日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎感動のレバニラセット

感動のレバニラセット

 一月の支払いのため、隣駅前の銀行に行った。駅向こうのため、階段を上り下りしたが、駅に隣接した「餃子の満州」を見てしまった。

 「天津丼かレバニラ炒めが食べたい」

 何気なく、店の前の写真を見ると、天津丼はやっていない模様。この時期は天津丼の季節なのだが、今は卵が高いから出せなくなったか。

 レバニラはあった。

 レバは高リン食材だから、禁忌食品だが、一方、人体に必要な栄養素も多い。

 「食べたい」が渇望に変化したので、「ああ、こりゃ何か足りないからだ」と気付き、食べることにした。

 鉄とかミネラル、あるいはビタミンの何かだ。

 普段食べるのは、一人前には到底届かぬ量だし、禁忌食品が多く偏っている。その不足分を注射で補っているわけだが、やはり自分で摂る方方が自然だということ。

 画像がそのレバニラ炒めセットが出て来たところ。

 これを食べるのは、かれこれ何年ぶりだろ。

 感動するほど、美味かった。

 レバニラ炒めはこんなに感動するほど美味かった食い物なのか。

 

 持病を持つようになり、制限が多くなったが、その分、前には当たり前だったことで、ひたすら感動するようになった。

 「新鮮に感じる」という意味では、有難い面もあるようだ。

 駅の近くには、天丼が「売り」の店がある。帰路には、天丼好きの家人のために、天重弁当を買って帰った。

 次はまた何年後かに食べようと思う。

 その日が再び来ますように。

◎総ての謎が解ける

令和元年に現れた「白衣の女」

◎総ての謎が解ける

 「扉を叩く音」のスレッドに、「深夜、玄関の扉を叩く音が聞こえる」件が再開したことを記したが、「何故家の門柱のところにいるのか」という疑問があった。

 既に「出入り自由」の筈で、私の後ろについて家の中にも入るようになっていた。このため、家の中でも黒い影や不自然な光を目撃する機会がやたら増えた。

 「カウンターの陰に女が立っている」ことは、その都度記して来たわけだが、それと共に、扉の音が聞こえなくなっていた。

 これは、もはや中に入っているのだから、外から「入れてくれ」とノックする必要がなかった、ということだ。

 今、家の外で音が響き出した理由を考えたが、これは要するに、「中に入れなくなっている」ことだと思う。

 

 最近生じた変化は、「白衣の女が身近なところに戻って来た」ことだ。

 これとたぶん、関係がある。

 そう思いつつ、今朝、妻子を送り出した後で仮眠を取ると、O町の某旅館の玄関の景色が夢に出て来た。私はベンチに座り、ガラスに映る私自身と背後の女を見ている。

 そよ風が吹き、周囲のざわめきも聞こえるが、私も女もじっとしたままだ。 

 この状態のままに時間くらい経過したようだ。

 そこで気が付いた。

 「今は私の背後にこの女性がいるから、他の者が近寄っては来られぬのだ」

 実際、四六時中、私には「私の左後ろに人が立っていて、左腕に手を添えている」という感触がある。(この「感触」がわかるようになったのは、昨年一年の苦闘の成果だ。)

 理屈は簡単だった。

 目覚めた後、あの「白衣の女」の周辺を調べるべく、令和元年一年間の画像を検索してみた。この年には一年を通じ、各所に姿を見せていたが、神社猫のトラがこの世を去るのと同時に、私の傍から居なくなった。

 それなら、この女性が何時頃から私の傍にいたのだろう。

 トラを手掛かりに探ってみると、この猫との出会いの最初の日の画像が残っていた。

 初めてこの神社を訪れた時、私は心臓の状態が悪く、平地を歩くので冴え、数十㍍ごとに足が止まった。駐車場から鳥居に進むのにも困難を覚えるほどだったが、外鳥居を潜ると、樹の根元に猫がうずくまっていた。

 それがトラだったが、その猫は私の顔を見ると、すぐに起き出して、私の前に立った。そして、神殿の階段に着くまで、私を先導した。画像は、それを見た家人が「面白いことが起きている」と後ろから撮影したものだ。

 その時に何かの縁を感じ、私は「百回この神社に参拝し、百回この猫に会うまでは死ぬまい」と思い、願を掛けた。

 今改めて、その時の画像を見ると、その後の経験で、空中に煙の筋が漂っているのが分かる。煙は筋を為し、その筋は神社の後ろの方に伸びている。この神社の後ろの古民家の上空に「穴」があり、そこが結節点になっていた。

