ぬのが恐ろしいのは、それで消滅することではなく、その先があり、そこでは理性的な思考が一切出来なくなることだ。
「昔の彼女たちの誰かと結婚していたら、まずは必ず離婚していたし、それだけでなくその人の首を絞めていたかもしれん」
実際にはそんなことは考えなかったが、もの(外界)の眺め方に決定的な相違があるのに、そこに目を瞑って付き合っていた。
結局は欲望(セックス)が先に立っていたわけだ。
だが、二十台や三十台ならだれでも同じだ。
夢を観て、うっかりあの世に入り込んでいた。あの世は感情だけの世界で、眠ったことで理性の働かぬ状態になると、あの世に近くなる。
そこでも、やはり長椅子には「黒い女」が座っていた。
現実世界と全く同じだ。(これもまた怖ろしい。)
追記1)私は二十台の末に心停止を経験しているのだが、その時にも「夜だけの街」に入っていた。自分自身は救急病院で心臓の処置をされているのだが、意識は病院麻外に出て、街の様子を眺めていた。
医師の隣で自分の体を眺めている私と、外の路上に立ち街を眺める私の両方が並行して存在していた。
独特の気配や匂い?があるから、あの世界に入り込むとすぐにそれと分かる。
ただの夢ではないことが明白で、そのことで、「数日前の心停止の時に死んでいた、もしくは死んでいるべきだった」のだろうと思う。
魂を取りに来る者が居る一方で、中間に割り込んでそれを阻止しようとする者がいるような気がする。
直近で抱きかかえている者は、たぶん、守ろうとする側だ。このため、胸に入れている手は「守り手」ではないかと思ったりする。
やや不都合なのは、その「抱きかかえ、他の者から守ってくれている者」は、明らかに悪霊の仲間、すなわち私がアモンと呼ぶ者の仲間であることだ。
ま、善悪はこの世の者が頭で考えたもので、あの世では解釈が違う。
追記2)目が覚めると、夢とはまるで違う現実の妻がテーブルについていた。
で、長椅子の方には、いつも通り「黒い女」が座っていたと思う。(起きしなだったせいか、一瞬だけだ。)
追記3)「黒い女」はついさっきも室内にいたと思うが、いったい何者なんだろう?謎が深く、理解に苦しむ。
敵ではないなら、いったい誰なんだ。
こういうのがやたら多く、かつ目にも見えれば写真にも写るから困ったもんだ。
見る目の方も肥えて来て、たぶん、他の人が一切見えないものまで今は見える。ほんの少しの煙(霧)でそれがただの煙かそうでないかが分かってしまう。
逆にそのことが雑音になり、当惑させられてしまう。
他の人から見れば完全に「イカレた奴」になった
◎霊界通信R070921「九月十五日の手」
◎霊界通信R070921「九月十五日の手」
九月十五日の画像にについては私自身には言及しなかった。
すぐに十七日が来るので、対策が必要で余裕がなかった。
私の背後に灌木林があるように見えるが、実際には三十㍍後ろ。だが、奇異の枝が私の前面にかかっているので、「距離間が崩れている」と分かる。
となると、最も多いのは1)「光学的な現象」か、あるいは2)「そこに何かがいて光の進行方向が変わった」という二つのケースがある。
この場合、研究が目的でも好奇心でやっているのでもなく、危機回避が幕的だから、1)の検討は不要だ。リスクのないものを想定しても対応法は見出せない。
「2が起きている」と仮定し、どんどん先に進まねば、無防備にただ連れ去られるだけになる。
(これもよくいる。狭い常識を既定路線に置く者は想定できない事態だから、後手に回り対応出来ずこの世を去る。危機本番が来ると概ね二日で勝負がつく。)
ま、異常は画像の中だけの話だ。その場に立つ当事者は、「手の感触」を思い出すことが出来るので「疑いなくそこに何かがいた」と分かる。
