日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

第9話 そどめの花の話  (津軽地方。「そどめ」=アヤメのこと)

「そどめの花」の話         (「そどめ」とはアヤメのこと)

 今は昔。あるところに父母と娘で暮らす三人家族があった。商人であった両親は一所懸命に働き、暮らしにいくらか余裕も出てきたが、娘が10歳になった頃に母親が病気になり、母親は手当ての甲斐も無くそのまま死んでしまった。
 父親は思案したが、娘がまだ小さいこともあり、つてを頼り後添いを貰った。この後添いとなった女にも、元の娘と同じ年頃の連れ子の娘がいた。
 継母がこの家に来てからは、どういうわけか商いが滞り、家業が先すぼみとなってきた。このままでは、この先どうなっていくかはわからない。このため、継母は元の娘を殺し、自分の娘に財産を全部残してやろうと考えた。
 そこで、元の娘を2階に寝かせ、父親が留守にしている夜に、下から娘を槍で突き殺そうとしたのだが、板が固く槍を貫き通すことができなかった。
 次に継母は元の娘を山に連れて行き、そこへ捨てて来ようと考えた。

 この継母の連れ子の娘は、母親に似ずたいそう心の優しい娘であった。母親が元の娘を山に連れて行くという話を聞きつけ、「これは良くない話だ」と感じ、自分も隠れて二人に付いていくことにした。
 この連れ子の娘は、進む母親と元の娘の後ろを隠れて歩き、道々、そどめ(アヤメ)の花の種を少しずつ捲きながらついて行った。
 連れ子の娘の危惧は的中し、山の中の小さな山小屋に着くと、母親は申し訳程度の食べ物を残し元の娘をそこに置き去りにした。
 それから三月ほど経ち、そどめの花が咲く頃になった。
 連れ子の娘は、道端に咲いているそどめの花を頼りに、山小屋に辿りついた。山小屋の戸を開けてみると、元の娘はその中で寝ていた。近寄ってみると、たいそう痩せており、息も絶え絶えの様子である。
 しかし連れ子の娘がそどめの花の露を口に垂らしてやると、元の娘は元気になった。
 山道を二人で下りようとしたが、元の娘の体力が続かず、途中で日が暮れてしまった。しかし道から少し離れたところに1軒の家を見つけ、外から「道に迷っております。ひと晩泊めて下さい」と声を掛けた。中から現れたのは、一目でそれと分かる山姥である。
山姥は「こりゃ、良いところに来たな。ささ中に入れ。すぐに入れ」と、二人の娘を中に招き入れた。 
 「ああ。山姥に食べられてしまう」
 二人の娘はぶるぶる震えながら家の中に入った。すると、果たして家の中は、山姥に食べられた人骨が山のように積み上げられていた。
 山姥はニタニタ笑って二人にザルを渡すと、「すぐ下に沢がある。その沢に行き、これで水を汲んできて、ここにある大釜に水を一杯に張れ。さもなくば二人とも今夜のうちに食べてしまうぞ」と言いつけた。
 二人の娘は谷川のところまで下りて見たものの、ザルで水汲みはできず、川のほとりで泣いていた。
すると木の枝にとまっていた烏が、「ヤマゴボウの葉。ヤマゴボウの葉」と聞こえるように啼いた。
 そこで二人はザルの底にヤマゴボウの葉っぱを敷き、これで水を汲みようやく大釜に水を張った。
すると山姥は「わしは風呂に入るから、下からどんどん火を炊くのだ。晩飯はそれからだ」と言って、二人を睨みつけ舌なめずりをした。
大釜は五右衛門風呂で、湯が沸くと山姥はその中にざんぶりと身を沈めた。
二人が、湯が冷めないように、釜の下から火を焚いていると、再び先ほどの烏が近くに飛んできて、「蓋をしろ。蓋をしろ」と言うように啼く。娘たちが恐る恐る風呂の中を覗くと、山姥は良い気持ちになったのか、こっくりこっくりと居眠りをしていた。
 「今だ。この隙に」
 娘たちは釜の大蓋をやっとのことで持ち上げ、釜の上に載せた。それから大急ぎで外に走り、大きな石をいくつも抱えてきて蓋の上に載せた。蓋に重しを載せた後で、娘たちは下からどんどん火を焚いて、ついには山姥を煮殺した。 

 翌日、娘たちがやっとのことで家に辿りつくと、父と継母は家の中で寝ていた。元の娘を殺そうとしたばちが当たり、目が見えなくなっていたのである。
 すると、ここに再び山の烏が飛んできて、「目をさすれ。眼をさすれ」と教えてくれる。娘たちがそれぞれの親の目を優しくさすると、親たちの目は元通りに見えるようになった。
 父と母は自分たちの非を悔いて、娘たちの前に両手をついた。
「お前たちに悪いことをして済まなかった。心を入れ替えるから、これからは皆で仲良く暮らそう」
 この言葉の通り、親たちは懸命に働き、二人の娘のことを大切にしたので、それからは家族が仲良く暮らすようになったという話である。
はい。どんとはれ。

出典:津軽地方の民話より。(いくらか加筆しました。)

◆ひと口コメント◆
津軽地方版の「ヘンデルとグレーテル」といったところでしょうか。
家業が傾いた商家の後添いに入った継母は、前の娘を憎らしく思い、山に捨て殺そうとします。
継母の娘は母に似ず心優しい娘だったので、なんとか元の娘を助けようと知恵を絞ります。
悪役の定番の山姥は、やはりここでも娘たちの策にはまり殺されてしまいました。
欲心から元の娘を殺そうとした継母と、それを止めなかった父親には罰が下されますが、心優しい娘たちは親たちを許し、幸せに暮らすようになりました。