 猫が私を先導した理由もわかる。私の五㍍ほど前に「白衣の女」が立っており、猫を導いていた。直接では伝わらぬから、女は猫を通じてメッセージを送ったのだ。

 その後、六年が経過し、この神社への参拝回数は六百回を超えた。

 今の状態は、平成二十七年のときよりもまだ数段よい。危機は幾度も来ているが、その都度乗り越えられているし、普通に歩ける。

 猫は令和二年に死んだが、それと同時に「白衣の女」も姿を消したのだった。

 

 その間、無防備の状態で、悪縁の「寄り憑き」に悩まされて来たわけだが、今は相棒が戻って来てくれた。

 「あの世」や「死」への怖れを感じなくなっているのは、すぐ傍に仲間であり相棒がいるからだと思う。

 そして、この状態があるから、無用な悪縁たちが私の傍に寄り憑けなくなっている。

 もちろん、そういう幽霊たちが「傍に近づこう」とするのは、「自分を救って欲しい」という気持ちによる。私の自我と同化し、合体すれば、現状の幽霊のままでいるよりも、はるかに楽になる。

 今はさらに「白衣の女」が傍にいるので、私たちを求めて手を伸ばして来る者は、今後むしろ増えると思う。

 

 ようやくPCのキーを叩ける状態になった。

 一日に打てる量はわずかなのだが、現状の体力に合わせて、逸る心を宥めつつ前進しようと思う。

 人事についても、「前進が可能」と信じられるようになったのは、十数年ぶりではないかと思う。少なくとも六七年前からは絶望の日々を送って来た。

 今は「燃え尽きる前の蝋燭の炎」の状態なのかもしれぬが、それはそれで構わぬと思う。

 今は「死の向こう側」にある世界が見える。

  

◎病棟日誌「悲喜交々」1/31  「死はわが友」

病棟日誌「悲喜交々」1/31  「死はわが友」

 先日、血圧が異常降下した折に、それが正常域に回復して行く途中で眼球内で少し出血した。このため、この日は最初に眼科の検診に行き、それから腎臓病棟に行く段取りとなった。

 眼から出血するのは、多くの場合、糖尿病性の網膜症のことが多いのだが、腎臓病患者は血圧の上下向が著しいので、硝子体の毛細血管から出血する。

 医師によると、やはり血圧が急激に下がり、今度はこれが上がったことで、血管が破れたということだった。

 特に治療の必要が無く、経過観察に。

 ま、持病の無い人でも、中高年になると、飛蚊症くらいにはなっていると思う。あれは血の塊で、軽度ならやはり高血圧の影響だ。トシで血管がもろくなっているところに、血圧が高めになるから、どうしても破れやすくなる。

 眼科に行っても、何か手(治療)を入れるわけではなく、自然治癒を待ち、それを観察する程度。これが糖尿病性の網膜症なら、新しく出来た毛細血管を「レーザーで焼き払う」という治療になる。これはもの凄く痛い。

 眼科の診察は一人ひとりに長く掛かるから、病棟に戻れたのは昼頃だった。

 本来の治療が終わるのは三時台で、当方が最後の患者だった。

 午後には入院患者が治療に来るのだが、そういう患者がいなかったところを見ると、あのお茶農家のオヤジさんも姿を消したようだ。

 

 気の持ちようを替えるだけでも、命が長持ちしたりするから、こちらから話し掛けて励ませばよかった。しかし、やはり他人の「生き死に」に関わることには、躊躇してしまう。最近は、自分が見聞きし感じたことを割とそのまま表に出すが、死も、その手前の病気にも実感の伴わぬ者からすると、「気の触れた者のたわごと」に聞こえるだろうと思う。

 パブロフの犬並みに「とにかく否定する」人が大半で、それが当たり前だ。何故なら誰もが「死ぬのが怖く、知りたくない」からだ。

 あのオヤジさんなら、肩にかかった手を「ご神刀切り」で振り払うだけで、ひと月かふた月は延命できたと思う。

 襟首のところに手が掛かっているのを見ており、どう対処すればよいかも分かるのに、ただ手をこまねいて見ているだけなのはすごく歯がゆい。

 「病気以上に、あれでは苦しいだろうな」と思うが、その説明をじっくりする時間が、あのオヤジさんには無かった。

 何事も、その場になってからでは、もう遅い。

 自分が死ぬことなど「はるか遠くにも見えぬ」状態のときに、心身魂のコントロールを学び、実践する必要がある。

 ひとそれぞれのステップが違うので、文字テキストで説明してもあまり意味がない。あの世は主観的に構成されている面があり、自分の死後を良くするには、自分自身の主観的世界観をじっくりと観察する必要がある。

