朝方になりトイレに起きた後で見た短い夢です。
私はチェリスト。
どうやら明日くらいに公演があるらしい。
一昨日、オーケストラの全体練習をして、昨日は休みでした。
これは多忙な指揮者の都合です。
その開いた1日を使って、私は海外に出かけてきました。
婚約者と結婚の手続きをするために、どうしてもその日に現地に行かねばならなかったのです。
飛行機は片道6時間で、一昨日の夜に出て、昨日その手続きをして、また夜のフライトで戻って来たのです。
朝空港に着き、そのまま会場に来たのでした。
控室に行くと、なぜか誰もおらず、指揮者が1人で座っていました。
「どうしたの。もう今日の練習は終わったよ」
「え?」
「なんだか連絡が悪かったみたいだな。君の他にも5、6人が遅れてきて、もう皆帰った後だ」
「そうでしたか」
最後の練習に遅れたのに、指揮者がなぜか寛大なのは、運営側にミスがあったから。
連絡担当は、さぞこっぴどくどやされたことでしょう。
良かった。
長いフライトで、すっかり疲れ果てています。
髭も剃っていないので、この私の様子を見て、きっとこの指揮者は「だらしないヤツ」と思ったはずです。
「ああ疲れた」
(オレもです。)
初老の指揮者はテーブルの上にあった箱を開き始めました。
私の視線を感じたのか、少し箱の説明をします。
「これは甥が持って来た物だ。どうせご機嫌取りなんだろうけどね」
指揮者が箱から取り出したのは、シャンパンの瓶でした。
「こりゃいいぞ。早速開けて見よう」
しかし、すぐに針金を緩め始めた指揮者の手が止まりました。
「なんだこりゃ。泥がついてる。アイツめ。運ぶ途中で落としたんだな」
確かに、瓶の頭の近くに土が付いていました。
「君。申し訳ないが、これをどこかで洗ってきてくれないかね。最近はノロウイルスが流行っているから、私のような老人は気を付けないとね」
「はい」
瓶を受け取りますが、台所のような場所は、この会場には付いていません。
(ノロウイルスの予防なのに、トイレの蛇口で洗ったら不味いだろうな。)
この指揮者は厳格なことで有名な人でした。
それ以上に、私の方は完全に疲労困憊しており、体が重くなっています。
鳩尾の辺りがぎゅっと苦しくなり始めていました。
(こりゃ心臓だな。エコノミー症候群になっててもおかしくない。)
私は心臓に持病があり、飛行機は苦手です。実際にはビジネスクラスに乗ったのですが、状況的には「エコノミー症候群」になっていてもおかしくありません。
(早く帰りたいな。あるいはどこかで横になりたい。)
少し困りつつも、仕方なくドアに向かいます。
すると、背後で「うっ」という声がします。
振り向くと、指揮者の顔が青ざめていました。
「なんだか吐き気がする。息を吸ったり吐いたりすると変な音がする」
ここで私はピンときました。
「時々、動悸がしたり、脂汗が出たりすることはありませんか」
「たまにね」
「風邪を引いていたりしますか」
「2週間くらい前から、風邪を引いている感じだが、熱が出ない」
やはり、間違いありません。
「先生。今の症状は狭心症ですよ。私は経験したことがありますのでわかります。心筋梗塞かもしれない」
「でも、胸は苦しくないよ」
「胸を押さえて『ウッ』と倒れるのは、テレビのドラマだけです。心臓は深刻な病状の時でも、案外苦しくないのです。病人が感じているのは違和感です」
「そうなのか」
指揮者はよろよろと椅子に腰を下ろしました。
「これから15分で病院に行けるかどうかが生死を分けます。すぐに救急車を呼びますね」
私は携帯電話を出して119番を押した。
「おそらく狭心症の患者がいますので、すぐに配車をお願いします」
(イケネ。「配車」はタクシーの時だな。)
「もうすぐ心不全になりそうな状態なので、なるべく早く来てください」
住所を言い、電話を切ろうとしましたが、最後にひと言付け加えました。
「患者はどうやら2人です。そのつもりで来て」
私のほうも疲労が積み重なったのか、不整脈がドコドコ始まっていました。
ここで覚醒。
夢の半ばまでは、別の展開があったはずなのに、途中で私の心臓に不整脈が出たので、夢を切り上げた模様です。
夢はどこかで体の状態と繋がっているわけです。