日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第505夜 三位一体

夢の話 第505夜 三位一体
 8月3日の朝7時ごろに観た夢です。

 瞼を開くと、居間の床の上だ。
 オレはここにカーペットを重ねて、ごろ寝しやすいような環境を作っている。
 そこに座るとベッドに戻るのが億劫になるから、やっぱりそのままそこで寝てしまう。
 「また寝ていたか」
 台所では、妻が何やら料理をしている。
 「おはよう。目が覚めたの?」
 カウンター越しに、妻が声を掛けて来た。
 「うん。おはよう。今は何時なの?」
 「もう6時半よ。今、朝ごはんが出来るから待っててね」
 そっか。ここに座ったのが4時ごろだったから、そのまま3時間近く眠り込んでいた勘定になる。
 「麦茶あったっけ?」
 「冷蔵庫の中」
 起き上がって、台所に向かう。

 冷蔵庫を開けると、扉のところにガラス瓶がある。
 専用の長い瓶には、6分くらい麦茶が入っていた。
 グラスに注ぎ、一気に飲み干す。
 「ふう」
 横を向くと、台所の奥に「女」が立っていた。
 オレの見知らぬ女だった。
 「おいお前。お前は・・・」
 女がこっちを向く。
 「なあに。どうしたの、あなた」
 「あなた」だと。してみると、この女はオレの妻なのか。
 思わず目を瞑る。
 しっかりしろ。最近、とみに物忘れが酷くなってきた。
 若年性痴呆症に罹ったかと思うくらいの酷さだ。
 オレはついに、自分の妻の顔も分からなくなったのか。

 瞼を開く。
 やはり、あの女だ。オレにはこの女がオレの妻だったという記憶がない。
 「しかも、この女は若くて、スタイルがよくて、美人じゃないか」
 オレは我知らず、これを言葉に出していた。
 女がそれを聞きとめる。
 「なあに言ってんの。おだててもなにも出ないわよ」
 女が微笑む。
 柔らかそうなおっぱいに、細いウエスト。お尻がぷりんとしている。
 「これなら、ま、いっか」
 さすがに良くはない。
 改めて女を見直す。
 女は花柄のシャツにピンクの短パンを履き、前にはエプロンをかけている。赤いエプロンだ。
 「え」
 よく見ると、エプロンの地色は水色で、赤は汚れの色だった。
 エプロン全体に、何か赤い液体が飛散していたのだ。
 手には包丁を持っている。
 肉屋が使う肉切り包丁だ。家庭にはこんなヤツは置いてない。
 ここでオレは、横に一歩位置を替え、まな板の上を見た。
 あの包丁を使うくらいだから、まな板には大きな肉が載っていた。
 
 「うわあ」
 オレは驚いて声を上げた。
 なぜなら、まな板の上には人の脚が載っていたからだ。
 この女は十歳かそこらの子どもの太ももと膝から先を切断していたのだ。
 「家の前を美味しそうなのが歩いていたから捕まえたの。今日は美味しいシチュウが出来るわよ」
 女が笑い、頬に笑窪が出来た。
 あまりに凄惨な光景に、オレはすうっと意識を失った。

 瞼を開くと、オレは床の上だった。
 「またここで眠っていたのか」
 しかし、酷い夢を観た。
 半身を起こすと、カウンターの向こうから音が聞こえた。
 妻だな。
 「おおい。オレは随分と酷い夢を観たよ」
 カウンターの窓から女が顔を出す。
 見慣れた顔だ。
 「酷くうなされてたよ。大丈夫?」
 「ああ、大丈夫。オレは酷くリアルな夢を観るからな。手を伸ばすと触れそうなくらい現実感がある」
 「仕事ばかりしてるからじゃないの?たまには公園でも行きましょうよ」
 「そうだよな。ミッちゃん」
 そう言えば、妻と二人で公園に行ったのは・・・。
 高校三年の夏休みだよな。
 おいおい。そんなに昔なの?
 今は三十八歳だから、かれこれ二十年は前のことだ。
 おかしいぞ。

 ここでオレは昔のことを思い出そうとしてみた。
 ミチコはオレの同級生で、同じクラスだった。
 その頃、オレは別の女子と付き合っていたのだが、夏休みに独りで公園を散歩していたら、偶然、ミチコに会ったのだ。
 その後、卒業して、オレは上京した。
 20歳になり、田舎の成人式に出たのだが、そこにミチコが来ていた。
 そこでオレたちは・・・。
 「夏の間だけ付き合ったよな」
 ここでオレは愕然とした。
 「なんてことだ。オレはミチコと結婚してない」
 オレが結婚したのは別の女だった。