 お経や祝詞を一万回唱えようが、写経を何千回やろうが、仏像や石に何千万の金を出そうが、それだけでは何の意味もない。「生きる」ためには役立つが、「死ぬ」ためには役立たない。無駄ではないが、道楽と同じで、沢山やっただからと言って何かが変わるものでもない。

 「あの世」はスポーツや勉学のように、習練によって開発されるものではない。

 一方で、オヤジさんの死期が幾らか伸びたにせよ、それでもせいぜいひと月かふた月だ。有機体の寿命には限界があり、いくら幽霊の寄り憑きを除去しても、必ず終わりは来る。

 延命によって、むしろ苦痛が長引くかもしれん。

 私のいる病棟はほとんど「終末病棟」だから、七十台半ば以降にここに来れば、もはや残りの時間はあとわずかだ。

 建設的な活動などは出来ず、ほとんど寝たり起きたりのままだ。その期間をいくらか伸ばしたところで果たして意味があるのか。

 その時間を遣い、「自分自身の生を振り返り、来るべき死を見つめる」なら、前進は出来ようが、そういう心境には、まずもって至らぬと思う。

 もはやそんなことなどは考えられなくなっている。

 

 結局、「天は自らを助くる者を助く」ってことなのか?

 だが、現実には、まだ死なずに居られるのに、自他によって「寿命をどんどん切り詰めている」者がいる。

 これは本来のあるべき姿とは違うから、どうしても目に留まってしまう。

 考え方や振る舞いを替えることで、死期が先延ばしになる筈の人は僅かだが、さらにその殆どが、助言に耳を傾ける準備が出来ていない。

 

 勘違いする人が多いが、信仰(宗教)は「よく生きる」ためのもので、「上手に死ぬ」ためには、あまり役立たない。死は万人に等しく訪れるもので、無宗派だ。

 

注記)時間が勿体ないので、推敲も校正もしません。日々の日記であり書き殴りなので、誤記や誤りは多々あると思う。

◎扉を叩く音(続) 一月末日の記録

◎扉を叩く音(続) 一月末日の記録

 「深夜、玄関の扉を叩く音が聞こえる」話の続きになる。

 どうやら本格的に再開するようだ。

 

 一月末日火曜の23時38分には、私は居間で眠り込んでいたのだが、「ピンポーン」のチャイムの音で起こされた。

 今のところ、頭の中だけで響いている音で、「高校生が試験前になると、実際には鳴っていない目覚ましの音で起こされる」のと変わりない。こういうのは潜在意識のなせる業で、強迫観念がかたちを変えたものだ。

 だが、過去のケースでは、ここから進んで、次第に脳内だけでなく普通に音として響くようになった。もちろん、家族の他の者にも聞こえる。

 昨夜は表札を揺らして、それが門柱に当たる音だったが、チャイムのボタンはその十五㌢上にある。

 前回は、これが次第に玄関のところまで近づき、十年くらいの間、夜中の二時から三時の間に、扉を「コツコツ」または「ベタベタ」と叩く音が響いた。

 二年前くらいに家の中に入り、台所や居間で人影を見るようになった。

 視界の端に動きが認められ、着物の端や手の先を目視した。

 

 この一二年は体調不良に苦しみ、かつ悪縁の障りに苛まれていたせいか、玄関の音については、ほとんど気付かなかった。起きていたのかもしれぬが、息が出来ず酸素を吸引している状態では、そんなことはどうでもよかった。目の前の困難の方が先に立つ。

 これから二年前の状態に戻ると思うが、果たしてこれは良いことなのか、凶事なのか。

 ま、多少のことが起きても、「昨年よりはまし」だと思う。

 少なくとも、今はスマホが呪詛の言葉を吐いたりはしていない。

 「(お前に)憑いたぞ」「憑いた」

 

 どうか今回の相手が亡き母ではないことを願う。

 これが母なら、私に「お迎えの本番」が近づいているという意味だ。

 「自分が死んだら、母の手を引いて、母が果たせなかった世界旅行に一緒に赴く」と祈願したことがある。その母が現れれば、その約束を「果たせ」と要請されていることになる。

 もし実際にその誓いを守れるなら、私が「死後に悪縁に化ける」ことはなくなる。

 以前ほどの確信は薄れたが、私自身については、まだ「死後に悪縁に変じて、あの世とこの世に懲罰を加える」可能性の方が高いと思う。

◎帰って来た「扉を叩く音」(続)

帰って来た「扉を叩く音」(続)

