日刊早坂ノボル新聞

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夢の話 第506夜 AI

夢の話 第506夜 AI
8月13日の夕方、仮眠中に観た夢です。

瞼を開くと、オレはベッドに横になっていた。
「ここはどこだろ」
周りを見渡す。
壁も天井も白っぽい色だ。ベッドの脇に物入れがあるが、他には何も無い。
「何だか病院みたいだな」
頭の上を探ると、呼び出しボタンがある。
オレはひとまずそれを押した。

1分も経たぬうちに、看護師が走って来た。
「近藤さん。目が覚めたのですか」
「はい。私はいったいどうしてここに?」
まるで記憶が無い。
看護師は二十歳を少し越えたばかりの初々しい顔つきだ。
「すぐに先生を呼びますね。それとご家族にもご連絡します」

やはりここは病院で、オレは入院患者だった。
医師の説明では、オレは心臓の治療を受けたのだが、その時に大量の出血があり、意識を失ってしまったらしい。
そのままほぼ3年間寝たきりだった、と言う。
「3年かあ」
道理で、手足が良く動かない。
1週間入院しただけで筋肉が落ちるのだから、3年も寝たきりでは、1人で立ち上がって、トイレに行くことすら覚束ない。
「オレの下の世話は誰が・・・」
医師は最初にオレの部屋に来たあの若い看護師を顎で示した。
オレは娘みたいな齢の看護師に世話をして貰っていたわけだ。
何だか情けない。

「父さん」
病室に息子が入って来た。
「お前は?ジローなのか」
大学生だった息子は、今や大人の男に変貌していた。
顎には髭まで生やしている。
「お前独りか。母さんはどうした?」
息子の表情が曇る。
「父さん。母さんはね。去年・・・」
悲しいことに、オレの妻は1年前に交通事故で死んでいた。
「そうか。そうなのか」
さすがに気落ちする。

十日ほどのリハビリを経て、オレは自分で歩けるようになった。
もちろん、走ったりすることは出来ないのだが、家の中でぶらぶらしている分には大丈夫だ。
そこで、オレは息子に連れられて家に帰った。
玄関の扉を開くと、家の中はオレの記憶にあるものとは一変していた。
「こりゃ、どうなったんだ?」
「父さん。家はオレ独りになっていたから、掃除が行き届かない。だから、自動清掃機を使うことにした。ほれ。何年か前に床を勝手に掃除してくれる掃除機があっただろ。あの改良版で、床だけでなく壁まで綺麗にしてくれる。でも、そいつを使うには物を片付けなきゃならない。だから必要最低限のものだけ残してあとは片付けた」
息子の言葉の通り、オレの家の中はきちんと整っており、ゴミ一つ落ちていない。
だが、シンクの横の食器とか、テレビの前の雑誌とかまで見当たらない。
ひとの生活の匂いがほとんど無くなっていた。
「これじゃあ、却って不便じゃないか。お前はどうしてんの?」
聞くだけヤボだ。
かつての息子は工学系の大学に行っていて、自動制御を専門にしていた。
それこそ息子が望んでいた暮らしがこれだったのだ。

「でも、父さんの部屋は前のままだからね」
オレの部屋とは、すなわち書斎のことだ。
ゆらゆらと歩き、書斎に入る。
机の上には旧型のPCが載っている。確かに昔のままだった。
しかし、オレの元の机の隣にも、何やらタワーマシンが置いてあった。
「こりゃ何だ。新しい型のパソコンか」
しかし、キーボードが見当たらない。それどころかディスプレイも無かった。
「父さん。父さんが眠っていた数年の間に、びっくりするくらいの技術革新があったんだ。もう僕らはPCを使っていない。こいつはAIだよ」
「なんだそりゃ。パソコンとどこが違うんだ?」
「見ての通り、こいつにはディスプレイもキーボードも無い。こうするんだ」
息子はそのAIとやらに声を掛ける。
「こんにちは。母さん」
するとその機械が返事をした。
「こんにちは。ジロー」
「父さんを連れて来た。3年の間病院にいたけれど、ようやく意識が戻ったんだ」
「はじめまして、タカオさん。私はマナミです。ジローの母で、あなたの妻です」
オレは少し驚いた。
「オレの名前を何で知っている」
「僕が教えたからだよ。父さんがなんて名前でどこにいる。それを記憶していて、僕の『父さん』という言葉で推測した」
「当てはめて考えることが出来るのか」
「そう。そこがPCと違うところ。こいつは自分で考えを導くことが出来るんだ」
「ふうん。その上、キーを叩く必要も無いわけか。口に出して言うだけで済むし、間違った言葉を使っても、機械の方で解釈してくれる。でも、ディスプレイがないんじゃあ、困るだろ」
すると、息子はくすっと笑って、空中を指差した。
「映像はここに出せる。画面を出して」
その言葉に応じ、機械の前の方にホログラムが映し出された。
「6年前のあの写真を出して」
画面には、旅先で撮った家族の写真が映し出された。
オレと妻と息子の3人が並んだ写真だ。
皆がニコニコと微笑んでいる。
懐かしい。

