日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第58夜

夢の中は平成元年頃の都内N区。
まだ再開発が進んでいない頃の話で、駅を降りると小さな小道に何件かの商店があるだけだ。
駅裏の市民文化センターの近くに、目的の韓国料理店があった。
現実に存在した店で、韓国人の小母さん(60代)が1人で経営していた店だ。
小母さんが出していたのは韓国の家庭料理だったが、日本風に味付けを変えないところが気に入ったので、当時は頻繁にそこに通っていた。

Mという女性と連れ立って店に入ったのは午後8時ごろで、普通は客の盛りの時間だが、店の中に客は1人もいなかった。
週末はともかく、平日はほとんど客のいない店だった。
味は美味しいのに、繁華街から外れたわかり難い場所に建っていたからだろう。

2つしかない座卓の1つにMと並んで座る。
隣のMは私より2つ年上だが、外見は齢よりはるかに若く見える。
もちろん、夢の中ではその当時の姿をしているため、年恰好は両方とも20代。

「私、タン塩がいいな」
「タンは本当はタレの方が味を引き出せるんだよ。タンタレにしときな。ねえ小母さん、そうだよね」
カウンターの中の小母さんが笑っている。
「ナムルもキムチも小母さんのは一味違う。全部小母さんにおまかせで頼もうか」

Mと付き合い始めて5年目の年だった。
長く一緒にいたので、既に夫婦のような短いやり取りになっていた。
くどくど説明せずに済むところが心地よい。

「ねえ」
横を向くと、Mが私をじっと見つめていた。
「ずっと、今みたいに一緒に食事できればいいわね」
言葉では返さず、少しだけ微笑んだ。

突然我に返ると、マンションの部屋のドアを閉めたところ。
あれ、Mはどこへ行った?
次の瞬間、その後の全てのことを思い出した。
二人で韓国料理を食べたのは夏の始めのこと。
あれから何ヶ月か後、Mとは別れたのだった。

胸が苦しくなり、外の空気を吸おうともう一度ドアを開ける。
不意に強い風が吹き付けてきた。
遠くから、大きな津波が押し寄せてくるのが目に映る。
こりゃいかん、と思う間もなく、周囲に水が溢れ、ドアから水がざんぶりと入り込み、部屋中を水浸しにした。

ここで覚醒。
水は「感情」の象徴で、隠れていたMの記憶が心の部屋に溢れていたのだった。
20年の月日が経ち、かつての自分がMを深く愛していたことを思い出した。
知らず知らずのうちに涙が頬を伝っている。