 おお、この一二年はまったく起きなかったので、このことを忘れかけていた。

 「深夜、家の玄関の扉を叩く音が響く」という出来事が帰って来た。

 

 つい先ほど、午前三時過ぎのこと。

 玄関の手前の「郵便受け」には、表札を吊り下げてあるのだが、その表札が門柱に「コツン」と当たる音がした。

 チェーンで位置を決めてあるから、手で揺らさぬと動いたりはしない。

 ま、時世的には、窃盗犯があれこれ探っているのかもしれん。

 一時期、周囲の戸建てやアパートが連続して空き巣に入られたことがある。建物の陰になる箇所が多いところでは、入られやすいそうだ。

 ちなみに、窓に鉄格子が入っていると、「あれこれ防犯対策を施しているだろう」から、窃盗犯がその家を後回しにするとのこと。

 当家は鉄格子を入れているが、実際、当家を飛び越して次に行った。

また、夜間でも必ず人(当方だが)が起きている。

 

 玄関の扉が「ぺたぺた」「コツコツ」と叩かれると、さすがに「退く」が、通りに面した門柱付近だと、あまり驚かないもののようだ。

◎「想像や推測の一端」

「想像や推測の一端」

 第六感(霊感)は能力ではなく、「想像や推測の一端」に過ぎぬと言う。私なりに言葉を加えると、「想像や推測の一端であり、妄想」だが、時々、現実に結びついていることがある。

 ただ、そういうこともある・時もあるという程度だ。「この世」と「あの世」はそもそも成り立ちが違うので、並べて見ても仕方がないし意味がない。

 例えて言えば、「この世」が「振る舞い」なら、「あの世」は「こころ」の世界だ。その人の振る舞いと、心中が必ずしも同一でないことは誰でも想像がつく。

 

 昨年一年間の苦闘で、幽霊の「触感」が何となく分かるようになった。それと共に、ものの見え方も変化したが、ひとは総ての記憶を正確に保持しているので、過去の一時点の状況についても、改めて見直すことが出来る。

 さらに、その時点の「触感」を思い出すことで、視角や聴覚に留まらぬ眺め方がで見るようだ。

(ここで念を指すが、これらもあくまで「想像や推測、そして妄想」の一端だ。「能力」などではないので、念のため。)

 

 そこで、過去の画像を取り出して、改めて見直すと、前には分らなかったことが分かるようになっていた。

 掲示の画像は、岩手の御堂観音で撮影したものだが、ここでの経験は今に繋がる分岐点のひとつだ。

 この年の夏に、この近くを車で走行中に、「女」の声に呼び止められ、この神社に参拝した。言われるまま、泉の水を飲むと、持病の筋膜種が治った。(かなり後で気付いたが、ついでに慢性膵炎も治っていた。)

 その時には、「煙玉(オーロラ玉)」やら「幽界の霧」やら、「人影」がパレードのように現れたので、以来、この地を訪れる度ごとに、泉の水を飲み、写真を撮っている。

 この地に住む人や、一般の参拝客には、ごく普通の神社なのだが、私には所縁・宿縁があり、共鳴するようだ。

 

 この画像はそれから半年後の冬に撮影したものだ。記録が消失したので不確かだが、たぶん、それくらいの時期だと思う。

 その当時は、ほとんど状況に気付かず、雪に埋もれた草の陰に「女」がしゃがんでいることだけ見取っていた。

 今、改めて見ると、その時に感じ取った通り、沢山の視線がこっちを向いている。

 これは、最後の図で示した通り、左いての空中に「穴」があったからのようだ。

 「穴」はこの世とあの世の結節点のことで、言わば交流地点のようなものだ。便宜上、「穴」と表記するが、球体に近く、目には見えぬが圧力を放射状に放出している。

 私は一般の水準よりも幾らか可視域が広いようで、この周辺の光が少し歪んで見える。

 ガラスに映った景色では、目視で「は歪んでいない景色をカメラで撮影すると歪んで写る」という現象が起きるが、これと同じことが目視でも起きる。

 たぶん、可視域の広い人は、私同様に、視界の中を走る光や影、そして人影を見ていると思う。

 

 いつも見ていると、次第に「見方」を習得する。よって、より一層見えるようになる。そしてこの一年で、それに「触感」が加わった。

 逆にいくらかコントロールも効くようになるらしく、今は暗闇への恐れが小さくなった。

 幽霊は赤外線の反応(±)があるが、赤外線は熱線だから、気温の低い秋冬や夜間には検知しやすくなる。

 総てリーズナブルに出来ている。幽霊の住む世界(幽界)は物質的に構成される世界であって、精神世界ではない。

 言わば「こころが独立して存在する世界」となる。

 そしてこれに加えて言えば、「こころは主観的に構成されている」ことで見え方が人によりかなり違う。

 