 ここで居間の外で足音が響いた。
 階段を誰かが降りて来たのだ。
 すぐにドアが開き、子どもたちが入って来た。
 十歳くらいの双子の男女だった。
 子どもたちはオレの顔を見ると、同時に口を開いた。
 「おはようございます」「お父さん、おはよう」
 はきはきした口調だ。
 だが、オレはこの子たちに見覚えが無かった。
 あの妻といい、この子らと言い、オレの家族だという記憶も実感もない。
 視線を前に戻すと、ミチコがオレのことを見ていた。
 何かを探るような視線だ。
 ミチコはオレのことを疑っているらしい。
 それもそうだ。オレは見るからに挙動不審だものな。

 子どもたちは台所で代わる代わるジュースを飲むと、居間の外に出ようとした。
 「遊びに行って来る」
 すかさずミチコが声を掛ける。
 「気をつけるのよ。人さらいが出るからね」
 人さらい。
 その言葉で、頭の中にイメージが広がる。
 女の子が道を歩いている。その十メートル後ろには男の子が続く。
 その子に、道路わきの家から声が掛かる。
 「ちょっと助けてくれない?お礼にお菓子をあげるから」
 女の子は一瞬ぎょっとするが、相手が女優さんみたいにきれいな女性だと知ると安心する。
 「焼きたてのクッキーが出来てるの」

 ああ、あれはここの子だったか。
 まな板の上は女の子だ。してみると、男の子の方は縛られて、納戸に放り込まれているのだな。
 ようやく話が繋がって来た。
 でも、こんな話、はたして現実に起こり得るのか。
 「ねえ、ミッちゃん」
 「なあに」
 「子どもらを外に出すのは不味くないか。最近、子どもが消えてるんだろ」
 「大丈夫よ。あの事件は五年も前なんだし」
 五年前。そういう事件が起きたのは五年前のことなのか。
 「こりゃ不味い。オレの記憶はおかしくなっている」
 ここでオレはミチコに問い掛けた。
 「なあ、ミッちゃん。オレたちが結婚してから何年経つんだっけ?」
 ミチコが首を傾げる。
 「そうだね。大学を卒業してすぐに結婚したから、かれこれ十七年ってとこね」
 こりゃ駄目だ。
 オレの記憶では、オレは大学を卒業してから、世界中を放浪して、日本に戻ったのは三年経ってからだ。
 「何かがまるで違う」
 すうっと気が遠くなる。

 瞼を開くと、オレは居間の床の上だった。
 「またここからだ」
 台所には女がいて、何か料理をしている。
 体を起こし、カウンターの向こうを窺う。
 やはり女がいる。
 スパニッシュ系の目鼻立ちの整った女だった。
 「良かった。こんどはようやく現実に帰ったようだ」
 オレは大学を卒業した後、三年間、世界中を放浪し、その中で知り合ったスペイン女性と結婚したのだ。
 「ビビアナ」
 カウンターの窓から、妻が顔を出す。
 「なあに」
 「ビビアナはオレの奥さんだよな」
 妻が眉をひそめる。
 「何なの。今は忙しいの」
 良かった。今度こそ本物だ。
 「いや。オレはお前と結婚できて幸せだと思ったのさ。どうも有り難う」
 妻が微笑む。
 「そんなことを言っても何も出ないよ。あ、食事はもうすぐ出るけど」

 ここで居間の扉が開き、子どもたちが入って来る。
 「わあい」
 「お腹空いた」
 子どもたち三人はソファの上に飛び乗り、ばたばたと騒ぐ。
 「ああ、良かった。今度こそ、オレの現実だ」
 オレはようやく安心した。
 そこに妻が料理をテーブルに運んで来た。
 二度三度と台所を行き来して、自慢のスペイン料理を運ぶ。
 オレは起き上がって、テーブルにつく。
 間もなく妻がやってきて、オレの隣に座る。
 オレたち夫婦は、向かい合って座ったりせず、必ず隣に座ることにしていた。
 「さて、食べようか」
 テーブルに目を向けると、食器は二人分だけだった。
 「ねえ。二人分だけなのか。子どもたちの分は?」

 すると、妻があきれたような表情でオレを見た。
 「子どもたち?何言ってるの。家に子どもはいないじゃない」
 「え。だってそこに」
 オレがソファに視線を向けると、そこには誰も居なかった。

 ここで覚醒。
 「オレ」は夢と妄想と現実が入り混じった世界に迷い込んでいました。