日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

謝れない人

マスゾエ氏は「立志伝」中の人だ。
裕福ではない家に育ち、ひたすら勉強して東大に入った。
東大に入ったくらいは、別にまだ凡人の域だ。
ペーパーテストの成績で世の中が渡れるほど、人生は甘くない。

ところが、この人は文系なのに、30歳で助教になっている。
アリエネー。
文系はかなり前からオーバードクターで、東大だって例外ではない。
細かい分野が沢山ある理工系ならともかく、文系では30歳なら非常勤講師になれるかどうかが普通だ。
それが出来たということは、頭脳ももちろんそうだが、心の方も「わが道を行く」を徹底したということ。

学問の世界では、既に十分に成功しているし、そのまま続けていれば、今では学会のトップに立っていたはずだ。
ところが、マスゾエ氏はそれでは飽き足らず、「総理大臣になりたい」と思っていた。
それを実現するためには、さらに心を硬くする必要がある。
「俺は他のものには絶対に負けない能力がある」

その結果、氏は人に「頭を下げて謝る」ことが出来なくなってしまった。
「俺は間違ったことはしていない」
「俺はいつも正しい(馬鹿はお前ら)」

今回、マスゾエ氏は政治資金規正法に触れるようなことはしていない。
使途については、明確な規定がないからだ。

「オブチユーコ氏や、アマリ氏、イノセ氏に比べれば、極めて小さい話で、あの人たちが「問題なし」なら、俺なんかシロ中のシロだ。そんなことも分からないのか、おまえらバカ都民は」
たぶん、こういうことを考えていることと、伝わってしまう。

法的には問題がないのであれば、早々に頭を下げて、「俺はずぼらで経理が苦手なのです。領収書を投げていました」と言えばよかったのに。
重ねて、会計担当者が「どう処理すればよいかよく分かりませんでした。奥さんは団体の代表なので良いかと思ってましたね。すいません」と言う。
最後に、2人が声を揃えて、「単純な処理ミスでした。修正します」と頭を下げる。
こうしておけば、案外あっさりとスルーされたと思う。

法人税の申告漏れでも、それが所得隠しではなく、申告漏れであれば、いきなり罰せられたりはしません。
解釈の相違は、いつ、誰にでも起こりうることだからだ。
この場合は修正申告をすればよろしい。

だが、マスゾエ氏はそれが出来ない。
どうしても自負心が許してくれないのだ。
どれもこれも、「すいません。以後気をつけます」で済んだ「小さい話」なのに、隠したり正当化しようとするから、余計に焦げ付いてしまう。

「記憶にありません」も、ごく早い段階で使わないと。
「毎日あわただしくて、昨日どういうご飯を食べたかも憶えていません」
これは、普通の人でも同じで、どこで誰と何を食べたかなど、いちいち憶えちゃいないもんだ。

マスゾエ氏は、なんでもない平地に穴を堀り進み、自らそこに横たわったのだった。