ただ1グラム以下の皮膚感覚だから、経験を積まぬと判別出来ない。私も稲荷の障りに苦しめられている時に、初めて「蜘蛛の糸ほどの触感」に気が付いた。
撮影して、すぐに「背後から左胸に手を差し込まれている」と分かったが、呑気にブログに記している場合ではない。どうせ見えない者が大半で、目の不自由な者に「象」を言葉で説明するのと同じで、時間がかかる。
ま、目の前に連れて行き、手で直に触れて貰えばイメージしやすいが、象の期限が悪ければ踏み殺されるかもしれん。「あの世」の方は象よりさらに気性が激しい。
自分ではなく他人について、同じような状況を目にしたら、疑いなく「この人は死期が近いのだろうな」と思う筈だ。肉眼では、黒く映る筈で、実際、私の病棟には隣に黒い人影を連れた患者がよくいる。いつも記す「黒いひと」だ。
お焼香をして、癒し水を供え、お清めの酒を振り、対話を試みた訳だが、現実に心不全を発症した。予想外だったのは、予期していた日時よりは早く来たことで、幾らか油断していた。(今後は気を付ける必要がある。)
何とも言えんのは、結局「生き残った」ことだ。
これまでにも、周囲にデロデロとまとわりつかれたことはあるが、その都度やり過ごした。稲荷の時には障りから抜け出るのに八か月を要した。
今回、不調が始まったのは二月だから、ちょうど七か月を経過したころだ。
師長にも報告したが、「体のだるさ」「鳩尾の重さ」が心不全の後には雲散霧消した。
「足指」を交渉材料にしたわけだが、むしろその後の方が痛みが少ない。
(まあ、こちらは先方の好きな時期に取って良いことになっている。)
改めて思うのは、「あの手の意味は何か?」ということだ。
バケモノ顔のアモンが現れた時にも、私は胴体をアモンの鈎爪のある手で掴まれたが、結局、何も起きなかった。
それ以後、やたら幽霊や妖怪みたいなヤツがまとわりつくようになったことだけだ。
巫女さまが姿を現した時には、私を確りと支え、双方の腕にチェーンをつないでいたから、「私を他の悪霊から守ろうとしてくれている」と理解出来たが、アモンみたいな「明らかな悪霊」が何がしたいのかが分からない。
「もしかして、あの手は襲おうとしているのではなく、守り手だったりするかも」と思ったりもする。
この辺は先方が説明してくれぬ限りは分からぬままだ。
ひとつ間違ってはいないと思うのは、あの世の者に対し、お経や祝詞などに念を込めて追い払うことをせず、基本的に対話で説得するやり方を取ってきたことだ。
自分なりに慰め、穏やかに引き取って貰う方針にすると、露骨が危害を加えられることが無くなった。
昔は違和感を覚えると真言を唱えて追い払おうとしたが、相手が腹を立て、信号待ちで後続車がブレーキを掛けずに突っ込んで来た。車を修理に出し、取りに行ったその岐路に、信号で停まると、すぐに後ろから後続車に追突された。二週間で二度の追突事故で、まるで前の車がまったく見えなかったようなノーブレーキ事故だった。
この場合はもちろん、幽霊を受け入れるつもりはなく、穏やかに引き取って貰うだけだ。理解するつもりも共感するつもりもないが、慰めることは出来る。
さて繰り返しになるが、心不全で倒れていた時に、普段は人通りの多い筈の「エレベーター脇の階段」に、十五分くらい人がまったく通らなかった。
半分くらいは意識不明だったが、朧げな頭で「死んでいく時にはこういう流れになるのだろうな」と思った。周囲の物事が、その人が死ぬように、死ぬようにと動く。
追記)平成元年麻アモンの画像を参考添付したが、既におぼろげに劣化しており、ほとんど見えなくなっている。こういう画像は時間の経過と共に変化し、その多くは消えてしまう。
◎病棟日誌(兼霊界通信)R070921「起きた出来事を報告した」
