◎病棟日誌R070121「温泉」、からの
病院のロビーに行くと、病棟の患者たちが五人集まって座っていた。
病棟の扉が開く8時まで、ロビーの椅子に座って待つ。
当方は群れ集まるのが嫌いなので、離れた椅子の方に行き、独りで座る。
二十㍍は離れているが、しかし、患者たちの声が大きく、こっちまで届いて来た。
話の内容は「S病院の飯がいかに不味いか」というものだ。
この病院から1キロのところに、循環器専門病院があるが、ここに皆入院したことがある。
慢性腎不全患者の全員が「循環器の治療(入院)をしたことがある」というのは重要な情報だ。
糖尿病を経由せず、中高年で心筋梗塞になる者が半分だから、腎不全の原因は糖尿病ではないことになる。ま、「生活習慣病」の方向付けは、厚労省と医療業界の方向付けだと思う。薬剤の影響でそうなると認めたら、訴訟だらけになる。だが、今の技術では、造影剤を使って心臓内部の譲許を見る必要があるから、悪影響があると知っていても使わざるを得ない。目の前の死か、将来の腎不全のどちらを選ぶかと言われれば、誰でも前者を選ぶ。
ガラモンさんで二か月、先日戻って来たAさんは四か月ほどS病院い入院した経験がある。
「昼にチキンが出たのに、夜もチキンなの」
この一言で状況が分かる。
ちなみに、朝はボソボソの食パンと苺ジャム、もやしの酢の物と合成オレンジジュースだ。
当方もひと月弱ずつ数回入院したことがあるが、最初の1週間を過ぎると、飯が食えずに困った。
術後まもなくには、生き残るのに精一杯だから、飯どころではない。
「ゼリーだけは美味しかったわ」
それって調理師が作ったものではないよな。
患者たちの意見は「栄養士のセンスが悪く、計算だけで食べる方の感覚を想像できていない」というものだった。ま、月単位で入院してれば、生活の質も問題になる。そこはテレビの使用量が「1日8百円」らしい。昔はカード方式で使った分の料金だったが、今は置くだけで課金される。
これでは「テレビがあるだけで課金する」NHKと変わりない。
毎度ながら、「テレビも観られるタブレットを1日400円で貸せば商売になる」と思った。
病院食の話に戻ると、S病院は規模が大きく、入院患者は3百人を下らない。厨房はとても手が回らないから、流れ作業になる。食べる方の受け止め方まで考える余裕が無い筈だ。
病棟に行くと、この日は早めに入院病棟の患者が来ていた。
眼は開いていたが、もはや者を見てはいないようだ。殆ど意識が無い。
外見は木乃伊のようで、「末期癌の患者」だと分かる。腎不全に至ったところを見ると、腎臓癌に至ったか。
看護師が四人で患者を持ち上げ、体重の計測を行っていたが、「36キロ」だった。
それなら、まさに木乃伊の状態だわ。
この患者に来週は来ないだろうな。
ベッドに看護師が問診に着た。
「調子はどうですか?」
「今日も人生で最高の日だね」
「では現状維持ですね」
このオヤジ看護師も段取りが分かって来て、すんなりスルー。
これ以後、良くなることは無い。明日は疑いなく「今日以下」の状態だから、「今日が最良の日」だってこと。
「寒いから温泉にでも行きたいね。コテコテの温泉街でさ。草津とか伊香保とか」
箱根辺りは女性連れで行くもんだし、ここは硫黄臭い、昔ながらの温泉街だべ。
「古い温泉街は昭和の雰囲気があっていいですね。スマートボールとか」
「スマートボールは昭和そのものだわ。上野なんかで特急の発車待ちで、よくスマートボールで時間を潰した。昭和は良かったなあ。特に四十年代だな」
「私はその頃を知りませんが、そんなに良かったですか」
「毎年、道路が新しくなったし、街の景色が見る見るうちに変わった。バブルの時には一部の者だけ贅沢をしたが、四十年代にはどんな業種の者も景気が良かった」
ここで温泉街の情景を思い浮かべた。
「そういやあ、温泉街と言えばストリップ劇場だわ。前に伊香保温泉に行った時に、ストリップ劇場の前に飾ってある写真を見たことがあるが、どうみても六十台のダンサーがいる。写真はきれいに撮れるもんだが、それでも六十台に見えたから、六十五には行っていた筈だ。あのバーサンは一体どんな暮らしをしていたのだろうな」
当方は社会学畑だったから、どうしても家族との関係とか生き方暮らし方に興味がある。
「私が前に温泉の旅館に泊まった時には、アジア系外国人のお座敷ストリップがありましたね」
「ああ知ってる。曲に合わせてヘタクソなダンスを踊り、極めのところでブラを外し、それでおしまい。脱ぐのは数秒だ」
「今もやってるんですかね」
「何年か前まではやってたな。今はどうだろう」
ここから、「にっかつ」映画とか、昭和の話をひとしきりした。
治療が始まると、当方はすぐに寝入ってしまったが、この話が夢に影響した。
夢の話第1160夜 ストリップ劇場に続く。