 少し分かりやすい事例を挙げる。

 雪の中に「着物を着た女」が立っているのだが、これは殆どの人には検知出来ない。私はこの者の何かしらの縁者で「触れられたことがある」ので、その触感により存在を認知できる。

 この「女」との関りを遡ると、半年前に訪れた時に顔をのぞかせた「女」と同一人格のようだ。

 背後に強力な悪縁が立って押さえつけているので、この「女」は長らくここから出られなかった。

 

 この雪の日からさらに幾度かの参拝を経て、何か月かの後に、ようやく抜け出られたらしい。

 私が国道四号線を走行中に、カーナビが急に郷里の実家とは異なる方向を差し、矢巾という町の墓地に案内した。

 後部座席に誰かが乗っていると分かったので、墓地の前でドアを開き、その「誰か」を下ろした。

 その時にも何となく「御堂観音にいた女」だと思ったのだが、やはり夏に草葉の陰から、また雪の日に、雪の間に立ち私を見ていた女だった。

 観音参拝に赴いた女が急病で亡くなったが、すぐに悪縁に捕まり出られずにいた。たまたま存在を認識出来る者(すなわた私)が通り掛かったので、幾度目かに私の左肩に手を掛け、その地を脱出した。

 一緒に悪縁も出て来たが、縛り付けられる関係ではなくなった筈だ。

 もちろん、こういう因果を語るストーリーは、総て「想像や推測、そして妄想」の産物だ。

 私は直接的に「女」と関わりを持つ者なので、それなりの意味があり、また現実との繋がりが生じる。

 これは例えば、「声を掛けられる」、「カーナビが勝手な方向を指示する」と言った出来事を指す。

 

 一つひとつの真偽は当事者自身が確かめればよい。

 そもそも当事者以外には意味を持たぬ出来事だし、嫌と言うほど繰り返すが、総てが「想像と推測、妄想の産物」だ。

 

 「死後の存在」に疑問の余地は無いが、それはいまだ人間にとっては未知の領域だ。

 私にとってより重要なことは、「幾つかの持病が治ったこと」と、「死期の早まることを防ぐ手立てを知る契機になったこと」だ。

 

追記)たまたまこの年の画像の中に、「何故に取り置いたか分らぬ」ものがあった。

 ただポロンと保存していたが、何故保存したのかが分からない。

 そこで、改めて調べてみたが、なるほど「何となく触感を覚えた」ということらしい。

 私の左肩付近には「女」が手を掛けている。これは当時に遡って思い出すことが出来る。(今、左肩がむず痒い。)

 ガラス窓の左側には、僧侶風の着物(袈裟?)を身に着けた大男が立っていたようだ。これらは、ほんの「蜘蛛の糸」程度の感触なので、画像を拡大しても判然としない。

 ま、当人がそれと分かり、自己の心身の調整に役立てられればそれで良い。

 他の人にどう見えようが、そもそも「あの世は主観的に構成される」という一面があるから、他者には理解出来ぬ・通じぬところがある。


 

◎夢の話 第1K81夜 海神の娘を娶る

夢の話 第1K81夜 海神の娘を娶る

 一月二十八日の午前四時に観た夢です。

 

 我に返ると、俺は海の上を漂っていた。

 「そう言えば、昨夜、俺の乗る船が難破したんだったな」

 大洋を航海中に嵐に巻き込まれたのだが、珊瑚礁が水面下にあることに気付かず座礁してしまった。

 船はあっという間に木っ端微塵になり、俺は海に放り出されたのだった。

 海面に浮いていたマストに手が届いたから、俺は必死でそれに掴まり、溺れぬようにしていた。そのうち意識を失ったが、マストに体を結わえ付けていたので、溺れずに済んだらしい。

 既に太陽はほとんど真上にいる。午前十一時には達して居そうだ。

 

 「さて、これからどうしよう」

 そうは言っても、どうしようも出来るわけがない。

 俺が乗っていたのは、外洋で漁をする遠洋船だし、近くに陸地は無い。

 船が座礁した珊瑚礁も、どこに行ったことやら。ま、これがすぐ近くにあっても何の役にも立たない。

 「俺はこのままここで死ぬのか」

 海水温が割合高いが、それでもせいぜい二十六七度で、体温よりは下だ。それなら、何時かは低体温症になり心臓が止まる。

 もって一日だろうな。

 

