「週に1度、ここに来て夫の様子を見て頂戴。毎週診察していただいても、変わりばえしないのだけど」
食事や排せつの介護は、メイドたちが完璧に行っているのだということ。
実際、3年も寝たきりだと聞くのに、男の体には床ずれ1つありはしない。
「ウチの主治医になっていただけたら、もっと嬉しいわ。報酬はひと月に1千万ではどうかしら」
思わず後ろを振り向いた。
「そいつはすごいね。でも君の言う主治医って、いつもオレがこの家にいなくちゃならんということ?」
「そう。昔と同じようにね」
コイツ。昔の強引な性格のままだ。
「やめとくよ。必要なら週に1度ずつ往診に来る」
帰り際、「送ってくれなくともいい」という私の言葉を聞かず、レイコは車に乗り、私の隣に座った。
門を出ると、2軒隣のオバケ屋敷が眼に入る。
「知ってた?あそこの建物で起きたこと。昔話したことがあったっけ?」
「何のことかしら」
他人に話して、喜んでもらえる内容じゃないから、伝えていなかったらしい。
帰路は思いのほかスムーズで、40分ほどでクリニックの前に着いた。
「ちょっとごめんなさい。携帯を取るから」
レイコは私の体越しに手を伸ばし、反対側に置いたままだったバッグから携帯を取り出そうとする。
一瞬、目の前にレイコの首筋が見え、香水の匂いが鼻腔に拡がった。
これは、オーストリアの香水だ。たしか「月の涙」だったか。あるいは「星の涙」?
私が昔、プレゼントしたのと同じもの。
感傷に浸ったのは一瞬で、すぐに私は車の外に出た。
ドアが閉まり、去っていく車の窓に軽く手を振る。
さっきのって、明らかに私へのメッセージだよな。
夕暮れの風が頬に当たるが、さほど冷たく感じない。もはや3月で、日一日と春めいた気候になってきた。
(長い夢です。まだ続く。)