◎病棟日誌(兼霊界通信)R070921「起きた出来事を報告した」
土曜の朝、病棟に入ると、師長がカウンターの後ろに座っていたので、先日の状況について報告した。
「数日前にスーパーの階段で心不全になった」
あとは、記録簿を作ってあったから、それを提示して、その日起きたことを詳細に記したものを見て貰った。
当方の記録簿には「オバサン霊」を含め、この件に関わっていそうな要因を記してある。もちろん、画像付きだ。
「心不全になり十五分くらい倒れていたが、その間誰も通らなかった。死ぬ時にはこんなものだろうと思った」
巡り合わせが、死ぬように死ぬようにと回る。
「だが、程なく目が覚めた。心臓病は発症が収まると何ともなくなるから、普通に歩いて帰って来た」
と言っても、病気が原因ではなく、あの世との関りが根底にあるから特別な検査や診察は不要と告げた。
さらに、たぶん「オバサン霊」(正確には誰か特定出来ない)に「命か足の指かどっちかを選べ」と言われたので、「足の指を与える」と回答したこと。
このため、以後はこの病棟では足指の処置は不要であること。
必要に応じ形成外科に行き、その時が来れば指を切って渡すことになると、師長に伝えた。
当方のことを知らぬ者なら、突拍子もない話だと見なすだろうが、師長には過去に幽霊の画像を見せている。
師長が世間の人より少しはましだと思うのは、一切笑わなかったことだ。殆どの人には現実感がないから、テレビの心霊番組みたいなノリで対応する。要は好奇心麻範囲だ。
だが当方の関わっている相手は、その辺のとはレベルが違う。
実際、前回の看護師の顔には「舐めた口調」が見えた。
少しでもあの世を舐めたり、嘲ったりすると、即座に障りが降って来る。家族で車に乗っている時にトラックが突っ込んで来る、みたいなことが普通に起きる。
そこで、師長には「この件は師長だけに留め、他の人には言わないこと」と注意した。
「師長には影響はないが、※※さん、▽▽さん、××さんには画像を見せないことです。影響が生じる場合がありますから」
その人たちは、前に幽霊を担いでいたので、浄霊の仕方を教えたことがある。寄り憑き易いから、近寄らぬ方が無難だ。
そこで、記録簿を引き取って帰ろうとすると、師長が「これを貰ってもいいですか。自分なりに勉強します」と言う。
「別に構わんですよ。迂闊に誰彼に画像を見せなければ問題ありません。この領域での対応の仕方を覚えると、死期に臨んでも死ななくて済む場合があります」
もちろん、「幾らか」の範囲だ。だが、ゼロとは天地の違うがある。
真面目に学ぶつもりがあれば、多少の助言くらいはする。
自分のベッドに向かう途中で気付いたが、今回は自身で思っていたより、かなりヤバかったかもしれん。
生死を分かつ局面を経験するのは、これまで幾度かあったから、だんだん慣れて来ている。そのせいで、「何となく大丈夫」「乗り越えられる」と思ってしまうきらいがある。
こういうのが「慣れ」のもたらす罠だ。
ところで、神社で撮影した画像には、煙のような手が当方の胸に伸びていたのだが、「あれは必ずしも悪意で伸ばしたものではないかもしれん」と思い直した。
「守り手」だった場合もあるが、こういうのは言葉で説明してくれぬと、生者には上手く解釈出来ない。
だが、もし悪意があれば、心不全を起こした時に、そのまま死んでいたと思う。
まだ今のところ何とも言えん。
ま、今回も生き残ったことは確かだ。これがいつまで続くかは分からんが。
ちなみに、ブログにも刑事の場増を公開したが、見せられるのはここまで。
当然、「見せていないものがある」ということだ。さすがに理性は持っている。
愚か者はそういうことが想像できないので、甘く見る。