その映像に見入っていると、妻と視線が合った。
驚いたことに、妻のホログラムはオレに向かって話し掛けて来た。
「あなた。退院おめでとう。私たちはあなたが回復するとずっと信じていました」
開いた口が塞がらない。
「おい。こりゃ一体どういうわけだ」
「父さん。これはこの機械が作り出したものだよ。もし母さんが今の父さんを見たら、きっとこう言う。それを機械が推測して、母さんの映像を動かしている」
こいつは立体映像だから、まるでそこに妻がいるかのような錯覚に囚われる。
「すごいな」
「でしょ。こいつがあまりに性能が良いから、僕はこいつのことを『母さん』って呼ぶことにした。そうすれば独り暮らしも寂しくないからね」
そりゃそうだ。もはや頭の中がほとんど人間の域に達している。

「今はPCを使っている人は少ないよ。インターネットもない」
「インターネットもないのか」
「インターネットが存在したのは回線の中だよ。今は電磁波で情報が動くから、回線という概念は無くなった。すなわちインターネットもないんだよ。情報があるのは地球の大気の中だから、AIはartificial  intelligenceの略語ではなくてair  intelligenceのことなんだ」
「たった3年で随分と変わったもんだな」
「はは。もう誰も使っていないけれど、父さんのPCは残して置いた。母さんの思い出が詰まっていると思ってさ」
確かに、そのPCには妻の画像とかビデオとかが沢山入っていた。

「もし父さんが望むなら、父さんのPCに入っている母さんの思い出をAIに移し替えてもいいよ。そうすれば・・・」
「何が起きる」
「母さんという存在をAIの中にコピー出来る。情報が足りない部分はAIが自ら補完して作り上げる。母さんが生き返るんだよ」
「でも、母さんじゃない」
「それはそうさ。AIはあくまでAIだもの。でもそれを承知した上で使う分には差し支えないでしょ。現に僕は毎日この母さんと普通の親子の会話をしている。じゃあ、2人でゆっくり話し合って決めると良いよ」
息子はそう言うと、書斎の外に出て行った。

部屋に残されたのは、永い昏睡から戻ったオヤジとブラックボックスの2人だ。
オレはどうにも勝手が分からず、じっと機械を眺めるだけだ。
十分近くもそうしていただろうか。
痺れを切らし、AIの方からオレに話し掛けて来た。
「タカオさん。どうしますか」
オレはいくらか術中に嵌り始めていたらしい。
こいつがただの機械だってことを忘れ、人に対するように返事をした。
「急かさないでくれよ。オレは3年も寝てたんだから」
すると、家のAIはあきれたような口調でこう言った。
「あなたは昔から、物事を決めるのが遅かったわね。じれてしまいます」

オイオイ。その口調は生前の妻にそっくりじゃないか。
そう言えば、口喧しい女だったよな。
もしかして、そういうところまでコピーされちゃうのか。
「待てよ。このAIは自己判断で推測するが出来る。そうなると、昔の妻の煩い面を思いっきり助長させたりしないだろうか」
煩さが2倍3倍になったらどうしよう。
オレは唇を噛み締め、機械の前でじっと固まる。

ここで覚醒。