日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

夢の話 第145夜 鬼女の夢

夢の中で我に帰ると、オレは女児と手を繋いで山道を歩いていた。
連れているのは5歳くらいの子で、妻の連れ子だ。
と言っても、妻は前の月に病死していた。男手1人では育てられないので、この子は妻の実家に預けに行くところなのだった。
オレは腰に大小を差している。
「ありゃりゃ。これって何?今はいつの時代だよ」
(意識だけは起きている時のままらしい。)
自問すると、頭の奥で「天文3年」という答が聞こえる。
「天文」って、5、6百年は前の時代ではないか(正確には天文3年は1531年)。

確か山を3つ超えた先に、亡き妻の実家があった筈だな。
妻から話には聞いていたが、実際に訪れるのはこれが初めてだ。
1つめの坂を上り下りすると、左手に家が見えてきた。
前を通り過ぎる時に、何気なく門の中を覗くと、中庭の中央には老爺が1人倒れていた。
全身血だらけだ。
急いで中に入り、爺さんの息を確かめると、まだ生きている。
「おい。どうした?しっかりしろ」
爺さんは「うう」と呻く。
爺さんを抱き起こすと、そこでようやく眼を開けた。
「鬼にやられただ」
「鬼だって?」
懐から手拭を出し、まだ血が流れている肩の傷口に強く当て、縛ってやる。

ここで爺さんが気を取り直し、事の次第を話し出した。
山向こうから女がこの家を尋ねて来たが、元々顔見知りである筈のその女の様子がおかしい。
「どうしたのか」と質すと、女は「体の具合が悪いのだ」と言う。
そこで、この家の主人に伺いを立てると、主人は、「ひとまずその女を離れで休ませろ」と言った。女は鄙(ひな)にも稀な美人なので、たぶん下心があったのだろう。
夕方になり、下女に食べ物を届けさせたが、その下女が戻ってこない。

そこで、その老爺は自分の妻に、離れを見にやらせたが、これもやはり戻って来ない。
不審に思い、老爺が離れを見に行くと、中には妻が1人で座っていた。
「おい。山向こうから来た女人はどうした?それと、うちの下女はどこへ行った?」と尋ねる。  
振り返った妻を見ると、何やら禍々しい表情をしていた。
「何か用事があるとかで、二人して出て行きました」
そんなことがあるものか。
老爺を見上げる妻をもう一度見ると、確かに妻の顔をしているが、自分の知る妻とは同じ人ではないような気がする。
胸がざわざわしたので、一旦その離れを去り、母屋の主人とその息子に報告に行った。

「どうもおかしな按配です。見に来てくだされ」
老爺は主人と息子を伴い、刀槍を抱えて、離れに向かう。
妻は依然その部屋の中央に座っていた。
「何かあったのか?」
「いえ。二人が戻るまで留守居をしていただけでござります」
その様子が、やはり普段の妻ではない。薄気味が悪く、禍々しさが全身から滲み出ている。
主人も同じように感じたらしく、徐に刀を抜いて、妻に向ける。
「お前は何者だ。人ではあるまい。太一郎、辺りを調べよ」
太一郎はこの家の跡取り息子である。その息子が油断無く女に槍を向けながら、離れの中を調べ始めた。
すると、屏風の陰に手や足、頭など、老爺の妻と下女の肉片が散らばっていた。

主人は大声で老女を一喝した。
「お前は鬼だな!」
主人が槍で女を突こうとすると、女は後ろに跳び退ってそれを難なく交わす。
「わははは」
哄笑する女の体がみりみりと大きくなり、背丈が3メートルくらいまで高くなった。
主人とその息子は、二人並んでその女に武器を向ける。
「コイツは人を食っては、その者に化ける鬼女だ」
口が耳元まで裂けた女の顔は、確かに身の毛もよだつほど怖ろしいが、胸には乳房らしき隆起があった。
主人と跡取り息子は、掛け声を揃えて、槍を突き出す。
鬼女は素手で槍を叩き、刃先を交わしつつも、鷲爪で掴み掛かろうとする。十合ばかりそんな争いが続いた後、鬼女は急に飛び上がり、天井を突き破ってどこかに行った。

「この世には、実際にあんな鬼もいるのですな」
老爺は、オレに向かって深いため息を吐いた。
しかし、その話には続きがあった。
「それで、今お前がここで倒れていたということは・・・」
老爺によると、深夜になってからその鬼女が再び現れ、家人全員を取り殺したのだと言う。
次に来た時には、奥方様の姿に化けていたのだった。

老爺の手当てが終わったので、井戸から水を汲んできて飲ませてやる。
老爺は柄杓の水をごくごくと飲むと、声を潜めてオレに言う。
「まだ近くにいるやも知れませぬ。山を越え北と南を行ったり来たりしているでしょうから」
「山2つ向こうでも出るのか?オレとこの子は今からその村に行くところだ。この子が生まれた村がそこだと聞いている」
ここで老爺はぎょっとした表情を見せた。
「この山の向こうには村などありませぬぞ。二十年前に山津波で全滅したのです」
え?じゃあこの子はどこから来たのか。

不審に思い、女児の顔を見ると、急にその子の目尻が吊り上がり、口が耳の近くまで大きく裂けた。
女児の体からみりみりという音が出て、着物が散り散りに破れる。
女児の背丈は一気に3メートルの高さまで伸びた。

ここで覚醒。