 茫然と波に漂っていると、遠くの海水面にポツンと影が立っていた。

 その黒い点は次第にこっちに向かって近づいて来たのだが、よく見ると、それはひとの姿をしていた。

 「いやいやいや。そんな筈はない。人間は海の上を歩けぬからな」

 だが、確かにそれは人影だった。

 白いローブかガウンのようなものを身に着けた老人がゆっくりとこっちに向かって歩いて来る。

 程なく老人は俺の前に立った。

 「君はツイてるね。まだ生きている。他の皆は全員溺れ死んだよ」

 「全員が?」

 「ああ。二十七人全員だ。ま、そりゃそうだよ。あんな嵐ではね」

 じゃあ、俺はあの船の最後の生き残りだったか。

 「だが、俺だってもうすぐ終わりだ。こんな幻覚を見ているものな」

 水面を歩くのは、神さまか幽霊、それと幻覚しかない。ま、順当なら最後のヤツだ。

 すると、その爺さんが小さく微笑んだ。

 「外れだね。私は君の考えた最初の方だよ」

 「え。となると、神さまってことか?」

 「そう。私は海の神だよ。だから、こんな風に水面を歩くことが出来れば、一万㍍の深海に潜ったりするのも平気だ」

 「ちょっと信じ難いすね。こんな絶望的な状況でそんなことを言われても」

 「ま、そうだよね。でも君には良い知らせがあるから」

 「今さらながら、何ですか?」

 海神が頷く。

 「君次第では助けてやらんことも無い」

 「条件付きってことですか。でも、俺はもう何も持っていないですよ。命さえもはや殆ど残っていないもの」

 「ああ、大丈夫だよ。君を助けてあげる代わりに、後であることをやって欲しいのだ」

 来たか。「願いを叶えてやる代わりに」ってヤツだ。

 「それって、寓話とか昔話で出て来るパターンですよね。最後には大体がどんがらがっがあんと壊れる」

 「そうでもないよ。私が君に頼むのは、私の末娘を嫁に貰って欲しいということだもの。出来るだろ」

 「娘を嫁に」

 その言葉で刹那的に想像したのは、最初が「上半身が女性で下半身が魚の人魚」だった。

 だが、それなら死にかけの男にわざわざ「嫁に貰ってくれ」と頼むまでも無く、貰い手は沢山いるだろう。

 「もしかして、下半身は女だが、上半身が・・・」

 さすがに悍ましいぞ。半魚人ならな。

 「嫁」ということは、夜の営みも「あり」「やれ」ってことだ。

 瞼の無い魚の眼で見詰められても、ただ萎えるだけだ。

 

 「心配するな。見た目は人間と同じだし、十人並みの器量をしている」

 うわあ、その言い方ならやっぱり「裏もある」ってこった。

 ますますゲンナリする。

 「だが、俺に選択の余地はないのですね。承知しました。お嬢さんを嫁にします」

 海神は俺の返事を聞くと、手放しで喜んだ。

 それから、懐から扇子を出すと、手前に引くように扇いだ。

 すると、幾らもしないうちに、遠くに船が見えて来た。

 「あの船が真っ直ぐここにきて、君を発見するから、君はただ待っていると良い」

 海神がそれを言い残して去ろうとしたので、俺は慌てて引き留めた。

 「お嬢さんを嫁に貰うってのは?」

 「あ。待ってりゃいいよ。自分で行かせるから」

 海神はここで背中を向けたが、もう一度振り返った。

 「何かお土産を持たせてやろうか」

 海神が手を振ると、俺はびゅいーんと海上を数百メートルほど横滑りに移動して、昨夜、船が座礁した環礁のところに行き着いた。足が立つので、俺はその上に体を乗せた。

 すると、すぐ目の前に、縦横1㍍角の木箱(たぶん船箪笥)が口を開けて転がっていた。

 「この辺では、スペイン船が沢山座礁したから、サンゴ礁の合間に昔の金貨が落ちていると思うよ。お土産に拾っときな」

 客船が俺を見付け、船に上げてくれるまで、俺は一心に金貨を拾った。

 程なく俺はフェリーに拾われ、無事に家に帰り着くことが出来た。

 

 それから瞬く間にひと月が過ぎた。

 あの海神の件は、いかにも荒唐無稽な話だから、到底、他人に話せる内容ではない。

 俺はそのことを他言せずにいたが、時が経つと、あれが本当にあったことなのか、それとも海を漂っていた俺が抱いた単なる妄想なのか、次第にはっきりしなくなって来た。

 幸い、山ほどの金貨を持ち帰ったので、当分は何もせずとも暮らして行ける。

 俺は日々をただぼおっと海を眺めて暮らした。

 そんなある日のこと。いつものように二階のベランダで海を眺めていると、階下の玄関のチャイムが「ピンポーン」と鳴った。

 ドアを開くと、白いワンピースを着て、麦藁帽子を被った二十歳過ぎの娘が立っていた。

 肌が小麦色に焼けている。

 「私です」

 「は?」

 「お嫁さんになりに来ました」

 ここで、俺はあの時のことを総て思い出した。

 「あれは現実のことだったのか」

 娘はニコニコと笑っている。

 「入ってもいい?」

 俺は一瞬言葉に詰まったが、すぐに決断した。

 一度約束したことだし、とりあえず命を救って貰ったことは事実だ。

 あの後で考えたが、あの海神の力なら、俺たちが「遭難する前に救えた」と思う。

 だが、それもきっと、しぶとく生き残るやつを「選別する」つもりだったのかもしれん。

 

 娘を引き入れながら、俺は独り言のように呟いた。

 「海神の娘だから、半魚人みたいなヤツが来るのかと思っていたけど・・・」

 こんな可愛い娘なら、むしろラッキーな方ではないのか。

 娘は人間の住処が物珍しいらしく、部屋の中を見回している。

 中肉中背で、今時のタレントよりもよっぽど清楚で可愛らしい。

 俺は内心で「こういう展開って現実としてアリなのか?」と思った。

 「ねえ。君は見たところきれいで品の良いお嬢さんだ。結婚したい男は幾らでもいるだろうよ。でも、君のお父さんは『娘の貰い手が無い』と言っていた。それはどうしてなの?」

 俺の問いに娘が微笑む。左側の頬に笑窪が出来た。

 「やはりそう思います?もちろん、私にはほんの少し秘密があります」

 ピンと閃く。

 「機(はた)を織っているところを見ちゃいけないって類のこと?」

 「私は鳥ではありません」

 あ、この昔話を知ってたのか。ま、そもそも、鶴は猟師に助けられたが、俺はこの娘を助けちゃいない。むしろ、海神に助けられた代償として、この娘の夫になるのだ。借りは俺の方にある。

 間を置かず娘が話を続けた。

 「お願い事はたった一つです。夜中の十二時頃から四時頃までは一人にしてください。昔の言い方なら子丑の間です」

 「その間は会ってもいけないし、見てもダメってこと?」

 「そう。念のため私は鍵のかかる部屋に入ります」

 「それなら、やっぱり鶴の恩返しみたいな話じゃないか」

 「いえ。私の本性を隠すためではありません。私には心の病気があり、時々、夜中にヒステリーを起こすことがあります。私がこれまでお嫁に行けなかったのは、これがあったからです。もちろん、その時間帯だけで、普段は問題ありません。これは貴方を守るためのものです」

 それじゃあ、何だかコワいよな。

 そもそも海神の娘なんだし、何かの化身だってこともあり得る。

 タコとか、ウツボとか。

 ええい。考えぬようにしよう。

 「ところで、君の名前は何て言うの?」

 あまり芳しくない想像が先に立つから、話を替えてみた。

 「私はイソナです。人間の言葉ならね」

 ほらやっぱり、「人じゃない」と自分で言ってら。

 「ま、イサナよりはましか。イサナは鯨だからな」

 改めて眺め直して見たが、外見は、別段、人間と変わりない。

 もしこのルックスで、かつこんな穏やかな物腰なら、男としてはかなり幸運な方だろ。

 女房がきれいなのも「財産のうち、甲斐性のうち」ということだし。

 

 こうして二人の共同生活が始まった。

 夜中の数時間を除いては、別段、普通の夫婦と変わりない。

 元々、俺は鼾をかく方だし、誰と所帯を持ったとて、寝室は別にするつもりだったから、夜中、隣に妻が寝ていなくとも気にならない。むしろ、気兼ねなくのんびり眠れる。

 若く美人の新妻だし、最初のうちは朝昼セックスばかりしていた。深夜は禁止だから専ら明るいうちだ。

 すぐに妻が妊娠するかと思ったが、毎日励んでも、この妻は妊娠しなかった。

 「やはり異種間では子どもが作れぬのか?」と訊くと、「人間の体に慣れるまで時間が掛かる」と言う。

 やはり、今の姿は本当の姿ではないということだ。

 性生活以外のことはそれこそとんとん拍子にうまく行った。

 金貨で一億を超える資産が出来ていたから、俺はそれを元手に水産会社を作った。これが、船が漁に出る度に大豊漁で、瞬く間に所有船が大型化した。数年後には、遠洋船を買った。

 何時でもどこでも、いざ網を打つと、魚たちが自分の方から飛び込んでくれる。

 これも俺の舅が海神だってことかららしい。娘夫婦への計らいだな。

 

 俺の羽振りの良さが地域に広まり、この地方の新聞に俺のことが掲載された。

 船の難破から生還し、九死に一生を得た男が、数年で大金持ちになったのだから、話としては面白い。

 俺はテキトーに「難破は自分自身の命を見詰める機会になったから、生き方が変わった」などと記者に話したのだが、それをまたその新聞が面白おかしく尾ひれを付けた。

 ここでも海神の話はしなかったが、新聞は今の羽振りの良さや妻の美人ぶりについて詳細を記した。

 

 「好事魔多し」とはよく言ったもので、この記事が裏目に出たらしい。

 程なく強盗がやって来たのだ。

 強盗は三人組で、夜中の十二時前に、俺の邸宅の窓ガラスを壊して侵入して来た。

 男三人は俺の前に立つとこう言い放った。

 「やい。俺たちのことは想像がつくだろ。今流行りの押し込み強盗だ。俺は生まれついての不良だし、こっちのは金持ちの息子なのに半グレだ。そしてもう一人は闇バイトで来たヤツだからな」

 俺はここでもピンと来た。

 「そんな言わんでもいいことを言うとは、俺のことは最初から殺すつもりで来たな」

 「その通り。やらねば俺たちが指示役のルフィにやられてしまうからな。仕方がないんだよ」

 「言い訳をこくな。そんなのに情状酌量はねえぞ」

 「そんなら尚更、たんまりと金を貰わねばな。それとお前の美人妻を頂く。お前は俺たちと変わらぬくらいの年格好なのに何でも持っている。こういうのは許せない」

 俺はここでくつくつと笑った。

 「お前ね。今の俺は金持ちだから、パニックルームくらい作ってある。鍵は少々の爆弾を使っても開かない。それにこれだけ騒げば、その部屋の中にいる女房が気付くから、今頃は警察に連絡を入れているさ。家の中でも監視カメラが点いている」

 すると、三人が同時に少し顔を顰めた。

 「それなら、俺たちが取るのは、この階にある金とお前の命だけだな」

 そして、俺は男たちの手によりガムテープでぐるぐる巻きにされ、部屋の隅に転がされた。

 

 その時だった。

 妻が籠っているパニックルームの扉が急に開いた。

 男たちがはっとしてそっちを見た。

 「おお。自分から開けて来やがったぞ」

 俺はすかさず叫んだ。

 「扉を閉めて中に居ろ」

 だが、イソナはゆっくりと外に出て来た。

 「今の話は全部監視カメラで観ていました」

 これで俺の顔が歪んだ。

 「それなら、何で出て来るんだよ」

 俺の言葉には答えず、イソナはずんずんと前に出る。

 「ちょうど良かったわ」

 

 男たちは気を取り直したのか、イソナの周りを取り囲んだ。

 「よおし。これから俺たちはお前を輪姦するぞ」

 その言葉が終わらぬうちに、イソナの体の色が変わり始めた。

 瞬く間に全身が白い色に脱色して行く。

 ほんの数十秒後には、頭髪と顔色が雪のように真っ白になった。

 そして、変身する間に、イソナは服を総て脱ぎ捨てていた。

 かたちは女の体型だが、頭の上からつま先までが、一様に真っ白だ。そんな中で、ただの二箇所、両眼だけが赤く光っている。

 男たちがたじろぐ。

 「コイツ。化け物じゃないか」

 

 この時、俺はそれを眺めていて、海神のことを思い出していた。

 「イソナは海神の娘で、何かの化身だ。コイツによく似た海の生き物と言えば・・・」

 ここでイソナの上半身が、ぱっくりと二つに割れた。

 「やっぱり、クリオネだよな」

 ほんの少し前まで俺の妻だった巨大なクリオネは、ぱっくりと割れた口で強盗団を捕まえ、頭から食い尽くした。

 

 ことが終わると、イソナは人間の体に戻り、俺の体のガムテープを解いた。

 「わたし。妊娠しました」

 「え」

 助かった。腹の子の父親なら、俺のことを食ったりはしないだろ。クリオネのことは分らんけど。

 とりあえず、俺は「明日の夜からは、会社の船で寝よう」と思った。

 ここで覚醒。

 

 『鶴の恩返し』『魚の女房』のかたちを変えた筋だから、書き直して物語として使うわけにはいかなそうだ。夢はただの夢。